ユキの通夜 思い起こされる あの時ユキのエピソードを語ってくれた友達 心(深)底悲しく その泣き顔が目に浮かぶ 悲しみをいつ迄持ち続けてくれるのだろうか 去る者日々に疎しで 人間は所詮そんなもの 少女期特有の同性愛的『悲劇趣味』的演出を 参列者と云う観客を前にして ヒロインに成りたがる それは不純な動機とは云わない 思春期現象 責められない

 

     ユキを抱いて

 

 今日は晴れた どこからか聞こえてくる曲に合わせてジョービタキが交じる小鳥達の声がさえずる 高音が好きでリズム良く歌う 駅に向かう途中の家々の庭の木の枝には 小さいながら葉を付け始めている 外苑前駅を出たジョー いちょう並木の枝には一斉に淡い緑色した薄く小さな葉を着け始めている 通りには人通りが尽きない 手にユキの日記帳を握り ジャケットの内ポケットにユキの写真を忍ばせる 胸の写真に手を当て語り掛ける

左手はいちょう並木通り うしろはコクリツ(国立競技場)に神宮第二球場に秩父宮ラグビー場 向かいは都立青山(高校) 演劇が好きだったね この学区にいたなら青高に充分に入れた学力あるユキ 伝統ある外苑祭で活躍する そんな別の顔のユキも見たかったなぁー そうなるとユキと出会うことはなかったか 思わず苦笑してしまう すると胸の内ポケットから

『そんなことないわよ どんなに離れていたってお兄ちゃんと会うようになっていたの! 運命として!』

「そうだね ユキとは必ず出会うことになっていたんだよね じゃあ外苑祭のリーダーになっていたなら ユキ 演目は何を選んでいた?」

『そうねえ 海外のオペラ ミュージカル 宝塚などでは取り上げないどこにもないものを試してみたかったの スタンダードでない 高校生だから挑戦できる そんなものに』

「例えば?」

『タブーとされている血生臭く 遂には犯罪に至らざるを得なくなるという筋書きを』

「そこでユキは何を伝えたいワケ?」

『学校は勉強だけ教える所ではなく これから生きていく上で一番大切な人間関係を構築するトレーニングの場であると思うの 犯罪も突き詰めてゆくと人間関係に辿り着くと感じてきて

  それを演劇で表現できないかどうか』

「ユキは常に難しいことに挑戦しようとするね」

『ウン 怖いもの知らずの高校生だからできる 脚本も演じ方もお手本にできるものはなく未知数 舞台化するのにかなりの無理がある 仮にできたとしても観ている人達に理解してもらえるかどうか? だから挑戦してみたい 大学生になっても』

「芯が強いユキらしい 学校は人社会を形成する学習塾 その通りだと思うけど その為に犯罪を題材にもってくるのは どうでしょうか?」

『観ている人達に興味を持ってもらうには衝撃的な内容にしなければいけないのよ 個々に深く考えてもらう為にも その場限りに終わらせない手段として』

「よく考えてるねユキは 行こうか 渋谷まで青山通り沿いに歩いていくよ ・ ・  寒くないかい?」

『お兄ちゃんに抱っこされているから温ったかーい』

「右に伸びて下っていってるのが表参道 去年来たときに歩かなかった?」

『ずっと大学構内に居てジャズやポップスの演奏や演劇を観ていたの そこで感じたのは 大学と云うところは技能も知性も子供から脱皮していきなり大人にさせてくれる不思儀な場所

ここだけ別の世界に思えてきたことが印象に残っていたの』

「はい その別世界が左に見えてきたよ」

学内の木々の大きくはない葉が陽の光を墢ね返して輝いている

『ここに行きたかった・・・ ・ ・』

「思い出させてごめんね」

『ウウン もう一度観れて あと心がオシャレで知性あるお姉さんにも会いたかったァ』

「11月の学祭(学園祭)のときに会ったお姉さん もう卒業しているかも知れないね」

『もういいの ・ ・』

「そうだね 辛くなるだけだね 歩こう ・ ・ ・ 渋谷駅が見えてきたよ ユキがあこがれている渋カジファッションで歩いてみたいと云っていたね はい ユキ手を出して 腕を組んで」

『お兄ちゃんの手 温ったかーい 手の温ったかい人は心が冷たいって云うけど そんなことないよね お兄ちゃん優しいもの オシャレの街渋谷を歩くの いつも夢に描いていた やったぁー 遂に来たんだぁー お利口さんのハチ公の頭 撫でてやらなくては』

「念願が叶ったねユキ よかったね」

『お兄ちゃんありがとう』

「約束していたからね 満足した? ・ ・ 大学をまた眺めながら戻ろうか?

今度は向かい側から歩くよ」

『お兄ちゃんとこのままずっと一緒に居たい ユキ一人で淋しい ・ 』

「ユキの手 温ったかくなってきている~ どうしたの? 急に泣き出して・・・」

『ジョーはお兄ちゃんなんかでない!わたしだけのもの 恋人なの! だれにも渡さない!』

 

 きのう ユキの写真と詩集を抱いてあこがれの場所を巡り 自分に課した切なく重い約束

 この広い世間 世の中に片親が違う血の繋がる男女が愛ある 夫婦生活を営む そのようなことが存在するのだろうか いとこ同士は聞いたことはある そんな例外をオレとユキはつくりだしたかも知れない 法は受け付けなくとも 誰も入り込めないのが人の情(こころ)

 

 今日は大学の入学手続きの際 寄るようにと云われていた新藤さんの家に うちから新潟名産鮭茶漬の瓶詰めセットを持たされる 重い

 ユキとの約束と入学式を終え きのうと違い気が楽に

 新藤さんが家に居る土曜の昼過ぎに尋ねていくことになった 朝空を見上げる 花は散っても花曇り これなら一日天気が持ちそうだ

 新藤さんの家 巨人多摩川グランド近くから上がった高台の高級住宅地 家並が建て込むことのない邸宅が点在 直ぐに見つかる 齢は40を超えており 奥さんは8つ下で子供はいない二人暮しと聞かされていた こんな大きな家に 見廻す 純和風造りの格子門にある表札を確かめる 開けると右手に低く這わせた太い松 あと花木はなくシンプル 邸内を広く見せている 大きな格子戸の玄関から名を告げようと すると引き戸が開けられ 中から可愛い顔のスラリとした女性が現れた 「堀田君ですね」親しげに君付けされる 戸惑い気味に項付く 「お待ちしてたのよ さっ入って頂戴」引き込まれるように靴を脱いで応接間に入る そこから観る中庭は大きく枯山水 壁面にはこれまた大きな山水画が掲げられている 構図は型通り 力強く滑らかな筆使い 濃淡の技法からして贋作とは思えない 名の通った絵師なのか その程度の眼は持ち備えているつもりだ 立ったまま画を観ていると

「この画 お気に入りまして?」

「いや」

「お座りになって いま お茶(紅茶)とケーキ(バウンド)をお持ちしますので・・・手作りですのでお口に合うかしら?」

 お手伝いさんが運んできた ブランチが駅の立喰いそばだったのでアッと云う間に

「もう一ついかが?」

「いえ・・・新藤さんは?」

言いにくそうに

「ええ・・・それが 堀田君にお会いするのを楽しみにしていたのですが 急に大阪に行かなければと 会社から直接 主人は残念がっておりました ごめんなさいね」

「いえ・・・」

「ゆっくりしていらして お夕飯の用意をしておりますので」

「ハァ~・・・いやボクはこれから」

 遮るうように電話が鳴った お手伝いさん取り継ぐ 新藤からジョーの来訪の確認

「新藤がお夕飯食べていって下さいと言ってました 遠慮するものではありませんよ 若い人は」

 有無を言わせずに 顔出しするだけだったのに 帰りたくとも帰れない いくら齢は離れていても 女性に変わりない 居心地は良くない 気を使っているのか話題を次から次へと自分の学生々活(女子大)を取り混ぜ

「いいわねぇ~ 若いって 何ににも興味を持てて できることならわたしもあの時代に還りたい 今のわたしは子供もいないし 打ち込める趣味らしき趣味もなく 本を読むことしか・・・」

いきなり話題を振る

「堀田君 そのお顔なら女の子にモテるでしょ お母様似?それとも どちらにしても生まれつきですから徳をもらってきたのね」

 そこで新藤さんだってと言おうとして言葉に詰まった ヨソヨソしい おばさん 顔を張られる おねえさん 居酒屋ではない 直子さん 同世代のようではあるがそれしか呼び方はない

「直子さんだってチャーミングだからモテたんでしょ」

 一瞬表情が変化した 同世代のように扱われた モテたと云われた その両方なのか?顔の表情に嬉しさが広がる

「ありがとう」

 声のトーンも上がり

「そんな・・・男の人から言われたの初めてなの わたしの時代は戦後間もなかったでしょ それに女子大だから 男の人とお付き合いする機会はほとんどなくて その上父が厳しくて 門限が7時なんて考えられないでしょ 自然と(女)友達とも然程に あんなこともあったわねとあの頃でしかできない恋 ほろ苦い綿アメにくるまれた淡い甘さが聡じらいの中に隠され

 胸のうちを口に出せないもどかしさ 想いのままにならないシャボン玉 いつか毀れるのではと自然と泪がこぼれてくる あれが青春!を体験したかった」

「新藤さんとは?」

「親の云う通りに そんな育ちですと疑問を感じることも 感情のない父の操り人形 藤原俊成の『恋せずば人は心もなからまし 物のあはれもこれよりぞしる』(本居)宣長さんは物のあはれ(情の深く感ずること)を 『知り過ぎるほどに知れ』と それなら恋が未経験の人はどうなるの?物語(源氏)を読み過ぎるほど読んでも知ることはできない (紫)式部さんが源氏を連れてきて わたしに講義したとしても伝わらない 実際に恋を体験しなければ知ることは できないわね ごめんなさい 若いこれから夢のある方に こんな話しをして ホントごめんなさい」

 どんな応え方をして良いか戸惑うジョー 話しを逸らすよりしか

「新藤さんが出張ですとこんな広い家に一人で淋しくありませんか?」

「子供がいたなら別でしょうけど こればかりはどうにもならないわね 主人はうちに帰る張り合いがないらしく 帰りは遅いし 最近泊りの出張が多くなってきて 今日も土曜なのに

 それを問い質すと『男は仕事!』その一言 今ではときたま顔を合わせる下宿人」

 新藤さんもうちの母さんや ユキの母さんの存在をつくり出しているのかな?それ以上なんとも言えなくなる

ジョーの生い立ちを知っていた直子 ハッとした顔になり 消え入るように 気まずい空気が そこへ応接室の置時計のチャイムが鳴る するとお手伝いさんがドアをノックする「5時ですので」とドア越しに退出を告げると直子 部屋を出て廊下で「ご苦労様」「夕ご飯の用意はできております」「ありがとう お疲れさまでした」と云って部屋に入ってきた 改めてジョーの顔を見つめる 小顔の中にある大きな切れ上がったまなこ 吸い入れようと ジョー視線を外す 直子 お構いなしに差すように突き進んでくる ジョーの域内に入り込んで 何かを探ろうとしている直子 鋭い眼とは裏腹の優しい顔で

「お腹空いたでしょう」

 ダイニングに誘導される いやも応もなく連れて行かれる 帰りたい この人(直子)とは一緒したくない 逃げ出したい 痛烈な思い 直子気分が良いのかハミングしながら幅広の廊下を肩を並べて 廊下から見る外の光景 高台の格子門から先 春霞が溜まり 下界を見下しているよう 別棟となる造りが洋風のダイニングキッチン 天井高くにシャンデリア

 長い白のテーブルクロスの上に帯模様のテーブルランナーが長く走り 両端に垂れ下がる 真ん中に燭台 太くて長い白ローソクが立つ お寺のローソクと同し大きさだが背景が違

うと ジョーはどうでも良いことを思う

「ネッ! ステーキ用意したの 嫌いでないでしょ ジャケットとネクタイ取って楽にして」

今日初めて会ったばかりで友達ことばになっている 席のテーブルには 大小のナイフとフォークとスプーン グラスもビール ワイン ウィスキーのシングルにチェイサー迄もがセットされている

「お飲み物は何になさる?」

女っぽいことばで投げかける

「ビールをお願いします」

喉を通過する時の快感を思い浮かべ 早くと願う いつしか緊張が解かれ at homeに

 以外と図々しい一面があることに気付くジョー

「もうすぐ焼けますから」

その間 下拵えから火加減 焦げ具合 焼き上がりの色など表情豊かに楽しげに説明する直子

「色々と研究したのよ」

誇らしげに話す そんなことより早く喰わして飲ましてくれえ~と胸の内で叫ぶジョー

「お待たせ」

分厚くよく焦がした大きな肉が皿に 脇の深皿にはニンニク味のドレッシングが掛かる生野菜サラダ 焦げた肉の匂いが腹に沁みてきた処で互いのビールグラスでカンパーイ

「遠慮なく召し上がれ」

一呼吸置いて

「そうそう お食事の最中 おしゃべりするものではありませんので お食事に集中しましょう」

と言って ムードある曲のレコードを掛ける

 一気にビールを干してステーキに取りかかるジョー 空いたグラスにビールを注ぐ直子 それを横目でにらむ 喰ってるときに話し掛けられるのを嫌うジョー 食の作法が共通していて安心してステーキを平らげる

「もう一枚どお?」

「頂きます」

「次にワインは?」

「お願いします」

棚から年代物の赤ワイン 音と共にコルクが開けられる 確かに旨いと納得のジョー 今度は冷たい白ワインが飲みたくなる 肉には赤ワインとのそんな掟はない ビールを飲むように一気に杯を重ねるジョー 遠慮しないのを見て直子 嬉しくなって

「何杯でも飲んでね お酒は揃ってますので 次に年代物のウィスキーはいかが?」

日曜の晩 おやじさんが飲むウィスキーを都度舐めていた ストレートでは飲むことはできない 飲めないから味の見極めができる 舌には自信がある 年代物の旨いウィスキーを薄めたアメリカンでは失礼 かと云って舌と口の中で味を確かめたあと食道を焼く 直ぐにチェイサーを飲むとあと味 香りは残らない 初挑戦 やめとこ

「強い酒はどうも・・・」

ステーキが旨い そしてデザートに出されたいちごをつまみに二皿 白ワインをビールのごとくに 満足!

「堀田君のお顔 先程から見てるけど いいお顔しているのね 目がキリリとして額が広く口元で顔を締めて 誰に似たのかな お母様?それとも・・・」

マジマジと観察してやがんな

「モテるでしょ 彼女は? ごめんなさい 立ちいったこと訊いて」

オレの永遠の彼女はユキだけ きのうユキに告白された 同じ血が流れている恋人

「受験生でしたのでそんな暇は」

「それもそうね」

酔いが廻ってきた 炭酸水を飲む

「勉強のほか何をしてたの?」

まさか競馬とは

「図書館で本を」

「どんな本?

「乱読です」

「わたくし最近 江戸時代のファンタジー小説に興味を持って 秋成(上田)さんや無名の作家の聞きかじり小説 魂の存在を裏付ける怪奇物語 そんな世界に行ってみたくなる」

「面白いですよね この世とあの世の区別のない世界 魂が人間の姿に戻って来て 普通に話しかけてくる この世にやり残したものを誰かに伝えようとして」

「堀田君はそんな魂の存在を信じるの?」

「信じます(きのうユキと話してました)」

「わたしも信じます ことばは交わしませんでしたが母が亡くなった晩 枕元に髪を巻き上げた風が吹き あのときほど悲しかったことはありません それ以上に嬉しかった お母様が別れを告げに来てくれて」

ジョーそれを聞くと 自分のときも母さんが来てくれたものと 幼いから覚えていなかっただけで

「直子さんのお母さんはこの先を心配していたのでしょう」

「一人っ子でしたから・・・

若くして亡くなった母が病床で書いた手紙があります」

と云って取りに立つ

 

 『わが君(貴方様の命=寿命)は千代にましませ(千年も万年も長生きされ)

さざれ石の(転石=小さな石がやがて)

巌となりて(そびえ立つ大きな岩となり)

苔のむすまで

 わたしの魂も永遠に生きます

そして小さな生命に姿 形を変え

あなたの傍で生きていくでしょう

 これからあなたは

太陽のように 毎日を明るく元気に過ごし

 「如何に生くべきか」

冬至から冬至迄の一年間の太陽の働きが 人の一生を表わします

 「人生とは何ぞや」

大和民族の哲学は 太陽を見倣います

古事記伝の全て 神代の伝え説(ごと)は みな実事(まことのこと)と云います

直子さん 大きくなったなら 利解されるでしょう

 左様であるならばごきげんよう』

 

呻くジョー

「わたしは大きくなってから何度も読み返して このとき母はどんな気持ちで書いたのか 泪が止まらなかった

 死んだあとを想い 古今和歌集から導いた君が代の元歌を用い 死んでもわたしの魂は生きており あなたを見守ってますからね と

そのあと湿っぽくならないように最後 さようならの語源を織り込んで ごきげんようと努めて明るく結んできている 日本文学を好んだ母らしい伝え方・・・・・・

 ・・・・・・・・」

二人共顔を伏せ 何ともいえない顔に

 振り切るように直子

「堀田君の所に来た魂 誰でした?」

「昨年亡くなった妹です」

直子一瞬戸惑う 聞いていた家族構成ではいないはずの妹 知らない風を装い

「それでしたなら悲しく心残りが・・・わたしからは何とも言いようが」

「血の繋がりのある間柄には 他人には分からない互いの魂の安息部屋が用意されていると思います」

緑茶を淹れながら 眼を大きく見開く直子

「堀田君!若いのに凄い考え持っているのね ちょっと待って チョコ食べるとウィスキー欲しくならない?」

「もう10時近いのでボク帰ります」

「何言ってんの!堀田君のその魂の考え 聞かないと」

棚からウェハース 冷蔵庫からそれにつけるアイスクリーム レーズンバターに白カビチーズに生ハムとチーズケーキ 食後にこれだけのものを酒のつまみに 太ってはいない 今夜は相手あっての

「堀田君は家で何と呼ばれているの?」

「ジョーです」

「じゃあジョー君 ウィスキー?それともワイン?」

「もう遅いので」

「いいじゃない 楽しいんだから 飲も飲も」

自分だけ楽しんで! 帰りを考えると気が重くなってくる こっちの身にもなってくれ~

白ワインとオールドパーをグラスに勝手に注ぐ

「両方飲んでね」

 

酔いの廻ったジョー

「ネッ!ジョー君 今まで読んだ本や作家で印象に残ったの・何がある?」

「乱読でしたのこれと云って・・」

「例愛小説をどう思う?」

例愛経験がないので ジョーの考えを訊こうとして

「興味ないです」

「そうよね 俊成(藤原)さんの言うようにこれから体験するのですから 勉強と読書

以外には?」

まさか新藤さんの趣味の競馬とは

「ありません」

「模範的な生活を送っていたのね」

そうだったなら勉強の成績がもっと良かったはず 常々担任からIQ抜群なのに やる気を起こして欲しいと 云われ続け それを想い出して

「ふふん」と含み笑い

「何かおかしいこと あったの?」

怪訝な顔して真意を計りかねる直子 ワインを勧める

勧められるまま 白ワインを飲み干すジョー

「模範生なら将来の道を決めているはずなのですが 未だフラフラ」

「今の大学を目指したのは?」

「とりあえず」

「そんなことないでしょ?」

「じゃあ直子さんは 他人も羨む有名な女子大へどうして?」

「ジョー君のことを言えた義理ではないか 路線が敷かれていてそれに乗っただけ お友達(学友)は皆それぞれの考え方を持っていたわね 文学 哲学 勇ましい人は全学連 わたしはノンポリだった 時代は変わったとしてもまだまだ女の幸せは 結婚して子供を産んで家庭を守る 山本周五郎の『日本婦道記』の女が手本のような風潮が残ってました 女が大学を出て職に就く 考えもしなかった」

「ボクもその本(婦道記)を読みました 賛同できる点はありません 夫や主家に尽くしその上の自己犠牲 それ自体は肯定も否定もしません 人それぞれにある信念 但しその為には子供の命まで道連れにする あと先考えない行動に怒りを覚えます」

すかさず

「ネッ!泊っていって 帰りを心配しているとわたしも落ち着かなくて これでジョー君の考え方をじっくりと聞ける」

勝手に決めつける 初めての他人の家 11時近くまで酒を飲んでいるジョーも悪い 酔うと調子づくのか 夜遅く酔って電車に乗るのも億劫だし 折角ああ云ってくれているのに・・・身近にユキの母の澄子 継母の久美子と云う血の繋がらない「女」がいたせいか 同世代でもない年上の女には 女を感じることもない 遺り取りしているうちに直子に興味を持ってきた

「泊めて下さい」

とあっさりと

「これで落ち着いて訊けるわね サッ飲んで!」

「ビールを」

段々と調子づいて

「ジョー君のさっきの考え 子供を母親の従属物とする 子供を産んだことのないわたしでも

 自分のお腹を痛めると一身同体の観念に ある意味仕方のないことかも」

「その安易な同情論が良くない 身籠ったときから自分とは別個の命 人格であると自覚しなければならない ほかの物語でも主家を守る為 不忠義の罪を進んで被る侍 その為一族 子供までもが断首 侍の美徳?を第一義とする精神構造 ここでも子供を従属物として扱う 侍の前に人間であることを忘れている 情けない」

「そこまで行くう~・・・」

「もう一つ これだけ文明 科学技術が発達してきても 人間の精神構造は発達しない 未だ愚かな人間は戦争をする」

庭の灯が闇を照らす

「発達 発展させるには ジョー君としては何をすれば良いの?」

今度は冷えた白ワインを飲み

「人間の永遠の学び『いかに生くべきか』『人生とは何ぞや』 原点に還って考えることを皆忘れている」

「哲学のこの二つの命題『考え過ぎる程に考える 迷いが出るのは考え抜いていないから』と本に 古代 中世 近代の哲学者は全部でないけど 理解不能な言葉を用いて 更に自分の考えを表わすのに 今ある言葉だけでは伝達不能と 呆れてしまう 哲学は分かり易く市民に解くもの ただ現代哲学は科学 物理 数学の基礎知識がないと理解し難い すると考える手前で止まってしまったの?・・」

「いえ 考えただけでも立派だと思います 知識だけを詰め込み 考えることができない人

 難しく考えてしまう人 宇宙科学は無限 科学の終わりに哲学がある 人はいつかは死ぬもの 死の哲学から生きる哲学を求めるのも一つのやり方 直子さんのお母さんの思想はれっきとした哲学 あれ程分かり易く簡単に しかも明るく解いた哲学はない 素晴らしい!」

「ありがとう あの手紙を他人に見せたのはジョー君が初めてなの ジョー君なら解ってもらえると思って 母が聞いたなら喜んでくれるでしょう」

「無限の宇宙とそこに淒んでいるだろう魂 哲学そのものです 直子さんもお母さんの思想を引き継ぎ発展させたならどうでしょう?」

「例えば?」

「お母さんが引き合いに出してきた君が代とさようならの語源 あれは江戸期 武家階級が暇(いとま)を告げるときの定型句・きまり文句ですが あのような意味深い日本文学・文化を探索されたならいかがかと 日本人の思想は哲学に通じています」

「そう云われると思い当たるのは 江戸後期 支配階級の侍と文化人が一体となって生まれた粋人文化 世界に類をみない日本独特の歴史と伝統から生まれた遊びを追求した文化 太平の世にあった当時の人の考え方など 探っていくと多くの興味が沸いてくる ジョー君の言う通りなぜ武士がこれに参画してきたのか 常々疑問に思っていたの・・・」

「直ぐに反応する処は偉い!」 

すっかり対等ことばになってきたジョー

「やあねぇ~偉いだなんて ジョー君ったらァ~」

いつの間にか隣りに座って 照れてジョーの肩を軽く叩いてくる直子 続けて

「文化人・学者などの知識人に侍が混入してくる 余程魅力があったのでしょう 通人の集まり(当時の社交場である遊里・芝居に精通し 噺家顔負けの三題噺を器用に創り上げる趣味の会)に

 初代広重が云う天明振りの通人 その代表が山東京伝 単なる道楽者ではない知性・教養を備え 死期を悟ったときの身の処し方 それこそさりげなく粋に振る舞う」

「直子さんのお母さんそのものですね あの手紙には意気 渋さ そして華やかさのある江戸前(筋の通った)の文章構成 お母さん 江戸戯作を追求されていたのかも?」

「わたしの考えでは さっきジョー君が言っていた不条理な侍社会に嫌気が差した一部の武家達が身分を離れ もじり(パロディー)を追い求める『粋な遊び』を競い合う 論吉(福沢)さんは『これ等が日本の文化の個性であり個性のない文化なぞ意味をなさぬ 恐らく日本の文化ほど複雑な 異質な諸文化を背負った知識人は世界中にないと思う』と云ってます」

「お母さんの手紙は遊び心満載です しかも知的に楽しんでいらっしゃる 死期を覚っても心に余裕を持っている 他人が真似できないユニークな戯作思想」

「褒めてもらってありがとう まさかあの手紙 他人から褒めてもらえるとは思ってもいなかったでしょう」

江戸中期の戯作文学論から思想へと深夜迄 グッツリ飲んで眠そうな眼になってきたジョー

それを見て

「そろそろ寝よっか?」とささやく直子 2階のツインのゲストルームにジョーの手を握り連れていく 酔っているジョー 時々振らつく 直子脇から支え 顔が近づく 部屋に入りジョーをベットに横にさせ すると直子唇を合わせる 無意識に直子の腰に両手を廻すジョー 直子

 ジョーのアンダーシャツとボクサーパンツを脱がせる 直子もショーツを脱ぎ去りベットの中で抱き合い 互いに唇を強く吸い 舌を絡ませ ジョーの首にまとわりつく女の柔らかな腕

 ユキとは何か違う 熟れた肉体から湧き出る汗からもでる臭 鼻をつく 顔は押され頭は空(くう)のまま 激した直子 歪んだ切なそうな顔 呼応したかのようにジョー 思わず両の手で直子の腰を抱えたときに 頭の芯が冷たくなり 二人しっかりと一体となった処で共に果てる

  空しく感じているのはジョーが男だからか・・・薄灯りの部屋の天井を見つめている

直子 耳元で

「シャワーに入りましょ」ささやく

用意されていたガウン 直子も裸でガウンを羽織る 手を握り合い 下のシャワールームへ

 灯が点くと目の前に 全裸の直子が目の前に 背後から観ると腰のくびれとヒップの程良い張り 均整が取れ 確かに美しい この世で一番美しいのは女の裸 言えていると得心するジョー

 脱衣所で湿り気をバスタオルで拭き終え向き合う 立ったまま抱きつき下半身を密に着け足を絡ます そののちガウンを着ることなく2階のゲストルームへ

 翌朝遅く起きるジョー 隣りのベットに直子はいない 朝陽が二重カーテンの隙間から洩れてくる 開ける気にならない 

 頭が冴えてきた 嫌悪感はない 女と男が交わる 動物達と同し 子孫を残す本能 成長した牡の自然な行為 人間である限り誰でも良いとは限らない それまでの遺り取りで 直子の博学を評して親近感を持ち我を忘れさせた チャーミングな顔と話し方が齢を引き下げ 同世代のジョーに入り込んできた

「起きたあ~」 と階段を登って直子が入ってきた ガウン姿のまま笑顔で 夜の出来事を忘れ去ったかのよう 男と女の秘め事は 夜が明けると 何事もなかったかのように装おうのが 暗黙のルール? 女は夜には牝となり 明るくなると淑女に変身しなくてはならない 一夜で女を識るジョー ユキと比べようとは思わない ユキを女にしたくない ユキは妹だ・・・生返事をして横のワゴンに入った 洗って畳まれた下着を取り寄せようと その手を遮ぎるように直子は摑み 着ているガウンを脱ぎすて ベットに潜り込み 体を重ねてくる

 血の縁を忘れた直子

 理性・倫理・道徳は欲の炎の中に投げ入れた

 

昼前 朝食を勧められたが食べる気にならない 温めた牛乳を飲んだだけで玄関で靴を

背中越しから アパートの住所を教えて欲しい 

「また会いたい」

 潤む目で縋る直子

 希みもしないが言われた通りに

 格子門を出る

 ただ歩く

 強い陽差しが眼に沁みて来ない

 周りの春の景色に色が着かない

 考えることを考えようとは思わない

 きのう来た道の地図 目の奥から消えている

 大通りに出る

横断歩道を渉りかけた

ポンゾ錯視(事故多発)の交差点

右折車がスピードを緩めずに迫ってきた

ハンドル超しに微笑む顔

 

 「ユキだ!!

  オレを呼んでいる!」

 『ジョー!! こっちよ~ ~ ・ 』

 その声がジョーを包んだ

 

手紙が届く 封には紅紫の片栗の花

 

・   ・   ・ 堀田の家は絶えた

                  了