「ヤバイよ」と先生に言われて受験への危機を感じ始めたごんすけです。
先日、9年間の時を共に過ごした愛犬、チャイがこの世を去りました。
正直、やっとかと思いました。
冷たい言葉になってしまいましたが、けして死んで欲しかったわけではありません。当然長生きして欲しいと思っていました。
でも、全身が腫瘍に蝕まれて肥大していくチャイを見て、「少しでも長く生きていてくれればいい」という考えは間違いなんじゃないかなって。
苦しみからは逃げたいと思うものですから。
その日は姉の部活の大会でちょっと出かけてたんです。
姉が部活動をしている時、私と母と父は三人でその地を観光してました。
帰りは結構遅くなって、もう空も真っ暗になってました。
チャイのために電気がついたままの家に入って「ただいま」と一言いうと、私たちに気付いたチャイがヨロヨロと体を起こしてこちらに来てくれるのです。
それがいつも通りでした。
遅くなってもいいようにと皿に盛っていたドッグフードは家を出る前と変わっていなくて、それを見た母がチャイにクリームパンをあげようとしました。
癌が進んで、そちらに栄養を取られてしまうため、少しでもカロリーが高いものを、と進められたのがクリームパンでした。
チャイは食いしん坊なのですごく喜んで尻尾を振っていたのを覚えています。
ぼんやりとスマホを弄っていた時、母が普段より少し大きな声で叫びました。
スマホから顔を上げて、私が見た時にはもう手遅れだったんだと思います。
クリームパンがもらえることに喜びすぎたあまり、心臓が止まってしまったようで。
焦点の合わない目を見開いて、舌をだらんと垂らしたままのチャイ。
怖くてたまりませんでした。
母の声で家族全員がチャイの周りに集まり、その中でチャイはだんだん冷たくなっていきました。
一番泣いたのは母でした。
私から見て、チャイが一番好きだったのは父ですが、チャイを一番愛していたのは母だったと思います。
チャイが一度死にかけた時も、癌に侵されていった時も、誰よりもチャイを心配していたのは母でした。
チャイはもともと捨て犬でした。
外で逃げている所を子供たちに追いかけられて、捕まって。
あの時のチャイの怯えた顔を、9年以上たったいまでも覚えています。
子供とは無責任なもので、捕まえておきながら飼う気なんてないのです。
可愛い、可愛いといいながら誰も飼いたいとは言いませんでした。
そんな中、姉はチャイを飼いたいと言いました。
父は反対していました。母も反対していた気がします。私も反対でした。
なめられていたのでしょうか、何故かあの場で私だけ噛まれたんです。
他の人には吠えるだけだったのに。
今思えば、私は動物に嫌われる体質だったのかも知れません。
結局、父が折れました。
その時の姉の言葉をいまでも覚えています。
「一生のお願い、私がトイレの世話もするから」
そんなことを言いながら姉は三日坊主でした。
正直怒りを感じました。
数年たつ頃には餌は母、トイレの世話は私のことが多かったと思います。
飼い主失格だと思いました。
トイレの世話をしない姉も、トイレの世話を嫌がる私も。
最後の最後まで私は姉に怒りを覚えています。
火葬の時、涙を流しながら葬儀のパンフレットを読む母、同じくパンフレットを読む父、私も泣きました。
でも姉は「変な動物たち」という本を読んでいました。
別に泣けばいいってもんじゃないことは分かってます。
でも、何でそんな普通の顔で本が読めるのか。
私にはどうしても薄情に見えて仕方がなかったんです。
これはあくまで私の意見です。
姉には姉の思いがありますから、私には分かりません。
こんな悪口みたいなのごめん、と思う反面、これが私の思いだと知って欲しい。