その人は変わった人だった。
だいたいどの男も車に乗ったら、うるさいくらい話をする。
なのにその男は何も話さなかった。
見た目は特に格好良い訳じゃない。
服装だってごく普通。
背だって高くもなければ低くもなかった。
けれど何故かとても居心地が良かった。
今までの男はどこの高校かとか、何故寮に入ったのかとか、いろんな質問を私に浴びせた。
素の自分が出せなくなった私には時としてそのお決まりの質問に答えるのが困難だった。
特に何故、援助をするのかと聞かれるのは苦手だった。
理由が思いつかなかったからだ。
しかし、昔から八方美人で生きてきた私はきちんと受け答えができないと気がすまない。
援助の理由にきちんとも何も無いのだが、その時は質問の答えが出せない事は私にとって嫌な事だった。
簡単な質問にも答えられないのかと劣等感と屈辱感で胸がいっぱいになってしまうから。
男は目の前だけを見て運転をしている。
そっと横顔を盗み見ながら、何も聞かれない安堵感を味わった。
しかし、その反面何も会話をしない事に対する不安もあった。
もしかしたら、つまらないと思っているんじゃないか?
私の見た目が気に入らなかったんじゃないか?
そんな不安がじわじわと心の中に広がっていく。
それを男は感じたのか、不意に私に向かって言った。
『あぁ。ごめんね。俺、シャイだから何話して良いか分かんないんだ。』
心を見透かされたのかと思ってドキっとした。
「ううん。いいの。気にしないで♪事故っちゃったら大変だから運転に集中してw」
わざとらしいくらい明るく言った。
男は少し笑って言った。
『ありがとう。俺、運転あんまり得意じゃないんだ。ここで事故っても恨まないでね。』
「え!!そんなの嫌だ!!!事故らないように注意して!!」
慌てて言う私の様が面白かったのか、男は小さく声を出しながら笑った。
『大丈夫だよ。安心して。』
しばらく走ってホテルに着いた。
いつもは行かないような、少し高級感のあるホテル。
援助で行くホテルはいつも安っぽいホテルだったから少し緊張する。
部屋に入り、2人でソファーに座る。
男がテレビを点けると洋画が流れていた。
普通、ここでいつもと同じ男なら必ずAVを流す。
でもその男は普通に洋画を流したままだった。
相変わらず会話は無い。
少し困ってしまって男のとなりで映画を見ていた。
しばらくすると、男が突然私の顔の前に手をかざして映画を見れないようにした。
少し笑って男を見る。
『ちょっと寂しいな』
寂しいと思っているとは思えない柔らかい笑顔で私を見た。
「ごめんね。」
そう耳元で囁くと男は少し体を震わせた。
自然に抱きしめ合う。
男の心臓は破裂しそうなくらいドキドキと脈を打っている。
少し体を離し、胸に手を当てて言う。
「緊張してるの?すっごいドキドキしてる。」
『果保ちゃんだって・・・。実は緊張してるんでしょ?会った時から泣きそうな目をしてる。』
私が泣きそう・・・?
ありえないと思った。
「緊張なんかしてないもん。」
わざと子供っぽくスネたフリをした。
男はそんな私を少し笑って優しく言った。
『おいで』
男に抱きついた。
力を込めて抱きしめてくれる腕はどこか頼りなかったけど暖かかった。
ごく自然にキスをした。
少し遠慮がちな彼のキス。
絡める舌は次第に大胆になっていった。
ベッドに移動し、本格的に行為が始まる。
今までの男と違って、彼の行為は最後まで優しかった。
私の小さな反応を見逃さず、丁寧に私の体に触れていく。
初めて男性に触れられて気持ち良いと感じた。
いつもは相手を満足させるために、相手を観察している私が観察する余裕すら無いのだ。
男は私に受け入れる準備ができた所でコンドームを取り出した。
隙あらば、コンドームを着けずに挿入しようとする男ばかりだから少し驚いた。
「ありがとう・・・。」
そう言うと男は少しとまどったように言った。
『どうして?』
「自分から避妊する人って珍しいから・・・。」
『そっか・・・。そうかもしれないね。でも君が困るでしょ?僕は君が嫌がる事はしたくないよ』
そんなの綺麗ごとだと思いつつも、心が少し暖かくなった。
コンドームを着けると男はまた少し私の体に触れ、私の中に入ってきた。
彼に抱きついたら、少し涙がこぼれそうになった。
そんな私を知ってか知らずか、男は私の頭を撫でた。
男が果てて、しばらく2人でベッドの中で抱き合った。
男の体温が心地よくて夢見心地になった時、彼に頬をひっぱられて目が覚めた。
「ごめんなさい。寝てた?」
『軽く寝てたみたい。そろそろお風呂に入るよ?』
「は~い♪」
良い子の返事をしつつ彼に抱きついた。
そんな私を駄々っ子をあやすように彼は言った。
『こらwお風呂行く気ないでしょ?仕方ないなぁ。もう少しだけだよ?』
そう言ってまた私を抱きしめてくれた。
何故か嬉しくて何も言わず、強く彼に抱きついた。
しばらく抱き合ってからお風呂に入る。
それからは何だか恥ずかしくて、無駄にはしゃいでしまった。
照れている事を悟られたくなくて、たくさんの話をする。
彼はそれを楽しそうに聞いてくれた。
彼が楽しそうだと、何故か私も嬉しくなって余計頑張って話してしまう。
彼の笑い声は柔らかくて素敵だと思った。
お風呂を出てからも、少しでも長く一緒に居たくて話が途切れないように話し続けた。
彼の事もいろいろ教えてもらった。
3年前に別れた彼女が忘れられないこと。
銀行で働いていること。
彼女を忘れたくて、今日初めて援助をしたこと。
今日、来る時にすごく迷ったこと。
「少しは彼女の事忘れられそう?」
そう彼に聞いた。
『果保ちゃんに出会えたからね。果保ちゃんじゃなかったら、忘れられないと思うよ。』
そんな言い方はずるいと思った。
「またまたwそんな言い方しても何も出ませんよ~」
笑いながらそう言った。
『本当だよ。』
彼は真っ直ぐ私の目を見て言った。
『出会えたのが果保ちゃんで良かった。』
今まで何度も似たようなセリフは聞いてきた。
その度に笑顔でかわしてきたのは私。
なのに、何故かこの人は違う。
いつもと同じはずなのに、どこかが違う。
とまどってしまう。
いつもと同じように対応できない。
困った私は目をそらす事しかできなかった。
そんな私の頭を撫でると彼は鞄を取り出した。
「今日は良いよ。何か貰う気分になれないから・・・。」
反射的に言っていた。
いつもと違う人だと感じたから、いつもと同じようにお金を貰いたくなかったのだ。
人間の男と女なんて欲求によって繋がっている。
何年も前からそう言い聞かせていた。
でも、この日はそう思いたくない日だった。
私に普通の恋愛なんかできない。
そう言い聞かせているのに、そう思いたくない日だった。
久々に幻聴が聞こえる。
「まだ、恋愛感情とかいう物が存在するとでも思ってるのか?バカめ。この男もいつもの男と同じだ。割り切れ。情けない奴だな。」
違う。恋愛感情を信じた訳じゃない。
ただ、今日はそういう物があっても良いんじゃないかって夢が見たいだけ。
今日だけだから。
今日だけで良いから、少しで良いから夢を見させて欲しい。
再び、耳元で誰かが囁く。
「夢?そんなものお前には似合わない。手に入らないのが夢だ。そんなもの見ても意味がないだろう?」
手に入らなくても良い。
それでも良いから・・・。
そんな会話をしていると、男は私に向かって言った。
『約束だから・・・。受け取って?でも1つお願いしても良いかな?』
「・・・お願い?どんなお願い?」
『君を好きになっても良いかな?』
何て答えたら良いのか分からなかった。
少し無言になってしまった私を見て彼は言った。
『果保ちゃんに僕を好きになれって言ってるんじゃないよ。僕が勝手に好きになるんだ。』
何だか嬉しくなって彼に抱きついてしまった。
彼は優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
そんな彼に向かって言った。
「私は果保じゃないよ。私はちひろ。間違えないでね。」
『分かったよ。もう間違えないから。』
そう言って彼は私を抱きしめる腕に力を込めた。
それからホテルを出て、彼と少し遅い昼食を食べてドライブをした。
すごく楽しくて、ドライブの間ずっと手を繋いで過ごした。
でも時間はあっという間に過ぎて、寮に帰る時間になってしまった。
寮の入り口近くまで車で送ってもらう。
到着しても名残り惜しくてなかなか車を降りられなかった。
そんな私に向かって彼は微笑んでキスをした。
『早く帰らなきゃ。寮母さんに叱られるよ?』
「は~い。。。」
あからさまに残念そうな声を出す私を呆れたように笑いながら
『また会おうよ。連絡するから今日は良い子に帰りなさい。』
と私を子供扱いする。
実際、私は子供なのだが普段子供扱いされる事が少なくて何だか嬉しかった。
「わかりましたよ~。」
そう言いながら車を降りる。
ドアを閉めると彼が窓から顔を出して言う。
『先に帰って?すぐそこって言っても女の子だから心配だし。』
そんな気遣いが嬉しくて、笑ってうなずいた。
寮の入り口まで着いたのを確認して彼は車のエンジンをかけた。
そんな彼に手を振る。
彼は窓から手だけを出して答えてくれた。
私が寮の中に入らないと彼も帰れないから、寮の中に入った。
いつもは感じたことのない満足感があった。
何だか嬉しくて、楽しくて・・・。
そんな自分に驚きつつ、滑稽だとバカにする自分も居た。