■日本の中央銀行は日銀

中央銀行というのは、政府が国の経済をうまく回すために作った銀行です。日本では、日本銀行が中央銀行です。横浜銀行や福岡銀行と日本銀行は、名前は似ていますが、全く違うものです。横浜銀行や福岡銀行は、(実態はともかく、法律上は)株主が金儲けのために作った株式会社で、トヨタ自動車やJR東日本などと同様の扱いですが、日本銀行は金儲けの事は考えずに、日本経済の事だけを考えています。

 

中央銀行は、原則として各国に一つずつあり、最も重要な役割は紙幣を印刷する事です。読者の財布の中の紙幣には、日本銀行券と記してある筈です。ただ、ドイツやフランス等のユーロ圏は、ユーロという共通の通貨を使っているので、中央銀行も合併していて、欧州中央銀行と呼ばれています。

 

余談ですが、日銀の英訳はBank of Japanです。米国にBank of Americaという銀行があり、紛らわしいのですが、これは中央銀行ではなく、横浜銀行等と同様、金儲けのための銀行です。米国の中央銀行はFRBという名前です。

 

ちなみに、日本銀行は政府が作った銀行で、政府の子会社だと考えて良いのですが、重要な事は、子会社でありながら、「日本銀行は政府から独立している」という事です。これは、日本銀行の行うことに親会社である政府は口出ししない、という事です。

 

戦争中、軍部が「戦争をするから、紙幣を刷って持ってこい」と日銀に命令しました。それで大量の紙幣が世の中に出回りました。戦争が終わってみると、世の中に大量の紙幣が出回っているのに、世の中に出回っている食料等は少ししかなかったため、「大量の紙幣を渡すから食料等を譲って欲しい」という人が大量に出現したのです。結果として、激しいインフレになりました。食料等の値段が何百倍にもなったのです。

 

その反省から、日銀は「政府に何を言われても紙幣の印刷量は自分で決める」という事にしました。親会社である政府も、それを認めているので、「日銀は独立している」と言われているのです。

 

もっとも今は、黒田日銀総裁は安倍総理とほとんど同じ考え方で、大量の紙幣を印刷していますから、独立性が守られているのか否か、外部から見てもよくわかりませんが。

 

■物々交換の不便を解消するのが紙幣(およびコイン)

紙幣の印刷というのは、極めて重要な仕事です。偽造されにくい紙幣を印刷する技術は日本が世界最高水準のようですが、そういう事以前に、お金というものが無い国を想像してみて下さい。筆者は、酒が飲みたくなった時に、「経済学を勉強したい酒屋の主人」を探し出さなければなりません(笑)。

 

では、どうやって紙幣という便利なものが出来たのかを、考えてみましょう。肉屋と魚屋と酒屋の3人だけが住む村を想像してみて下さい。肉屋は酒が好きですが魚は嫌いです。魚屋は肉が好きですが酒は嫌いです。酒屋は魚が好きですが肉は嫌いです。

 

肉屋は、酒が飲みたいので、肉を持って酒屋に行きますが、「俺は肉は嫌いだ」と言われて、肉と酒を交換してもらう事が出来ません。魚屋も同様に、好きな肉を手にいれる事が出来ません。しかし、知恵を使えば好きな肉を手にいれる事が可能なのです。

 

魚屋は、酒が嫌いなのですが、それでも酒屋に出向き、魚と酒を交換します。その酒を持って肉屋に行けば、肉が手にはいるわけです。素晴らしいアイデアですね。しかし、酒瓶は重いし、割れやすいです。そこで、魚屋はビール券を受け取る事にしたのです。これなら軽くて割れませんし、自分で酒を飲みたいわけではないので、紙切れで十分です。肉屋が喜んで受け取ってくれる事さえわかっていれば、ですが。

 

これが紙幣の本質です。自分が欲しいわけではなくても、他人が喜んで受け取ってくれる事がわかっていれば、それで良いのです。それならば、酒屋のビール券より王様の紙幣の方が安心ですね。酒屋は倒産するかも知れませんから。というわけで、王様が紙幣を印刷し、「いつでも金貨と交換する」と言ったのが最初の紙幣です。

 

そのうち王様は、「もう紙幣は金貨とは交換しない」と言い始めましたが、人々が皆「紙幣は重要だ。紙幣があればなんでも買える」と思うようになっていたので、誰も気にしませんでした。今の日本銀行券も、金貨に換えてもらえるわけではありませんが、「皆が喜んで受け取ってくれるので、自分も他人から渡された紙幣は喜んで受け取ろう」と皆が思っているわけですね。これなら筆者は、大学から紙幣で給料を受け取り、飲み屋へ行けば簡単に酒が飲める、というわけですね。

 

■日銀は政府の銀行であり、銀行の銀行である

日銀は、政府の銀行です。政府への納税や、政府からの代金支払いなどの業務を代行しています。

 

日銀は、銀行の銀行です。我々は銀行に預金口座を持っていて、相互の銀行振込などに使っていますが、銀行は日銀に口座を持っていて(準備預金と呼びます)、銀行相互の振込などを行なっているのです。

 

横浜銀行の客が福岡銀行の客に1万円振り込むとすると、横浜銀行の客が横浜銀行に1万円を渡し(預金口座の残高を1万円減らして欲しいと依頼し)、横浜銀行が日銀に「私の準備預金口座の残高を1万円減らして福岡銀行の準備預金の残高を1万円増やして欲しい」と依頼します。福岡銀行は、準備預金の残高が増えた事を確認して、受取人の預金口座に1万円入金するのです。実際にはATMで一瞬で行われている振込ですが、裏ではコンピューター同士で複雑な会話が行われているのですよ。

 

余談ですが、この振込の結果、横浜銀行のバランスシートは、顧客から預かっている預金(負債)が1万円減り、準備預金(資産)も1万円減っているので、損得無しです。福岡銀行も同様に損得無しです。手数料は別途発生しますが。

 

日銀は、銀行の銀行として、「最後の貸し手」の機能も担っています。銀行が取り付け騒ぎに遭った時、現金輸送車で駆けつけて札束を貸してくれるのです。「あの銀行は危ない」という噂が流れると、人々は預金を引き出しに銀行に殺到します。そうなると、金庫が空になり、預金引き出しに応じる事が出来なくなります。その時に札束を日銀が貸してくれれば、銀行は預金の払い出しに応じる事ができ、預金者は安心して帰宅し、銀行倒産の噂が静まるかもしれない、というわけですね。

 

■日銀が銀行に渡した資金は、世の中で何倍にも膨れる

日銀が銀行に1億円の現金を渡すとします。銀行の持っている国債を買っても良いですし、銀行に1億円貸しても良いのですが、日銀から世の中に資金が1億円出て行きます。

 

その1億円を銀行がA社に貸します。A社はそれをB社への支払い代金に使います。B社はそれを銀行に預金します。銀行はB社から預かった現金をC社に貸します。C社はそれをD社への支払い代金に使います。D社はそれを銀行に預金します。こうして、同じ現金が何度も行き来している間に、銀行の預金は何億円にも増えて行きます。

 

A社とC社にとっては借金が増えたわけですが、B社とD社にとっては、いつでも引き出して使える資金が増えているわけです。したがって、経済学では銀行預金のことを「世の中に出回っている資金」であると考えます。統計ではこれを「マネーストック」と呼びます。日銀から出て行った資金が1万円しかないのに、世の中に出回っている資金は何万円にも増えていくのです。

 

もちろん、実際には無限に増えるわけではありません。A社はB社に9千万円支払って残りの1千万円を金庫に保管するかも知れませんし、B社も受け取った9千万円の一部を金庫に保管して残りを銀行に預金するかも知れません。銀行も、B社から預かった預金の一部を金庫に保管したり日銀に預金したりして、残りをC社に貸すのが普通ですから。

 

■最も注目されるのは金融政策

日銀の役割で、最も重要なのは紙幣の印刷ですが、最も注目されるのは金融政策です。金融政策には、景気が過熱してインフレが心配な時に行う金融引締と、景気が悪い時に景気を回復させる目的で行う金融緩和があります。

 

昔は、日銀が銀行に貸出をする際の金利である「公定歩合」を上げ下げするのが金融政策でしたが、昨今では日銀が銀行から国債を購入して代金を支払う(買いオペと呼ばれます)のが金融緩和、日銀が銀行に国債を売却して代金を受け取る(売りオペと呼ばれます)のが金融引締の中心的な手段となっています。

 

通常は、売りオペをすると世の中から資金が日銀に吸い上げられるので、世の中では金を貸したい人より借りたい人の方が多くなり、金利が上がります。資金の需要が供給を上回り、資金の値段である金利が上がる、というわけです。そうなれば、「金利が高いから、借金して工場や家を建てるのはやめよう」と考える人が増えて、景気が悪くなります。そうなれば、インフレがおさまります。これが金融引締です。

 

反対に、日銀が買いオペをすれば、国債購入代金として資金が世の中に出て行きますから、世の中の金利が下がります。そうなれば、借金をして工場や家を建てる人が増え、景気が良くなる、というわけです。これが金融緩和です。

 

もっとも現在は、日銀が必死に金融緩和をしているため、世の中の金利はすでにゼロ(実際にはマイナス)になっています。したがって、日銀が買いオペを行なっても金利は下がりません。「それなら買いオペをしても景気は良くならない」と考える読者も多いでしょうが、黒田日銀総裁はそうは考えていないようです。

 

そのあたりの事は、第5章「景気のはなし」で記す予定です。

 

 

今回は、以上です。なお、本稿は厳密性よりもわかりやすさを優先していますので、細部が不正確な場合があります。事情ご賢察いただければ幸いです。

 

 

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