(要旨)

■日銀短観は、大規模なアンケート

■市場関係者の注目度が非常に高い

■市場関係者が特に注目しているのが業況判断DI

■大企業製造業が注目されるのは、動きが早くて大きいから

■エコノミストの間では、アンケートをどの程度重視するか、人それぞれ

■エコノミストは、多くの項目を幅広く見る

 

(本文)

「日銀短観」という言葉は、聞いた事がある人が多いでしょうが、それが何であるかを知っている人は少ないでしょう。そこで今回は、日銀短観という物について、初心者向けの解説を記してみました。

 

景気に関しては、「景気そのものに興味がある場合」と「市場関係者が株や為替を予想するために景気を見る場合」で、注目すべき点が異なります。読者は、どちらの視点で景気を見るのか、それを考えながら以下をお読み下さい。

 

■日銀短観は、大規模なアンケート

景気に関する各種アンケートの中でも、日銀短観は非常に大規模です。まず、回答社数が1万超で、回答率が99%程度というだけでも驚きです。監督官庁に強いられて全員が回答した、というアンケートはありますが、監督官庁以外からのアンケート依頼に99%が回答するという事自体、素晴らしい事です。

 

質問項目も多岐にわたっていて、結果が詳しく発表されている点も、好感が持てます。これほど大規模なアンケートを3ヶ月毎に実施している日本銀行調査統計局には、頭が下がります。

 

■市場関係者の注目度が非常に高い

市場関係者は、皆が注目していない統計に自分だけ注目していても、その統計が発表された時に株価や為替レートが動かなかったら、儲けられません。そこで、皆が注目する物に自分も注目する必要があります。そうして、皆が注目するものには更に多くの人が注目するようになるのです。

 

日銀短観は、市場関係者の間で非常に注目度が高い統計です。そもそも市場関係者の間では、日銀の金融政策に対する関心が極めて高いので、その日銀が実施しているアンケート調査という事で注目されているのでしょう。

 

■市場関係者が特に注目しているのが業況判断DI

日銀短観の中でも、注目度が特に高いのが業況判断DIです。それが何故なのか、筆者にはよくわかりませんが、最初に有力な市場関係者が注目したので、他の市場関係者も注目するようになり、一度注目されるようになると更に多くの市場関係者に注目されるようになった、という事ではないでしょうか。「慣性の法則」ですね(笑)。

 

業況判断DIは、大企業、中堅企業、中小企業という規模別に、それぞれ製造業と非製造業別に集計されていますが、中でも注目度が高いのは大企業製造業です。こちらは、ある程度理由がありますが、慣性の法則の部分もあります。

 

■大企業製造業が注目されるのは、動きが早くて大きいから

製造業が日本経済に占める比率は、決して大きくありませんが、製造業の動向は注目されます。「景気動向指数」という指数を作成する際も、鉱工業生産関係の指数が数多く利用されているのです。

 

その理由の第一は、動きが大きい事です。輸出数量は大きく増減しますから輸出企業の生産は大きく増減します。設備投資も大きく増減しますから、設備投資用の機械や鉄やセメント等の生産も大きく増減します。不況になって倹約する時、新車に買い替えるのを我慢する人は多いでしょうから、自動車製造業の生産は大きく増減します。

 

一方で、非製造業は動きが大きくありません。不況でも通勤電車には乗りますし、借家には住み続けますし、自動車の修理もするでしょう。そこで、景気を見る際には非製造業より製造業を見る方が効率的なのです。

 

今ひとつ、製造業が非製造業と連動している面もあります。製造業の生産が増えると、物流が活発になりますから、運送業も忙しくなりますが、製造業だけ見ていれば景気の動きはわかるので、運送業の状況に注目する必要はない、といった事もあるようです。

 

製造業の中で大企業が注目されるのは、動きが早いからではないでしょうか。大企業の生産が増えると部品在庫が減ってくるので、下請け部品メーカーへの発注が増える、という事なので、大企業を見ている方が景気の変化を敏感に捉えやすい、という事だろうと思われます。

 

もっとも、高度成長期に比べて最近は、日本経済に占める製造業のウエイトが大きく低下しています。「ペティ=クラークの法則(経済発展にともない、労働力が第一次産業から第二次産業へ、第二次産業から第三次産業へと移っていくという法則)」に従った動きをしている事に加えて、国際分業の進展によって労働集約的な製造業の工場が海外に移転した事も影響しています。

 

そこで、製造業と並んで非製造業にも注目すべき時代が来ていると筆者は考えていますが、市場関係者の間では「慣性の法則」が働いているので、製造業が注目されているのも仕方ないですね。

 

■エコノミストの間では、アンケートをどの程度重視するか、人それぞれ

エコノミスト(市場関係者ではなく、景気の動きを予測する人々。筆者はエコノミストです)の間では、アンケート調査をどの程度重視するのか、人により考え方が大きく異なっているようです。

 

アンケートでは、「設備投資の予定」などを聞いています。もちろん予定は未定ですが、現時点での企業の予定がわかる事は、今後の設備投資を予測する上で大いに役立つでしょう。

 

アンケートは、人々の今の気持ちがわかるので、「人々が景気に強気ならば今後の消費や投資は増えるだろう」といった予測に使えるのも強みです。何と言っても「景気は気から」ですから。調査と発表とのタイムラグが経済統計よりも短くて済む、という点もアンケートの長所でしょう。

 

こうした事から、アンケート調査を比較的重視しているエコノミストも多いようです。そうしたエコノミストにとっては、日銀短観は最重要なアンケートの一つであることは疑いありません。

 

もっとも、アンケートをあまり重視しないエコノミストも少なくありません。「誰がどのように記入しているのか不明だと信頼性に欠ける」「所詮、アンケートでしょ?」といった意見もあります。実際にアンケートの結果と経済統計が食い違っている事も少なくないので、注意するに越したことは無いでしょう。

 

筆者がアンケートの限界を説明する材料としていつも用いるのが、日銀短観の「価格判断」です。仕入れ価格と販売価格が下落か上昇かを聞いているのですが、過去のいかなる時点でも「仕入れ価格の方が販売価格より上昇する(または下落しない)」という結果になっているのです。そんな筈はありません。もしもこれが真実だったら、日本企業のほとんどは倒産しているでしょうから(笑)。

 

日本人は「儲かりますか?」と聞かれると、「いやいやダメですね」と答える民族だと言われていますが、知り合いに聞かれて謙遜するわけでもない日銀のアンケートに対しても、いつもの癖が出てしまうわけですね(笑)。

 

「便利ではあるので、限界もあることを十分に認識した上で、しっかり活用しましょう」という事でしょうね。

 

■エコノミストは、多くの項目を幅広く見る

冒頭に記したように、日銀短観は数多くの質問をしています。市場関係者は一部の質問に集中的に興味を示しますが、エコノミストは多くの項目を幅広く見ます。市場が動く原因となる項目もその他の項目も、景気を動かすという点では同様に重要だからです。

 

勿論、項目による重要度の違いはありますし、時期によっても注目度は変化します。業況判断、需給・在庫判断は、そこそこ重要です。価格判断は、デフレやインフレが話題になっている時は要注目ですが、普段は見なくても良い(実際の物価統計を見れば十分)でしょう。売上や利益の予想は、そこそこ重要です。設備投資計画は、本来であれば極めて重要なのですが、過去の計画と実績の乖離が小さくないので、幅を持って見る必要があるでしょう。企業金融は、貸し渋りが話題になる時期などには注目されますが、金融が超緩和状態の時には、見ても仕方ありませんね(笑)。

 

なお、上記のようにアンケート調査には癖がありますので、過去の調査結果から癖を把握して、それを組戻しながら結果を解釈する事が必要な事は当然です。言うは易く、行なうは難し、ですが。

 

P.S.

最後に宣伝です(笑)。

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