たまにはエッセィを。



エスケイプゾーンは、どこにでもあるはずだ。


多分。


建物で言えば、何?…非常口とかかな。

まあ、人で言えば、愚痴をこぼすとかか。


そうすることで、溜まっているガスを抜く。

そんなイメージを持てばいいだろう、と僕は思う。


色々なブログを読むと、たまにそういう物に出くわす。

それも、なんら問題ない。なぜなら、その人個人の問題だからだ。


別の話題。


よく、愚痴をこぼされる人って、まわりにいると思います。

「あいつには、いつも愚痴を聞いてもらっている」。そんな奴は思い浮かんだだろうか。

さて、自分は彼、もしくは彼女に愚痴をこぼするコトでスッキリすることができるだろう。(たしかに確かに)


では、愚痴を聞かされたほうは、どう思っているのだろうか。


さらに、もう1つ。


「もう、愚痴をこぼすのはやめてくれ」と、言われたとしたら、その人はどうするのだろうか。

もし、彼、または彼女に愚痴をこぼせる親友が他にいなかったら…その人はどうするのだろうか。


ああ、想像しただけで恐い。


改めて考えると、「愚痴をこぼす」って、意外にリスクがあるような気がするのは、僕だけだろうか。


究極は穴を掘って叫ぶのだろうか。

「大丈夫?」

と聞かれたら、どう答えるだろうか?

ちょっと、考えてほしい。




一般的な解答は、こうだと思う。


「あ、大丈夫です」


まあ、これは僕の世界の一般的な解答なので、もしかしたら、世間一般の解答からズレている可能性は否定できない(僕自身は、そんなに世間からズレているとは思わないが)。

さて、読者諸氏はいかがな答えだっただろうか。


それはさておき。

よく考えてほしい。

「大丈夫?」と聞かれたら時のコト。

かなりの確率(80%前後)で「大丈夫です」と答えていないだろうか。たとえ、本当は大丈夫じゃない状態だったとしても、口から発せられる言葉は「大丈夫です!」になっていないだろうか。


こんな場面。

体調が悪くて、ヘロヘロな状態の人が、へたり込んでいる。

当然、こちらとしては心配をするわけだが、どのようなアクションが適切だろうか。


①:声をかけてみる

②:無視する

③:星飛馬の姉のように見守る


②は当然のごとく除外するだろう(どんな奴だとしてもね)。③は難しいところかも知れない。どれくらいの距離から見守るのかがポイントになるだろう。近すぎず遠すぎず…ある意味ストーカだな、これは。

そうなると、①の「声をかける」になるのが無難だろう。

しかし、どんな言葉をかけるのか?そこが、問題だ!!


冒頭にも書いたが、「大丈夫?」では効果がない。

相手だって気を使い、「大丈夫です」としか、答えられないだろう。しかも声をかけた人が目上の人ならば、一層。

人間関係も考慮に入れた上で行動しなければならない。



ただ、声をかけることが“ホスピタリティ”とは、僕は思わない。

“真のホスピタリティ”というものが、どんなものかは、僕にはまだ分からない。

しかし、これは“親切の押し売り”と言っても良いのではないだろうか、と僕は思う。

こういうのだけで「気が利かない」と判断する人もいるだろう。


最終的には個人の判断にゆだねられるだから仕方がないが、僕は納得はいかない。

(自分の知り合いという)他者がいる時にだけ発揮されるものならば、捨て去るべきである。