子供の頃、母子家庭で母親は病気がちで入退院を繰り返しほぼ叔母さんに育てられました
叔母さんの家には、3つ上と同年齢の娘がいていつも兄弟の様に仲良くしていたんだけどどう年齢の子供とは、時々喧嘩することもあり、そんな時、「うちの子じゃ無いやろ帰り」と言われすごく落ち込みました
やがて母は、再婚をします
しかしそこの姑が近所で名物の意地悪ばーさんでした
事あるごとに実の孫と私を区別して「あんたは、うちの子じゃ無いから」と言われていました
私は、何処が居場所なのか何処にいたら良いのか居させてもらうために嫌われない様に良い子でいる事を覚えました
良い子で居たら、少なくとも出て行けとは、言われない
言われた事は、素直にやる
例え嫌な事でも嫌とは、言わない
他の子と比べたら悲しくなるので、他の子の事は、気にしない
そんな生活を働き始めるまで自然とやって来ました
高校3年生になりもう少しで自活できるという時期に義理の父の癌が見つかり就職後も自立する事が叶いませんでした
大黒柱の闘病は、家族に精神的、経済的に負担を掛けます
父は、医者から半年もつかどうかと診断されていましたが、入退院を繰り返しその後7年生き続けました
その際に出来た借金の返済に20年掛かりました
その当時今CMをやっている借入金の返済等と言う制度があれば、数百万のお金が帰って来た事でしょう
こうして、40代後半まで我慢に我慢を重ねる生活でした
自分自身がギリギリの生活をしている中、子供の頃から身に付いている良い子で居ないといけないと言う呪縛は、解ける事なく他人から何か頼まれると断れない性格は直りません
50代になり少しだけゆとりが出来てほんの少しだけ自分に贅沢をさせてあげました
そして世の中辛い事ばかりじゃ無い
少しは、楽しんでも良いんじゃ無いかと思える様になると今まで我慢していた欲求が爆発してしまい
よし、嫌な事は嫌と言おう
自由に生きて良いんだそう思える様になると心が軽くなりました
今、良い子で居ないといけない子
自分の居場所がわからず苦しんでいる子
キツイ、辛い、悲しい、我慢してるよね
でも必ず居場所は見つかる
自由は、手に入る
負けるな
おじさんは、60になり、やっとで嫌な事を嫌だと言えるようになった
これからは、自由に生きて行く