(要旨)

■マクロ経済に親しみを持とう・・・これが難題なのだが(笑)。

■経済学理論は最低限で良い・・・気が楽になったはず

■「マクロ経済について学べる教科書」は無いので、経験を積むべし

■景気について語る人は4種類。それぞれの関心事項が異なる事に要注意

■先輩たちが書いた記事を読んで、疑問点を調べよう

■取材先を選ぶ時は、声を出していない人も対象に

■悲観論を述べる人は賢く見えるので、要注意

■取材の時には、数字を聞こう

■米国の経済に興味を持とう・・・海外に強い記者は少ないから

 

(本文)

新人経済記者に「景気の見方」をアドバイスしたので、その内容を御紹介します。新人経済記者の方にはもちろん、それ以外の方にもお役に立てれば幸いです。

 

■マクロ経済に親しみを持とう・・・これが難題なのだが(笑)。

物価が上がったから生活が苦しいとか、消費税が増税になって生活が苦しいとか、株価が上がって金持ちが贅沢をしているとか、労働力不足で倒産する会社が増えているとかいった話は、手触り感がありますから、親しみやすいですよね。主婦や社長の立場で考えれば、わかり易いですから。こうした話は、ミクロ経済と呼ばれます。

 

しかし、なぜ物価が上がったのか、消費税を増税すべきなのか否か、といった話は、手触り感が得にくく、親しみが湧きにくいですよね。「総理大臣が考えれば良い事だから、私には関係ない」と言いたくなりますよね(笑)。こうした話はマクロ経済と呼ばれます。

 

ミクロ経済は木で、マクロ経済は森なので、「木を見て森を見ず」にならないように気をつけましょう、と言われます。別の見方をすれば、劇場火災の際に個々人を見ていると「非常口に向かって走れば良いのに」と思いますが、劇場支配人の視点から見ると、「皆が非常口に向かって走ったら危険だ」となるわけです。これがマクロの視点です。

 

「皆が豊かになろうとして懸命に働き、倹約に努めたら、多くの物が生産される一方で少ししか売れないので、売れ残って倒産する企業が増え、失業が増えて景気が悪くなり、皆が貧しくなる」などという事を考え始めると、苦手意識が強まってしまいますよね。

 

しかし、物は考えようです。他の記者たちも、マクロ経済を苦手にしているので、マクロ経済は少しわかっているだけでも、重宝してもらえます。「企業の決算書の見方」などは、誰でも知っているので、よほど詳しくないと重宝してもらえませんから、マクロを勉強した方が得かも知れませんよ(笑)。

 

そのためには、無理をしてでもマクロ経済に親しみを感じましょう。そして、色々な物を読んでみましょう。幸い、ネット上に景気などの話はいくらでも乗っています。まずは内閣府の月例経済報告と日銀の展望レポートを覗いて見ましょう。いきなり理解するのは無理でしょうが、親しみを持つ事が出来れば十分です。よろしければ、拙稿「景気を5分で理解したかったら、月例経済報告を覗いてみよう(http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12285895068.html)」をご覧ください。

 

■経済学理論は最低限で良い・・・気が楽になったはず

経済学理論は難解ですが、実際の経済は決して難解ではありません。人々の日常的な経済活動が寄り集まってマクロ経済になっているわけですから。「景気が良くなって人々が物を買うと、企業は増産するために失業者を雇うので、給料を受け取った元失業者が一層多くの物を買う」といった事で景気が動いていくわけです。少し慣れれば、大まかなメカニズムは理解出来るでしょう。

 

当然ですが、「経済成長率が高い時は景気が良い」といった基本的な事は、勉強しましょう。野球やサッカーのルールや基本的な作戦などを知らなければスポーツ記者にはなれないのと同じことです。

 

経済成長率とは、日本国内で作られた物(サービスを含みます。以下同様)の量が増えたスピードの事です。国内生産が増えれば、そのために企業は失業者を雇いますから、経済成長率が高い時には失業者が減り、低い時には増えると考えて良いでしょう。したがって、景気の予想屋たちは、経済成長率の予測を発表するのです。「景気」という統計があるわけではないので、「来年の景気は相当良いでしょう」と言っても聞き手にイメージしてもらえないからですね。

 

あとは、月例経済報告の「主要経済指標」のグラフを眺めてみましょう。プロたちがどんな統計を主に見ているのか、知っておかないと、取材の際に困るでしょうから。もっとも、個々の経済指標について勉強するのは大変ですし、得るものも多くないでしょう。せいぜい、米国の雇用統計と日銀短観の業況判断DI(市場関係者が最も気にしている統計)が何であるかを調べておく程度で良いでしょう。

 

■「マクロ経済について学べる教科書」は無いので、経験を積むべし

マクロ経済について学ぶとして、何を読めば良いでしょうか?マクロ経済については、様々な人が様々な事を言っているのですが、「これを読めば良い」といった教科書が無いのが実情です。

 

経済学の理論については、いくつかの学派に分かれていますが、それぞれの学派の見解はそれぞれ本にまとめられています。しかし、生きた経済の見方については、「10人に聞くと11通りの予想方法が教われる」ほどです(笑)。人によって言う事が違うので、「皆が一致する考え方」が存在しないのです。そもそも、人によっては予測した結果だけを発表して、なぜそう予測するのかを示していない場合も多いのです。そうした人に予測手法を聞いても、「長年の経験と勘による」とだけ回答されて、面食らうかも知れませんよ(笑)。

 

私としては、拙著「初心者のための経済指標の見方・読み方」の前半部分は、入門としては悪くないと思っていますが、あくまで私の考え方を書いたもので、「世の中の通説を書き記した」ものでは無いことを御理解下さい。

 

■景気について語る人は4種類。それぞれの関心事項が異なる事に要注意

景気等々について論じる人は、全員が自分の事を「エコノミスト」と呼ぶ事がありますので、紛らわしいですが、大きく4つのグループに分かれていると考えて下さい。経済学者、予想屋(筆者はここに属しています)、市場予想屋、トンデモ屋です。「10人に聞くと11通りの予想方法」と記しましたが、それは各グループの中でも人それぞれ少しずつ違う、という意味です。

 

経済学者は、理論重視で現実軽視です。経済学理論は精緻なのですが、「人々が合理的に行動するとすれば」といった仮定を置いた議論なので、現実の経済を説明することが難しいのです。100年後には素晴らしい学問になっていると期待していますが。そこで、「最近話題の経済学理論についてどう思いますか?」と聞かれても、筆者は「難しい事はわかりませんが、置いている前提が現実的では無いような気がしますね」といったコメントをする事が多いわけです。

 

新人記者にとって、経済学理論について取材をするのは辛い事でしょうが、経済学者の方も記者が理解不足である事は容易に想像できますので、結構丁寧に教えてくれる場合も多いようです。ただ、一つだけ「主流派経済学者は、失業の問題を気にしない」という事は覚えておいた方が良さそうです。

 

一般人と経済学者の相互理解が難しいのは、「一般人は失業を気にするけれども経済学者は失業を気にせず、しかもお互いに相手も自分と同じだと思っている」からなのです(笑)。これは重要なことで、一般論としても常識が異なる相手に取材する時は気をつけて下さい。と言うよりも、相手の常識が自分の常識と異なるかも知れないと常に身構えておく事が重要でしょう。

 

私の失敗例です。ドイツには、「インフレさえ防げれば、景気など気にしない」という人が少なくありません。私は、それを理解するまで、「円高って素晴らしい」と主張するドイツ人と無駄な議論を繰り返してしまいました(笑)。ちなみに、円高になると景気は悪化するけれども物価は下がります。念のため。

 

景気の予想屋は、景気そのものを予想するのが仕事です。数多くの経済指標を幅広く眺めて、景気の大きな流れを「長年の経験と勘」で見極め、予想しようとします。具体的には、現在の景気の方向を見定めて、財政金融政策で景気の方向が変わる可能性、外国の景気変動等の影響で日本の景気が方向を変える可能性、などについて予想するわけです。詳しくは拙稿「景気の予想屋は、どうやって景気を予想するのか(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9391)」をご覧下さい。

 

景気の予想屋は、最低限の経済学理論は知っていますが、「理論は経験と勘を補うもの」としか考えていません。そこで経済学者からは「勘ピューター」と呼ばれるわけですが、「理路整然と間違える人々よりはマシでしょう」と受け流します(笑)。

 

市場予想屋は、株価や為替などを論じるために景気について語る人々です。予想屋と大きく異なるのは、日米の金融政策を非常に重視する事でしょう。それは、株価や為替などが金融政策(を巡る噂や思惑)で大きく動くからです。一方、予想屋は金融政策にはそれほど関心を示しません。「金利が0.25%上がったから設備投資はやめておこう」などという会社は無いからです。

 

トンデモ屋は、「世界経済が破綻する」と言い続ける人です。根強い人気があり、マスコミ的には記事にしやすいので、取材に行く事も少なく無いと思いますが、聞いた内容は、自分でまとめて記事にしましょう。予想屋や市場予想屋にトンデモ屋の主張を示して「どう思いますか?」と聞くのはやめておいた方が良いと思いますよ(笑)。

 

このあたりの詳しい事は、拙稿「景気について語る人には4種類あり(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9276)」をご覧下さい。

 

■先輩たちが書いた記事を読んで、疑問点を調べよう

基本がわかったら、先輩たちの書いた記事を読んで、疑問に思った事を調べましょう。今はインターネットの時代ですから、調べるのは昔より格段に楽になっているはずです。はじめは疑問ばかりでしょうから、調べごとに時間をとられるでしょうが、次第に疑問点を調べる時間より記事を読む時間の方が長くなって行くはずです。

 

この際に気をつけるべき事は、珍しい事が記事になっている、という事です。「犬が人を噛んでもニュースにならないが、人が犬を噛むとニュースになる」ので、気をつけないと「犬より人の方が攻撃的な動物だ」と誤解してしまうかも知れません。マスコミは、読者がある程度の基礎知識がある事を前提に記事を流しますので、ある程度の基礎知識が身につくまでは要注意です。

 

たとえば「農作物を輸出している農家」のインタビュー記事が出ていた場合、一般読者は日本の農業は競争力が弱い事を知っているので、「そんな珍しい事もあるのだ。どんな工夫をしたのだろう」と思って読むわけです。それを「日本の農業って強いんだ」と思ってしまわないように気をつけましょう、というわけです。慣れるまでは大変ですが。

 

今ひとつ気をつけるべき事は、マスコミ情報は悲観的なものが多い、という事です。情報の受け手が悲観的な情報を好むので、発信する側も悲観的な情報を発信しがちである、というわけですね。マスコミも商売ですから、仕方ない事ですね。

 

今ひとつ、「権力と対峙するのがマスコミの使命であるから、政権に都合の悪い情報ほど優先的に報道する」という思想もマスコミ界の一部にはあるようです。政治面は明確にそうなので、経済面もおそらくはそういう事があるのでしょう。たとえば年金基金が株暴落で損すると大きなニュースになりますが、株暴騰で儲けるとニュースになりませんから(笑)。

 

この辺りについては、拙稿「マスコミの“悲観的”な情報が信用できないワケ(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7009)」をご覧下さい。

 

■取材先を選ぶ時は、声を出していない人も対象に

「困っている人は声をあげるけれど、満足している人は黙っている」という場合が少なくありません。たとえば円安で困っている輸入企業は「原材料高で困った」と大声を出します。「ボーナスは払えない。下請けは値引きして欲しい。政府には支援策を考えて欲しい」というわけです。一方で、輸出企業は黙っています。「儲かっている」というと労働組合から賃上げ要請が、下請けからは値上げ要請が、税務署からは税務調査員がやってくるからです。

 

したがって、声を出している企業だけ取材に行くと、「円安で日本経済は大変だ」といった記事を書いてしまいます。しかし、そんな筈はありません。日本は輸出入がほぼ同額ですから。

 

反対に、儲かっている人だけが声を出している場合もあります。起業して成功した実業家は、「学生諸君、サラリーマンはつまらない。起業して大金持ちになろう」と言いますが、起業して失敗して破産した人は黙っています。したがって、声を出している人だけに取材すると、記事を読んだ学生が「起業って素晴らしい。自分も起業して大金持ちになろう」と考えてしまうかも知れません。学生の起業が悪いとは言いませんが、正確な情報を得た上で判断してもらいたいと思いますし、マスコミにはその手助けをして欲しいです。

 

このあたりの事は、拙稿「真実は“黙っている人の声”にあり?(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6729)」をご覧下さい。

 

■悲観論を述べる人は賢く見えるので、要注意

「Brexitでどんな事が起きそうですか?」「トランプ大統領誕生でどんな事が起きそうですか?」と取材された時、「◯○や××などの困った事が起きるだろう」と答えれば、「様々なリスクについて予測している賢い人だ。これを記事にすれば読者が興味を持ってくれそうだ」と記者は思うでしょう。そして、100回に1回リスクが実現すると、答えた人は「○○を言い当てた予言者だ」などと賞賛され、それを記事にした記者も賞賛されるわけです。一方で、「大丈夫ですよ。大した事は起きないでしょう」と答えれば、記者は「この人は何も考えていないようだ。記事を書いても誰も読まないだろう」と考えるでしょう。

 

したがって、取材を受ける側はリスクを指摘するインセンティブを持ち、記者もそれを記事にするインセンティブを持つわけです。それでは読者にはバイアスがかかった情報しか行きませんね。まあ、会社の方針もあるでしょうから、このあたりは記者が如何に行動すべきか、私が口出しする事ではありませんが(笑)。

 

■取材の時には、数字を聞こう

スピーチでも記事でも、具体的な数字が含まれていると説得力が増しますから、数字を聞き出す事は非常に重要です。しかし、それだけではありません。言葉のイメージは人によって大きく異なりますが、数字は共通だからです。

 

為替レートが短期間に100円と110円の間を何回も往復した事があります。その時に、私は景気の現状について銀行内の会議で「為替レートが過去6ヶ月、105円プラスマイナス5円という狭い範囲で安定していたため、・・・」と発言しました。すると、為替のディーラーから「景気を見る上では上下10円は狭い範囲の動きなのだろうが、こちらは10円幅の上下を繰り返されて、激動の6ヶ月だった」と言われた事があります。

 

同じものを見ても違う評価になるわけですから、記者が取材の時に数字を聞かないと、大変なことになりかねません。「最近の為替レートはどうですか?」と取材すると、景気の予想屋は「安定してましたよ」と答え、為替のディーラーは「激動でした」と答えるでしょうから、記者の頭の中は大混乱ですね(笑)。

 

今ひとつの例は、中国の成長率についてです。「中国経済は安定しているから、不況が来ても深刻な事態には陥らないだろう」「中国経済は、近いうちに深刻な不況に苦しむ可能性がある」という議論を戦わせていた二人の中国担当者が、「では、最悪の場合の成長率はどれくらいだと考えているのか?」と上司に聞かれて、二人とも同じ数字を答えた、という例があります。「成長率が2%低下する」という予測は同じなのに、片方が「深刻な事態ではない」と考え、今一方が「深刻な事態だ」と考えていた、というわけですね。

 

■米国の経済に興味を持とう・・・海外に強い記者は少ないから

日本のマスコミは、一般に海外情報の比率が高くありません。しかし、日本の景気は海外の景気に大きく影響を受ける場合が少なくありません。内需が弱いので、輸出が落ち込むと国内の景気がすぐに悪化してしまうからです。したがって、充実した海外の情報を発信する事で、読者に大きな貢献が出来る可能性が高いのです。

 

特に重要なのは、米国の景気です。輸出相手国に占める米国のウエイトは大きくないのですが、米国の景気が悪化すると中国の対米輸出が減り、日本から中国への部品輸出も減る、といった事があるからです。今ひとつ、米国の景気が悪化すると米国の金利が下がり、ドル安円高になりやすい、という点も重要です。そのあたりの事は、拙稿「米国への輸出2割なのに、日本で注目度が最高の理由(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/9836)」をご覧下さい。

 

英語など出来なくても構いません。今は、海外の情報がいくらでも日本語で入手できる時代ですから。10年も経てば、外国人へのインタビューさえ、自動翻訳機で簡単に行なえるようになるかも知れません。重要なのは、英語より内容です。日頃から米国等のニュースに慣れ親しんでおけば、米国経済の動き方や日本への影響などについて、イメージを持つ事が出来るようになるでしょう。

 

以上、いろいろ記しましたが、とにかく慣れて下さい。多くの情報に接していると、「手触り感」が出て来ます。ミクロと違って、手触り感が出てくるまでが大変なのですが、それを乗り越えてしまえば、あとは楽しいですよ。ライバルの少ない「ブルー・オーシャン」ですから。活躍を期待しています。

 

P.S.

読者の方からコメントをいただきました。「株を買ってみると、マクロ経済の事がわかるようになる」との事です。「株を買うとマクロ経済の事がわかるようになる」は期待しすぎですが、マクロ経済について知りたくなる事は間違いないでしょう。私としては、個別株より、ETF(あるいはインデックス・ファンド)を買うことをお勧めします。勉強したくなる事が目的ですから、くれぐれも無理の無い金額の範囲内で(笑)。