朝起きたときに

雑巾掛けのイメージがやってきたので


久々に雑巾掛けをする。


やってみると

あきらかに

空気が変わった。


気持ちいい。




どうもやっぱり一段上がった様子。


これまで持っていた


なんかしなきゃとか


寂しいとか


そんなものはなくなって


思いついたことをやる。


それで


ただそれだけですごく幸せ。


今日は


雑巾掛け

小物入れを針と糸を使ってリメイク

noteをスタート

買い出し

サラダと味噌汁を作る


そんな日常がとても幸せ。




生活を取り戻す。


焦りも寂しさもなく


ただ普通の主婦の生活に浸る。


それにシフトすることに


こんなにも時間がかかるなんて思わなかった。




いつも私は


だれかに認めてもらおうとして


生きてきたのかもしれない。



承認欲求を満たすために


仕事をしてきたのかもしれない。



生活するということは


横に置いて。



全部はそのために。


生産性のないことに時間を費やすのは


好きじゃないと思っていたけれど。


生産したかったのは


承認だったのかもしれない。




別に


社会の誰かに


承認してもらわなくても


人生、幸せに生きて行けるのかもしれない。




家族。


そのわずかな人たちが


何も言わなくても


いつでも承認してくれているのだから。

































天津祝詞。

唱えはじめたら、なぜか、勝手に涙が流れた。


こういう体験は昔にもあった。

ある歌を聞いたとき。

生まれる前に聞いていた歌だとか。


天津祝詞も遠い昔によく耳にしていたのかもしれない。

毎日の習慣にしてみよう。



家庭教師の登録をしてみた。

だけど、時間的に合うものが少ない。


私はやり出したら

没頭してしまうので

ちゃんと選ばないといけないなと思ってる。


でも選ぶときは

自分というよりも

上に任せたい。


だからちゃんと繋がっておくことが、大事だな。


感謝と祈り。


心を開いて。



また、掃除をしよう。



昨日から流れがかわった。


焦りはなく。

悲しみもなく。

ただ日常を楽しめる。


そうすると、育児も楽になった。

いやいやと言う我が子に対しても

イライラもせず

がっかりもせず

フラットでいると

いつのまにか2人で笑っていて

息子もどうでもよくなって

動いてくれる。


電車が見たいと言ったけど

電車飲むって言い間違えて笑って終わった。

コンビニ行きたいって言ったけど

家にあるおかしの説明したら

笑って帰ってくれた。

毎日嫌がるお風呂。

お風呂行くよーといって先行ってたら

いくーといって着いてきた。

ズボンは自分で脱いで洗濯機へ。

寝るときは寝よかと言って

ゲームはやめれた。


私がちょっとSwitchやりすぎて

寝るのが少し遅くなってしまったぐらい笑


いやいやとか

自分のやりたいこと言うのは当たり前だし

それを言うたびに嫌な顔するのやめよ。

面白い方にもっていく。

楽しい方にもっていく。


知ってたけど、できなかった。

心がついていかなかったから。


そのときの心の向きが大事なんだなぁ。


整えよう。

心、うちの中を。