結婚前の新居を決める話です。
彼は長男(姉、次男、三男)で、私も長女(3姉妹)、姑は大正元年生まれだから、長男が親の面倒を見て当たり前という考え方。
私も、ゆくゆくは、自分の親の面倒を見なければいけないと思ってて、彼も、
彼、「相手の親の面倒も見るから」
姑、「その前に私の面倒も見てよ」と言ったらしい。
私も両方の親の面倒を見るつもりだ。
新居をどうするか、の話になった時、
姑、彼、独身の三男の住んでたぼろ家、隣の借家(ぼろ家)のおじさん(他人)の土地は姑の姉の敷地で、二軒を潰して一軒家を新築し、姑、独身三男、私達夫婦が住む予定をしてた姑。
ところが、隣のおじさんが、「わし、行くとこないから、死ぬまでここに置いてくれ」と懇願され、次に姑が出した案は、
丁度、自転車で10分もかからない所に、村で初めての新築マンションが建つので、「そこはどうか?」と彼に打診してきた。
彼の地域は、祭りが盛んで、娘も息子も結婚したら、地元に帰り、親に家を建ててもらって同居が当たり前の、私にしたら、考えられない世界で、よそから来た人は、「よそ者」の目でずっと見られ、馴染めず出て行く人もいる位、独特の雰囲気があり、私も馴染むのに10年は要した。
言葉もこの地域独特の方言があり、隣町の私ですら、彼家族の会話の意味が最初はさっぱり解らなかった。
早口でまくし立て、まるで喧嘩してるような会話で、娘は母親のことを「あんた(あなた)」と呼ぶ。
物言いはきついが、根に持たない人が多い。
「借金あるのに、マンション買えるの?
生活やっていけるの?」
「大丈夫や。もうすぐ借金も終わるし」
はっきり言って、私は無知だった。
彼の、この大丈夫やを信用して何度も散々な目に遭うことになるとは、この頃は知る由もなく、8歳上で大人な彼に全幅の信頼を寄せていた。
貧乏な両実家を元からあてにする気はなく、この時の二人の預金は百万。
マンションのモデルルームへ行くと、もう頭の中がお花畑状態



頭金なし、35年ローン(70歳まで返済)、バブル後半期、彼は大手企業の系列会社勤務、私も正社員で、ローン返済の見積りしたら、彼は「大丈夫や」と言った。
遂に買っちゃたよ

新築マンション3LDK
67 ㎡

(価格は読者の皆様には内緒)
結婚式が6月、マンション入居がその前の3月。
契約書類等は、二交代勤務で平日休みの彼が全てやった。
その中に、入居にあたり、入籍しなければならず、これに猛反対した私の父。
「なんで結婚前に入籍するんや
」


「マンションの契約で仕方ないやんか
」

入籍⇒同棲⇒妊娠⇒結婚式と、父の頭が働いたんだろうね。
「同棲する気はないし、結婚までは、彼が一人で住むんや」
「ほな、別に入籍の必要ないやんか
」

知らんがな
書類の決まりやがな



もう、父は無視することにした

そして、マンションの必要経費で丁度百万。
そういえば、入籍の日、覚えてないわ。
あまり記念日など気にしない私。
後の家電家具最低限の物は、彼のボーナス払いか、私の貯金から出したような…
これも、うろ覚え

彼の姉は、旦那が夜勤の時は、一人娘(3~4歳)を連れて実家に毎回かえっていた。
「姪が、(当時珍しかった)マンションに泊まりたいからいいか?」
と、彼に打診され、今後の付き合いに支障をきたすと思った私は、嫌だが、OKした。
結婚までの3カ月、全て新品を使われ、
客用布団で寝られ、義姉は、掃除をしてくれるのは有難いが、
なっ、なっ、なんと

雑巾を新品の洗濯機で洗っていた

それを彼は何も思わず私に言ったのだが、
私の心中は、腹わた煮え繰り返ってた



が、抑えた……
きれいな雑巾なんやろ、だから洗ったんやね、どうぞお好きにお使い下さい、
と、思うしかなかった。
知らん事にしよう、耐えれへんわ

私達、性に関することは、遠慮なく話せるのに、お金に関しては、私は、すごく遠慮?どうしても聞けなかった。
借金がいくらで、どうやって返済してるのか、いつ終わるのか…
結婚前のお金の話合いで彼は、
「きっと借金返済した後の残高みたらショック受けるし、辛い思いをさせたくないから、財布は自分が握り、必要な生活費を渡す(たぶん、10万位だったと思う)」
と言われ、私も自分の給料と、独身時代のへそくり百万あるから、と思ってたのと、
彼の優しさと、その時は勘違いしてたんだね、今思うと。
そもそも、彼にお金の管理をさせたのが全ての間違いだった。
あの頃の私は、まだまだ子供で何も知らないお嬢様だった。
そして、始まる新婚生活……
まずは、貧乏生活かな…
つづく
今回もお読みくださり、ありがとうございます
