初めて婦人科へ行った日に「多嚢胞性卵巣」と、いわれ、早速ネットで調べていました。

結構な人数の方が多嚢胞性卵巣をもっておられるということがわかり、また、その中でも妊娠された方も多数おられるようなので、少し心強くなりました。

先生からも、子宮の状態は問題ないようなので卵が出れば妊娠の可能性があります。

と言われたので、少し希望がみえた矢先・・・。

本当にすごいタイミングでした。

その「多嚢胞性卵巣」と診断されたその日の夜、

NHKだったと思います。

たまたまテレビをつけたら「卵子は老化する」

というドキュメンタリー(タイトルじゃなかったかもしれないですが;)が放送されていました。

内容は不妊の夫婦にスポットをあて、

晩婚化が進んでいたり、自分のしたいことをしてから妊娠したい、と考えている人が増え、

妊娠を希望する年齢が上がってきているが、

卵子は日々作られる精子と違い、女性が生まれたときから元となるものが存在していて、

それを使用していくので限りもあるし、年齢が進むにつれて「卵子が老化する」

・・・という内容でした。

不妊治療を始めた夫婦が、

子供は自然に授かるものだと思っていた。

もっと早い年齢から考えていれば・・・。

というようなことを言っていた気がします。


とにかく、私はその日、そのテレビをみて、

「あなたにはタイムリミットがあるのですよ」

と、突き付けられた気分でした・・・。


「羊水が腐る」発言で物議を醸した芸能人もましたが、
「卵子は老化する」なんて・・・!!

35歳を過ぎると不妊治療の効果も下がってくるそうです。

私はこのとき29歳になる1月前。

あと6年・・・。



どうして女性としての役割ができないのだろう?

私の不摂生?

私は欠陥品・・・。

私は普通じゃないんだ・・・。

と、色々なことが頭を巡り、

テレビを見ながらひとり、声をあげて泣いていました。

「不妊」という言葉を何度も何度もかみしめていました。


仕事から帰ってきた夫に、病院で言われたことを説明したけれど、
知識の全くない夫はあまりよくわかっていないようでした。(そりゃそうですよね;)

夫は、

「なるようになるやろ」

と、言って、私の頭をポンポン、となでました。

そのあまりに呑気な言い方に苛立ちつつも、

「そう思って大きく構えておかないといけないな」

と、思う原動力になりました。


今思えばこの時、

夫は何を考えていたのでしょうか。


結婚すればいつかは必ず子供ができる。

と、当たり前のように思っていたのに。

夫もきっとそう思っていたと思います。

「まぁ、まだ2人の時間があっていいんちゃう?」

と、結婚からしばらくは避妊していました。

それがふたをあけてみると

欲しくても出来ないかもしれない状況だったなんて・・・。

夫もショックだったはずです。


でも、夫はそれ以上何も言いませんでした。

様子も変わることなく・・・。

実は、

今現在でさえも、

夫の「子供が欲しい思い願望」を言われたことがありません。

結婚のときに「まぁ、1人か2人かな~」と、言われたきりです。

まぁ、不妊と言われている妻への配慮だとは思うのですが、

何か特別不妊に関心を持たれるわけでもなく、

何かに協力的なわけでもなく・・・。

ただ、婦人科からかえってきたときは

「お疲れ」

と言って、ポンポン、と頭を撫でられることが多いです。

私が病院で言われたことを帰ってすぐに自分から言い出すので

夫が「どうやった?」と聞くことはありません。

自分からは私に聞かないだろうな・・・。


この感じが、時にはイラッとし、また、私にいろいろ遠慮しているのかな、と、負い目に感じることもあります。

でも、プレッシャーは与えられません。


それで今はいいのかもしれませんね・・・。


ご主人の反応というのは各ご家庭でそれぞれだと思います。


不妊治療中の友人夫婦のところは

ご主人がいろいろ気にして聞いてきてくれたりするようです。

リセットしたときなどはご主人のほうが落ち込むようです。

一緒に喜び、一緒にがっかりしてくれるという姿は、

きっと治療の励みになると思います。

ただ、

「リセットになった時に伝えるのがつらい」

と、言っていました。

夫に意欲がある分、プレッシャーもかかるんだと思います。


このへんは難しいところですよね・・・。


ただ、相手への思いやりはお互いになくしちゃいけないなって、

改めて不妊を通して考えさせられた気がします。


では、私の治療方法については、また後日・・・。






私は元々生理不順でした。

生理が始まったときから、「何日周期」と決まったことはなかったし、
1か月とぶことは当たり前。気づけば3か月来なかったときもありました。

そんな体に慣れつつも、このままじゃあいけないなぁ・・・。とは思っていたけれど、
内診台にのぼる勇気はなく、産婦人科へは行ったことがありませんでした。

そんな私も28歳で2年付き合った彼とめでたく結婚。
彼は長男で、体の弱いご両親と同居していたのでそこへそのまま嫁ぐことに。

30歳までには子供を一人産みたいなぁ、と思い、結婚後3か月ごろから子作りを考え始めたけれど、そこからふつふつと、私の生理不順に不安が募っていきました。

基礎体温をつけてみるも、全くと言っていいほどバラバラで、2層にならず・・・。

2か月分のデータを持って勇気を出して婦人科へ行きました。

女性医師が内診をしてくれたけれど、
内診台に初めてのぼったときは本当に、本当に怖かったです。

見られるという恥ずかしさより、

ここに乗ったら、私は、
「子供は出来ないです」
と、言われてしまうのではないか・・・?

という恐怖が強かったことを覚えています。

体の血の気が引いていました。

先生はやさしく、
「多嚢胞性卵巣ですね」
とおっしゃいました。

恥ずかしい話、私は看護師をしていたのですが、
その時まで、
卵胞が20mm程度になるまで育たないと排卵が起こらないこと、
多嚢胞性卵巣とは、どういう状態であるのか、などについて、
全くの無知でした。

そこから私の「不妊」についての探索が始まりました・・・。