両親は既に他界してしまっているので、テーマを作っていません
3月31日
父が植物人間状態になった日です
私もまだ30代後半だった気がする
夜20時ごろ、母と電話で話していたら
ちょっと待ってね。電話かってきたから。
別の電話に一緒にいたから、電話がかかっていたようです
父は武道を習っていました。そして、練習をしている最中に倒れたそうです。
私の家から徒歩で行ける範囲でした
あれからいろいろあって、とにかく姉からの電話がじゃんじゃんなって、もうダメだ。もうダメだって、姉が泣いて言ってくるんです。
私は常に電話を持っている状態です
急に体調が悪くなって、病院に入院したりするから、そしたら私は保護者名に名前を書いて付き添わなきゃいけないから
父は姉が探してくれたところが良いところですぐ施設に入ることができました
問題は母です。アルツハイマーの母は毎日のように私に電話をかけて呼び出します。
辛かった
母のグループホームも割と早く見つかったと思います。私たち姉妹が両親を見ることができない理由がありましたので。
父の施設も、私の病気と姉の事情のために早く見つかることができました
しかし、簡単ではなかったです。
あちこちから断られました
母は教会の近くのグループホームに入りました。Sketchブックで教会の絵を描いていたようです。
簡単な山道をちょっと歩くと教会に着きます。1週間に1回、ヘルパーさんに頼んで連れて行ってもらってました
姉は来る事はありませんでした
葬儀も結局姉の住んでいるところでやったんです
葬儀についての遺言は父から聞いておらず、母からだけ聞いていました
お姉ちゃん一家と私だけが来てくれればいいって、そしてピアニストの人がピアノを弾いて、牧師さんがメッセージをしてくれればいいって。
それが4年前
父が今年で亡くなって12年が経ちました
父は優しくて孤独な人でした。最後までそれは変わることがありませんでした。
父が優しいってことも寂しがりやで涙もろ
いこと、私しか知らないんです
長い道のりだった。ちょうど私が41歳の時、父は天国に旅立ちました。
こんなんでよかったんだろうか。
心を一生懸命趣味で満たそうとしていました。
自治会の人とか、武道会の人とかたくさん友達はいました
しかし、彼らと連絡を取ることができず、彼らも知らないままだと思います
そして、父のお友達たちも、もう亡くなっているかもしれません
毎年、この時期になると、父のことを思い出します
友達が死んじゃうとボロボロボロボロ泣いて面白い。テレビを見るとご飯を吹き出すほど笑って。
誰か理解してくれる人が欲しかった
父の葬儀には、父の兄弟を九州から呼びました
父が可愛がっていた従兄弟も来たがっていましたが、叔父が止めたようです。
今泣いちゃってます。私も涙もろいなぁ
そして性格は、父親そっくり。
私は顔が母にて、性格は父親なんです。
私はお母さんに顔が似てるねって言われるとそこで性格は父親なんですよって言います。
お父さんが天国で今も笑っていてくれたらいいなぁ。ご飯は吹き出さないようにしてほしいですw