私もよく子どもに言います。でも子ども達って努力の仕方なんてわかってるのかな?
その前に自分はどうだろう。
努力・・・
やっただけ結果が出るから‼
ホントにそうかな?
子どもの事を見ているとみんなサッカーが好きでやっているから上手になりたい。
試合も楽しいからたくさん出たい。
そういう姿はたくさん見ます。でも個人個人の体の成長や神経系統の成長のスピードでその結果が出るのは異なっている。
そんな中で単に
努力しなさい。
って言っているのは正しいのか?
そういう事を丁寧に見抜こうとする
努力を私はしているだろうか?
努力が芽を結ぶのには時間がかかるのに。
私達が努力すれば必ずできるようになると言っているから子ども達は努力をしてもできるようにならないと諦めてしまうのではないか?と最近は思います。
そもそも、努力をするってなんですか?
努力する才能
って言葉があるけど才能がないと努力ってできないの⁉
もしも、そういう才能があるならその才能を見つけ出して伸ばしてあげるのは私たちの役目では?
「あいつは努力する才能があったからな。」
「あの子は努力する才能がないんだよね。」
ってそんな努力する才能の種が植えられている場所を足で固く固く踏み締めてしまった私たちの責任では?そんな大人の逃げの一言にしか思えない。
そうは言っても努力するのは本人ですからね❗本人が諦めてしまうとそこで終わってしまうのも事実です。リフティング。努力すれば数になって現れる。これを指標にしますよね。私もそうです。
誰よりできるようになった
あいつよりもうできる
とかってよく子ども達は言います。でもさぁ、そこで思うのは
お前、この前よりできてなかったぞ。
お前、この前より凄い数増えてるじゃん。
ってところ。
人より努力するのは大切なのかもしれないけど、人より上にいくために努力するのはどうなんだろう?
上には上がいる
って凄い言葉だと思います。
隣の人と比べたってその隣にはもっと凄いやつがいて。
隣の人と比べていっても限りないのも事実ですからね。努力ってそこに負けない事でもあるのかな。それと自分との比較なんだと思うんです。一番ハードですよね。他人との比較なら逃げることもできますからね。でも、自分との比較だとそうはいかないですからね。
もしも、
努力する才能
があるとしたらそれは他人との競争力ではなくて自分との競争力なんではないかと思います。
自分の事を客観的な視点で見れて自分の現状を分析、理解することに優れた人なのかな。
でも、そんな事ができる10歳そこらの子どもがいるかな?大人だって❗
そう考えると努力って・・・
継続できる力の事を言うのかも。
一回チャレンジして思い通りにいかないで自分はもう無理だと投げ出す人が努力をできない人って事で、思い通りにいかないから工夫する事が努力って事になるのだと思います。
半端にできる子はここがたぶん弱い。
今、自分はできている。って勘違いが一番危険⚠
指導者もそうですよね。
できない事にぶつかった時にどうなるのか?努力できる?
あなたはどちらに進む?
投げ出す?それとも工夫する?

努力の人
