四年前のあの時
大きな未曾有の災害が日本を襲いました。

この映像をテレビでみたときはこれはなんなのか?理解できなかった。

津波は去っても・・・
私は
そのときは府中での勤務だった。16階という所で揺れ方は尋常ではなかった。外に見える東芝府中の塔があり得ない揺れ方をしていた。
椅子に座っていてもキャスター付の椅子では机にしがみついてないと流されてしまう程でした。
揺れがおさまって外に出るように言われて非常階段から外に出た。ビルはまだゆらゆらと揺れていた。
この日は府中から六時間歩き続けて川崎まで戻ってきた。登戸辺りで自転車屋さんが自転車を貸し出していた。免許を見せてもらえたらお貸しします。と大きな声で言っていた。
等々力辺りでは停電でついに街灯までがきえてまさに闇の中を歩くことに。
川崎駅では寒空の中、駅舎から追い出されてタクシーの行列待ちで立っていられなくなったおばあちゃんに椅子も貸さない交番に怒鳴り込んだ金髪ピアスのお兄ちゃんに拍手喝采。
無事に帰宅するも家の中は揺れの向きがわかるように崩れ落ちた本棚の本でぐちゃぐちゃ。更に都内に出掛けていた両親とは連絡がつかず。そんな中で
「サッカーの練習はあるんですか?」
と問い合わせメール・・・
時間が経つにつれて災害の大きさ、悲惨さが明るみに。

でもそんな中で一番驚いたのは被災者の方達の笑顔!

なんでだろ。あれだけの事があったのに
どうして。
もちろん、人のいないところでは涙が止まらないはずだと思うけど。でもそんな東北の人の姿に・・・何を学ぶのか!考えないといけない。強いって何か?
そして世界の人たち





このニュースと映像はたくさんの日本人に勇気を与えてくれました。
ここに政治的な関係なんて全くない。もちろん宗教的な関係もです。世界の人たちってひとつになれるんだ。
そしてちゃんと命も繋がって


この自衛官の人の笑顔。たまりませんね。
未だに復興はなされていない。
政治家は選挙の宣伝文句に
復興
って言葉を使うにとどまってしまっている。
当事者意識の全くない

っていう会社!
従来ならとっくに倒産だよな。国に守られて(ってことは税金でって事)ズルズルきている。先日も考えられない失態。

とにかく今朝検索してきた画像でお気に入りの二つ


東北に
本当の復興を❗
Wikipediaより
2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒、
宮城県牡鹿半島の東南東沖130
km、
仙台市の東方沖70kmの
太平洋の海底を
震源とする
東北地方太平洋沖地震が発生した
[2]。地震の規模は
モーメントマグニチュード (Mw) 9.0で、発生時点において
日本周辺における観測史上最大の地震である。
震源は広大で、
岩手県沖から
茨城県沖までの南北約500km、東西約200キロメートルのおよそ10万
km2という広範囲全てが震源域とされる
[3][4]。最大震度は宮城県
栗原市で観測された震度7で、宮城・
福島・茨城・
栃木の4県36市町村と
仙台市内の1区で震度6強を観測した
[5]。被害この地震により、場所によっては波高10
m以上、最大遡上高40.1mにも上る巨大な
津波が発生し、
東北地方と
関東地方の
太平洋沿岸部に壊滅的な被害が発生した
[6][7]。また、巨大津波以外にも、地震の揺れや
液状化現象、
地盤沈下、
ダムの決壊などによって、
北海道南岸から東北を経て
東京湾を含む関東南部に至る広大な範囲で被害が発生し、各種
インフラ(人々の生活に必須な、所謂
ライフライン)が寸断された。
2015年(平成27年)
1月9日時点で、震災による死者・行方不明者は18,483人、
建築物の全壊・半壊は合わせて401,567戸
[8]が公式に確認されている。震災発生直後のピーク時においては避難者は40万人以上、
停電世帯は800万戸以上
[9]、
断水世帯は180万戸以上
[10]等の数値が報告されている。
復興庁によると、2014年12月11日時点の避難者等の数は233,512人となっており
[11]、避難が長期化していることが特徴的である。日本政府は震災による直接的な被害額を16兆円から25兆円と試算している
[12]。この額は、被害が大きかった岩手・宮城・福島の3
県の
県内総生産の合計に匹敵する(阪神・淡路大震災では
兵庫県1県の県内総生産の半分ほどであった)。
世界銀行の推計では、自然災害による経済損失額としては史上1位としている。福島第一原発地震から約1時間後に遡上高14-15mの津波に襲われた
東京電力福島第一原子力発電所は、全電源を喪失。
原子炉を冷却できなくなり、1号炉・2号炉・3号炉で
炉心溶融(メルトダウン)が発生。大量の
放射性物質の漏洩を伴う重大な
原子力事故に発展した(→
福島第一原子力発電所事故)。この事故は
国際原子力事象評価尺度で最悪のレベル7、
チェルノブイリ原子力発電所事故と同等に位置付けられている。同原発の立地する福島県
浜通り地方を中心に、周辺一帯の
福島県住民の避難は長期化するとともに、2012年からは「
帰還困難区域」「
居住制限区域」も設定された(→
福島第一原子力発電所事故の影響)。その他に火力発電所等でも損害が出たため、東京電力の管轄する関東地方は深刻な
電力不足に陥り、震災直後の一時期には日本国内では65年ぶりに
計画停電が実施された
[13]。計画停電は東北電力管内でも震災直後に実施されたほか、翌
2012年の夏前には関西電力管内でも
大飯発電所(大飯原発)の再稼働を巡って論議が起き、計画停電の可能性が議論された。
