ずっとずっと幼い頃から
自分の居て良い場所が
よく分からなかった気がする。
家
学校
教室
友達の輪
職場
お店
電車
ただの空間。
理由は分からず。
軽いいじめには合ったものの
持ち回り儀式のように
クラスで順番に標的になったような
今にして思えば
遊びの延長のようだったもの。
そんなものより
ずっと前から
感じていたあの感覚は
少しずつ薄まりながら
自分の中に留まっている。
友達はたくさん居たし
友達はたくさん居るし
ワタシよりワタシのことを思ってくれる人も
多分、大勢居るんだろう。
あまりに人と居るのが辛くて
ただひたすら本を読み、
それを見せることで
人を断っていた時期もある。
ワタシはここに居て良いの?
ワタシはどこに居て良いの?
ワタシがいるのはどこ?
自分が居るのに
居ないような
もっと言えば、
俯瞰して眺めているような。
分かりやすく
「ここに居て良い」と
教えてもらえるなら
それも良いかもしれないけれど
分かりやすく
【ここに居て良い】と
自分で思えないならそれも同じ。
やっと見付けたと
思える場所さえ
次の瞬間には
違うかもしれないと思う。
この焦燥感
この孤独感
この自由感
あぁ、そうか。
ただ、ひたすらに
自由でいたいのかもしれない。
娘
恋人
社会人
そんな肩書きもなく
自分の名前すらない
ただのワタシ
ワタシであるだけの存在。
ただそれだけを認めて欲しい。
そして、
ただそれだけが
きっと難しいいんだろう。
皆の中にある
「こんなアナタ」を
ワタシに求める。
そして、
そうなのでしょう?
周りにそう思うワタシ。
ワタシもただそこに居る
それだけを認められるか?
ただそこにいる
それだけを認めてくれたら。
それだけを認められたら。