小牧長久手古戦場
清須城の後は小牧山城と長久手古戦場へ小牧山城は清須からはほど近い場所にある山全体がお城の敷地という感じでかなり広大だ美濃を落とすまでの間、信長の居城だったがそこを本拠とした時期はかなり短いようだ現在は大部分が公園として整備されている小学生の遠足がいてたいへんにぎわっていた写真は信長の屋敷跡といわれている場所一際敷地が大きいのでそう推察されるそうだ少し登山して模擬天守へ天守はもろに鉄筋コンクリートで正直、味がないお城周囲に高い木がありいいカメラアングルがなかった中は信長時代と小牧長久手の戦いの展示がある俄然興味がわいたので長久手の合戦場へ行ってみることにした小牧・長久手の合戦は平たく言えば秀吉軍vs信雄・家康連合の戦い前半は小牧山を中心とした戦いになるがやがて膠着状態に陥った状況を打破するため秀吉軍は迂回して家康の本拠である三河を攻める作戦に出る秀吉の甥・秀次を総大将にこの作戦を献策したという池田恒興・輝政親子や森蘭丸の兄・森長可、名人・堀久太郎秀政などが参戦総勢2万を超える軍勢で三河に向かうことになったしかし、この情報は家康陣営に筒抜けになっており秀吉軍は凄まじい惨敗を喫する前半の小牧山城と激戦地となった長久手の名前を取って小牧長久手の戦いと呼ばれている長久手古戦場は住宅地の中にあり一部公園として整備されていて郷土資料室という形で合戦のことが展示されている史料室のすぐ近くには長久手古戦場の石碑や池田恒興最期の地に石碑が建っている恒興は現在放送中の「信長協奏曲」で向井くんが演じている人で信長の乳兄弟として側近くに仕えた人物この戦いで命を落としている少し歩くと武蔵塚というのがあるサークルKの裏手にあるが非常にわかりにくい武蔵とは信長の小姓だった森蘭丸の兄の森長可のこと信長の重臣だった森可成の長男で蘭丸同様、美丈夫であったというまた武勇にも大変優れており通称・鬼武蔵と呼ばれたのでこの塚が武蔵塚と呼ばれるようになったもう少し時間があればほかの戦場跡も見てみたかったが今回はここまでとなった