「日本が対外債権国なのは、企業の対外投資が活発だからだ」という学生がいました。学生なりに良く考えた意見だとは思いますが、そうでは無いので、解説しておきました。内容をご紹介します。

 

 

■家計簿で考えてみよう

私が、給料を全部使って生活しているとします。貯金はありません。でも、株が値上がりしそうだから、借金をして株を買うことにしました。この場合、私の純資産(資産マイナス負債)はゼロのままです。「私が株を買ったから私の純資産が増えた」という事では無いのです。

 

私が毎月の給料の一部を貯金する倹約家だとします。長年の努力のおかげで多額の銀行預金を持っています。その一部を引き出して株式購入代金に使ったとします。私が巨額の資産を持っているのは株式投資をしたからでしょうか?違いますね。倹約して金を貯めたからですね。

 

去年から今年にかけて、給料を10万円使い残して同額の株を買いました。私の財産が増えたのは、株を買ったからではなく、倹約して使い残したからですね。うっかりすると、去年の財産一覧と今年の財産一覧を比べて、「株を買ったから財産が増えた」などと勘違いしかねませんから、気を付けましょう。

 

■経常収支と対外純資産は日本国の家計簿

経常収支は、日本国の家計簿です。輸出は他人のために働いて金をもらうので給料と似ています。輸入は他人に働いてもらって対価を支払うので消費に似ています。経常収支の黒字は、「日本人が外国人のためにたくさん働いてたくさん対価をもらい、質素に暮らしたので金が貯まった(外国の銀行に預金したり外国の株を持ったりする事が出来た)」という事なのです。毎年質素に暮らして使い残した分を外国の銀行に貯金したりしたため、残高が非常に大きくなっている、というのが巨額の対外純資産です。

 

つまり、日本の対外純資産が巨額なのは、毎年日本人が勤勉に働いて倹約に励んだ結果なのです。日本企業が海外に工場を建てたか否かに関係ないのです。日本企業は、外国の銀行に預けてある金を引き出して海外に工場を建てたというだけの事ですから。

 

■動いている項目に注目すると思わぬ勘違いをする可能性あり

対外純資産の数字を過去と比べると、総額が増えていて、企業の対外直接投資(工場建設等)も増えています。しかし、だからと言って対外直接投資の増加が対外純資産を増加させたと考えてはいけません。「私の家計簿の資産残高が増えているとしても、それは株を買ったからではなく倹約に励んだから」というのと同じ事なのです。

 

同様の勘違いは、多くの場面で見られるので、注意が必要です。チョッとわかりにくく、間違えやすい事例を紹介しておきます。

 

輸出が100ドル、輸入が100ドルの国があります。輸入の半分の50ドルは原油です。去年から今年にかけて、1ドル100円から1ドル110円になりました。ドル高円安です。一方で、原油価格が50ドルから45ドルに値下がりしました。ドル建ての輸出金額は100ドルのままですが、貿易統計は円建てで表示されるため、輸出が10000円から11000円に増えています。輸入は100ドルから95ドルに減り、貿易統計では10000円が10450円になっています。

 

貿易黒字はゼロから550円に増えていますので、気を付けないと「輸出が増えたから貿易収支が黒字になった」と考えてしまうかも知れません。しかし実際は、原油の輸入価格が下落したので輸入が減り、貿易収支が黒字になったのです。

 

ドル高円安になった事で貿易統計でみると輸出も輸入も10%自動的に増えていますが、これは貿易収支を増やした要因でも減らした要因でもありません。貿易黒字を増やしたのは、原油価格の下落によるドル建て輸入金額の減少です。しかし、円建て輸入金額で見ると、原油の輸入金額はほぼ前年並みとなっているため、円建て統計を見ただけでは原油価格の下落が貿易収支黒字の原因である事に気づかないのです。

 

「統計は嘘をつかないが、統計使いは統計を使って嘘をつく」と言われます。気を付けたいものです。もっとも、原油価格の事例などでは、マスコミで報道をしている記者自身が誤りに気付いていない場合も少なくありません。そんな時に読者に「気を付けましょう」と言っても、言うは安く行うは難し、ですが(笑)。

 

 

P.S.

取材申し込み、原稿依頼、講演依頼等は、久留米大学広報室(https://www.kurume-u.ac.jp/soshiki/3/press.html)か、久留米大学(電話0942-43-4411、Fax 0942-43-4797)までお願い致します。