当BLOG内にて記されている 動植物などの画像への説明等の文面は 筆者の独学にて得た 拙い知識と 図鑑やNET検索などにて調べたものであり その真意につては保証するものではありません
もし記事中に誤りなどありましたら ご遠慮なくコメント欄にご記入いただければ幸いです (o^-')b
また 飲食などについてのコメント等につきましては 善かれ悪しかれ その内容の如何に関わらず あくまでも筆者個人の主観であり 好き好きで
他の方への推奨であったり そう感じたとしても 特定のモノを誹謗中傷するものではありません
てな感じで (^_-)☆ ご理解いただいた方のみ 本文へとお進みいただければと ササ (*^ー^)ノドウゾ ドウゾ ww
visiting old,learn new - special project - Act.3
古きを訪ね 新しきを知る visiting old、learn new episode 04
special project
Act.3
final episode
夜撮ではありませんょ ww 現地当日の日
の出時間AM05:35
← 外観の撮影は 食事後のAM05:08
因みにOPENは AM05:00 ( ̄ε ̄〃)b
今シリーズ最終回一軒目は 日本人で知ら
ん人はいない? 誰しも一度は食べたこと
がある?
元祖牛丼専門店? 少なくとも現存する牛
丼店の中では最古 と言っても過言ではな
い ・・・
吉野家 @ 築地市場 1号館はその一号店

その歴史は古く創業は1899年(明治32) 築地市
場の前身 日本橋魚河岸にて始まる
「 魚河岸 」 は日本橋と江戸橋の間 現在の日本
橋本町1丁目~日本橋室町1丁目にあった魚市
場
17世紀(西暦1601年~西暦1700年)の初めに開
設され
1935年に築地市場への移転が完了するまで30
0年以上にわたり 江戸と東京の人びとの食生活
を支えつづけた
東京都中央区日本橋室町 日本橋北詰に " 日
本橋魚市場発祥の地碑がある つまりが 吉野家一号店は日本橋魚河岸から築地市場 そして豊洲へと今回で2度目
の移転となる
1926年に築地に移転するも1945年に東京大
空襲で店舗は焼失
翌々年の1947年に店舗営業を再開 1959年
に数十メートル離れた所 ( 豊洲移転前の場
所 )に店を移設 今回10月6日の市場移転
閉業に伴い 築地市場での 一号店てしての
歴史に幕を下ろした
吉野家によれば 焼失より再開したのちの1
950年代頃の牛丼一杯の価格は120円
っな なんと 当時の " うな重 " の価格とほ
ぼ同じだったらしい
っが それでも 舌が肥えてる市場関係者に
は評判で賑わったとゆう
たかが牛丼 然れど牛丼 現代人のおかしなところ 高けりゃ良い物 安けりゃ悪い物的思考 うなぎは尊重するが
安い牛丼はおっさん飯 ・・・ みたいな (ё_ё) フフフ おっさん飯の何が悪い!!w
「 はやい・うまい・やすい 」 大いに結構!! 気に入らんヤツはぐだぐだ言わんで食わなきゃいい ( ̄ε ̄〃)b ww
↑画 コの字カウンター席15席 狭小店舗の築地一号店は その狭さ故に少しでもお客さまが食事をするテーブル上
を有効活用するためと その昔は気の短い市場関係者が順番待ちを出来ずに立ち食いをしたため 箸立てを壁掛け
にした名残が見て取れる ・・・ ( ̄m ̄〃)ぷぷっ!わかるかなぁ~

もっともポピュラーメニューの牛丼( 並 ) with お新香 こちら築地店は他店舗のような朝定食やら他〇〇丼などはなく
牛丼と牛皿 それにサイドメニューのお新香や味噌汁・卵などがあるのみ そのかわり他店舗には無い 築地店舗のみ
のオリジナルメニュー?裏メニュー?的注文ができ

以前は他店舗でもやっていたが今は築地店のみ受けてい
る ネギだく ↑画像は牛丼アタマの大盛り・ねぎダクに B
セットのお新香・味噌汁
アタマの大盛りはご飯は並で具の大盛り ねぎダクは肉の
量は変わらず ねぎのみ更に増しとゆうサービス
他に面白いところでは " トロだく・トロ抜き " 肉の脂身の
増減をしたものや
" 肉下 " 「 ご飯がつゆでふやけてしまうのがちょっと ・・・ 」 という客のわがままに対応した肉や玉ねぎ・つゆを先に丼に
入れた所に白飯を盛ったもの 出てきた丼は勿論 見た目 真っ白な米だけ状態 ww
急いで食事を済ませて仕事に戻りたいため 冷えたご飯で一気にかき込みたいとの声から生まれた " つめしろ " w や
" 芯だけ " お新香の白菜の芯の部分のみ などなどのカスタマイズがあった (◎_◎;)
移転先の豊洲市場ではスタッフの入れ替え等に伴い 年内これらのサービスは封印らしい
因みに券売機の置く場もなく伝票を書く暇もない築地店では 並丼とアタマの大盛りを見分けるため 丼の柄の色を並は
青 アタマの大盛りは緑と模様やその色分けにより 視覚的に判るようにしている
なので↑画像 この緑色の柄の丼があるのは全国の店舗の中でここ一号店だけでしか見ることがないレア丼 まぁ そ
れが ( ゚Д゚) ナニカ ?と言われれば 「 別に 」 とゆう程度のことですがね ww
そして今シリーズ ラストを飾るのは ・・・

築地市場とはまったく関係はない? っが 市場
サイドを走る晴海通りを挟んだ向かいとゆう立地
からその常連客の多くに市場関係者が居たため
からなのか否か? 今回の築地市場の終りととも
に閉店となった
生粋博多らぁめん ふくちゃん 築地総本店
創業は1984年(昭和59) σ( ̄。 ̄)が東京の金
融街 日本橋兜町でコックを始めた2年目の夏
(ノ゚ο゚)ノ オオオォォォォォォ- 本格的博多ラーメンの店
が出来た!! てなわけで 自分が働く店が終
わったあとに タクシーでよく食いに行ったとゆう
思い出の店
運営は明太子と言えばの福岡 " かねふく " ?ww がチェーン店展開した一号店 まぁ σ( ̄。 ̄) は明太子は辛いの
で食えませんが (-"-;A ...
当時はその明太子に紅しょうが・にんにく・わかめ・キャベツにメンマが無料トッピングでテーブルに置いてあったが ・・・
時代の流れのなか 最後に伺ってから30ウン年 ww 今は↑右画像の三点だけに そして 最後に伺ったこの日は閉店
一日前の10月5日 σ( ̄。 ̄) の記憶では茹で卵も昔は常時無料食べ放題だったような ・・・ とりあえず注文出待ちの
間に塩かけで一個

そして 着丼と同時に殻を剥いて置いたのを 「 ドボン!!」 と一個 そして 替え玉を食べ終えた残りのスープにもうひ
とつ入れ その黄身をスープに溶かし飲んで (o ̄∀ ̄)ノ”ぁぃ 完食!!

30ウン年ぶりに食べたふくちゃんらぁめん うぅ ・・・ ん
こんな味だったか? うぅ ・・・ ん これじゃ確かに閉店も
やむを得 ・・・ . ∵ゞ(≧ε≦o)ッブ!
まま あくまでも私的感想ですので (;´∀`) アシカラズ
σ( ̄。 ̄) が幼少の頃 食品加工卸販売を営んでいた父親について行き 何度か訪れた築地市場 その後大人になり
場内・場外 近隣での飲食で訪れた築地
市場の移転後も場外等に残る そこでしか食べることが出来ない魅惑的店も少なからずともあるので 今後も通うことに
なるであろうエリア
それでも今回の市場移転は σ( ̄。 ̄) の思い出の歴史にひとつのピリオドを打った そんな多々の思い出と共に今シ
リーズにも 「 . 」 とゆうことで (。+・`ω・´)ゞ thank you and good bye.
P.S. period とゆう言葉の意味は 「 終止符 」 という意味の他に 「 期間 」 や 「 時代 」 などの意味を持ち 今回はそん
な意味合いからも " THE END " ではなく 『 period 』 にて終了と ・・・ 駄菓子菓子 このシリーズにはまだ ( ̄ε ̄〃)b
Coming Soon !! Don't miss it !!!!!!!
Even if I knew that tomorrow the world would go to pieces, I would still plant my apple tree. by Martin Luther
Tomorrow will take care of itself ... 。 ヾ( ´ー`) C'ya!!








