その絵は、酷く古い病院の一隅にあった。白い壁一面を占める、見上げるほど大きなそれは、一見、ただの茶色い四角だ。

 

 けれども細部を仔細に観察すると、そこには朽ちかけた青いビニールシートが打ち捨てられていたり、ささやかに可愛らしい、クローバーの白い花が息づいていたりする。

 そして、私は茶色い土の上で踏みしだかれた古い松葉を見て、はっとした。この絵は、院内の木々に埋もれた庭園の地面を、ただそのままに描いたものなのだった。

 私は言葉を失った。

 

 何の華やかさも持たない、精緻な技巧だけが特徴と言えば特徴である茶色い絵。描き手がどんな思いを込めて描いたのかは解らない。

 恐らくは、きらびやかな展示会で脚光を浴びることなど決してないであろうし、そんなことを望みもしないだろう。

 

 けれど、暗い病棟の一隅で、それは静かにしみじみと、深く私の心を打った。格別に評価されることがなくても、ただそこにあり続ける。

 そうして、秘匿された揺るがなさで、病むものを静かに包んでいる。

 

 ついぞ語られることのなかった、いにしえの物語のように。

 

 

ーーーーーー

 

 一か月半ほど入院しておりました。

 入院は慣れたもので、ささっと支度をして、のんびり過ごすことができます。プロです。

 けれど、やはり周囲に気を遣う生活は、こころをささくれ立たせるのです。

 病院には、随所に絵が飾られ、入院者の目を楽しませるよう配慮してありました。

 入院してふさぎ込み、こころを閉ざすことは簡単です。しかしながら、受け取るこころを持っていれば、感動するうつくしいものをいつだって発見できるのです。

 そう、いつでもです。