小学校入学、否、当時は世界第2次世界大戦最中に今は名取市になっているが当時の増田国民学校初等科に入学した。
何時もから朝食は何時も玄関先で兵隊さんの食事パターンで乾パンにバター、搾りたての山羊の乳、肝油のスープでした。
親の気遣いで青年になったら兵隊さんになると決まっていたのか、その様な食事に慣れさせる訓練が既に始まっていたのです。
朝食後、お決まりのコースは歩いて直ぐの国鉄増田駅操車場で点検中の蒸気機関車を古い枕木を立てた囲いの合間からじっと見つめるのが好きだった。
実に楽しかったあの躍動感ある動輪の動き、車輪系のカムの動き、汽笛、何もかも新鮮なものばかり、当時の思い出は今でも脳裏にこびり付いている!
今、考えると、あれが勉強のスタートだったのかも知れない。
何とその時は昭和20年の初春だった。
然し、幸いにも兵隊にも行かず平和な時代を過ごして数十年の年月が過ぎた。
今は関東地方の彩の国JRより西側の比較的地盤の安定したところに居住を構えているが
まさかの、3.11大震災と大津波! 何が地球を狂わせたのか?
幸いと云っては申し訳ないが、閖上からは西に離れた国鉄(現JR)や、国道に近かった先祖の菩提寺は地震の被害はあったが津波からは救われた。
震災に遭われた方々にこの場をかりて衷心よりお悔やみ申し上げます!
今日から子供時代の記憶を辿りながら人生の軌跡を思い出とともに綴ってみたい。
このブログを通じて、子供の育つ過程の自然環境、その場のでの経験が如何に子供の育成に影響を与えるか、特に子育ての親御さんにご参考になれば幸いです。
乞う、ご期待!
