■はじめに

 

私は、日本の財政は破綻しないと思っています。しかし、市場参加者が財政は破綻すると考えた場合、国債の相場が暴落することは充分に考えられます。その時、どのような事態に陥り、それがどのように収束するのか、頭の体操をしてみました。

 

5回の連載を予定しています。今回は、「日銀の債務超過」「財政は小康状態」に次ぐ3回めです。ご笑覧いただければ幸いです。

 

冒頭、経済初心者用の解説を載せました。一般の読者は飛ばしていただいても結構ですが、復習のために一読していただければ幸いです。

 

■経常収支は、家計簿と似ている・・・経済初心者用の解説

経常収支は、貿易収支、サービス収支、第一次所得収支、第二次所得収支の合計で、「国の家計簿」と考えて良い。家計簿の黒字は、収入の範囲内で生活が出来たことを意味するが、家計簿の赤字は収入の範囲内では生活出来ず、不足分は預金の取り崩しか借金で賄った事を意味する。経常収支も同じである。

 

経常収支が黒字であれば、輸出代金や外国からの受け取り利息などで輸入代金などが賄えている事を意味するが、赤字になると外国にある資産を取り崩すか外国から借金をして輸入代金などを支払うことになる。

 

高齢化が進むと、物を作る現役世代の人が減るので、輸出が減り、輸入が増え、経常収支は赤字になりやすい。現在の日本は経常収支が黒字であるが、将来は赤字になると予想されている。

 

今ひとつの説明は、「高齢者は収入が少ないので、家計簿が赤字で、貯金を取り崩して生活する。国民の多くが貯金を取り崩すようになると、日本国の家計簿である経常収支も赤字になり、外国に預けてある貯金を取り崩すか外国から借金をするようになる。」という説明も可能であろう。

 

経常収支が赤字になるのを防ぐためには、国内の輸出産業を育てて輸出を増やす、ドル高円安にして日本の輸出企業が外国で日本製品を売りやすくする、国内の景気を悪化させて人々が物を買わないように仕向けることで輸入を減らす、といった手段がある。

 

もっとも、輸出産業を育てるのは容易なことではないし、ドル高円安にすると諸外国から苦情が来るので、これも容易ではない。一方で景気を悪化させると国内から苦情が来るので、政治家の判断としては、これも避けたい。そうなると、経常収支の赤字化を避けるのは、容易ではないのである。

 

ちなみに日本において、財政が赤字なのに経常収支が黒字だということは、民間部門が大幅な黒字だという事である。「夫が赤字でも、妻が大幅な黒字であり、妻は夫に金を貸して、余った分を銀行に預金している夫婦なら、家計簿は黒字である」といったイメージであろう。こうした状態を、「財政赤字が国内でファイナンスされている」と呼ぶ。ファイナンスというのは資金調達のことであり、財政赤字分を外国から借りなくても国内で借りることが出来ている、という事である。

 

■経常収支が赤字転落

2029年、日本国の家計簿とも言える経常収支が、赤字寸前となった。通常の国であれば、経常収支が赤字になる事自体は大きな問題ではない。まして、日本のように巨額の対外純資産(過去の経常収支黒字分を外国の銀行等に預けてある分)を保有している国であれば、それを取り崩せば良いだけなので、特に問題は無い。そこで、何も対策は採られなかった。

 

翌2030年、経常収支がいよいよ赤字に転落した。政府や経済学者は取り立てて問題視しなかったが、金融市場はこのニュースに反応した。「日本の財政赤字が心配無いのは、赤字が国内でファイナンスされていたからだ。経常収支が赤字に転落したという事は、財政赤字が国内でファイナンス出来なくなったという事だ。外国の銀行等が日本政府に金を貸してくれなければ、日本政府は破産するかも知れない」と考えたのである。

 

市場参加者の中には、ドルを買う人、不動産や美術品を買う人などが少しずつ増えていった。万が一政府が破産したら、日本銀行券の価値が無くなるので、円をドル等に換えておこう、というわけである。ドルや不動産や美術品が少しずつ値上がりし、ドル高によって輸入物価も少しずつ値上がりするようになった。

 

市場はインフレを予想しはじめた。「ドル高が続けば輸入インフレが起きるだろう」と考えたのである。「10年以内には政府が破産して激しいインフレが来るかも知れない」と考える人も出始めた。BEI(ブレイク・イーブン・インフレ率)は、4%に近づいていた。ちなみにBEIとは、物価連動国債の価格と長期国債の利回りから逆算して求めた「市場参加者が今後10年間のインフレ率として予想している数字」の事である。

 

更にずっと不気味だったのは、長期金利がBEIを上回る幅が少しずつ拡大していた事である。長期金利がBEIを少しだけ上回るのは、「貸し手が資金が必要になるリスクを考えて、少し高めの金利でないと長期国債を買わない」という意味のリスクプレミアムであるから健全である。しかし、これを上回る部分は「日本政府が破産するかも知れないから、かなり高い金利でないと長期国債を買わない」と投資家が考え始めた事を意味しているのである。

 

こうなると、不安が広がり、不安を煽る人が登場する。「日本政府は破産しそうだから、金を買いましょう」「預金封鎖が心配だから、金庫を買いましょう」といった宣伝に、不安を募らせる高齢者が増加していったのである。

 

■長期金利の上昇が財政破たん懸念を増幅する悪循環

長期金利が上昇すると、政府の利払負担が増加するので、財政赤字が増加する。長期金利の上昇は、景気に悪影響を及ぼすので、税収を減らし、その面からも財政赤字を増加させる。そうなると、政府の破綻を懸念する投資家が増加して、長期金利が一層上昇する。悪循環である。

 

悪循環を断ち切るため、政府は長期国債の発行を減らし、短期国債を大量に発行するようになった。将来的には政府が破産するとしても、当面は大丈夫であろうから、短期国債ならば政府の信用リスク(政府が破産するかもしれないリスク)は考えなくて良いので、リスクプレミアムが不要となるからである。

 

インフレを抑制するため、日銀は金融の引き締めを検討した。しかし、金利が上昇すると、政府の利払が増えて財政赤字が拡大し、財政破綻懸念から実物投資が増加し、インフレが一層進展してしまう可能性がある。

 

そこで、増税で景気を悪化させてインフレを抑制する事となった。増税は、景気を悪化させてインフレを抑制させるのみならず、財政赤字を減らして財政破綻懸念を和らげ、通貨の信頼を回復することにも役立つ、一石二鳥の政策となったのである。

 

こうして、財政危機がインフレを加速して金利を上昇させ、一層の財政危機を招く、といった悪循環は回避されたのである。

 

■邦銀が外貨の調達に苦労

日本政府が破産するかもしれない、という噂が広まると、外銀(外国の銀行)が邦銀(日本の銀行)に金を貸したくないと考えるようになる。「貸して欲しければ、高い金利を払え」というわけである。この上乗せ分を「ジャパン・プレミアム」と呼ぶ。

 

邦銀は、国内ならば多数の支店を持ち、円の預金を大量に集めているが、海外では支店が少ないのでドルの預金を余り持っていない。そこで、海外でドルの貸出を行なう際には外銀からドルを借りることになる。その際の金利が上昇すると、逆ざや(貸出金利よりも借入金利の方が高い状態)になってしまうのである。

 

それでも、外貨が借りられる間はまだ良い。いよいよ外銀が外貨を貸してくれなくなると、邦銀が外貨の資金繰りに困ることになりかねない。それを防ぐためには、政府が保有している外貨(外貨準備)を邦銀に貸し出せば良い。

 

ここから先は、少し技術的な話になるのだが、政府内には「邦銀が倒産したら、回収不能になってしまうからダメ」という反対論もある。そこで、政府が預金保険機構にドルを貸し出し、預金保険機構が邦銀にドルを貸す、ということになった。

 

預金保険機構というのは、邦銀が倒産した時に、邦銀への預金者に対して預金を払い戻す「官営保険会社」である。邦銀が倒産した場合には、どうせ損をするのだから、預金保険機構は「邦銀が倒産したら損をするから、邦銀にはドルを融資しない」といった心配をしなくて良いのである。

 

こうして、邦銀の危機も回避された。邦銀の決算は、逆ざやによって悪化し、銀行の株価は暴落したが、日本経済への悪影響は限定的であった。

 

種々の危機は回避されたが、嫌な雰囲気は立ち込めていた。何らかの切っ掛けがあれば、すぐにでも危機に発展しそうな、そんな不気味な日々が続いていたのである。

 

P.S.

最後に宣伝です。

本シリーズの結論部分(第5回)は、拙著『経済暴論』の229ページを原作としたものです。

ご笑覧いただければ幸いです(笑)。

 

 

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