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黒田日銀総裁の「QQE(量的・質的金融緩和)」について、かつて日銀きっての論客と言われた筆者が解説した本が出ました。早川英男氏が慶應義塾出版会から出した、金融政策の「誤解」です。

難解な事象を理路整然と、かつ読みやすい文章で解説した本です。初心者向けとは言いませんが、数式はほとんど出てこないので、中級者向きと言えるでしょう。もちろん、上級者が読んでも得るところは多いと思いますが。

(内容の紹介)
■QQEは短期決戦を目指した賭けだった
リフレ派は、日本経済の長期低迷の理由はデフレによる需要不足にある、ゼロ金利下でも中央銀行が使える有効な金融政策手段は十分にある、財政赤字の問題はデフレ脱却による経済成長で大部分解決できる、と考えている。

リフレ派の理論は経済学界の主流派から相手にされていないので、黒田日銀総裁が信じていたとも思われない。しかし、QQEにより円安になる可能性に賭けてみる価値はある、と考えたのであろう。

非伝統的金融政策は、「普遍化」している。タイプ別に見ると、中央銀行が市場に供給する資金の量を増やすもの、長期金利を押し下げるもの(時間軸政策、長期国債購入の二通り)、信用緩和(社債等の購入によるリスク・プレミアム圧縮がある。

量的緩和は、理論的には効果が無いと考えられる政策であり、円安、株安になる可能性(偽薬効果)に賭けたものであるから、効果は「やってみないとわからない」のである。

緒戦は成功だったので、消費者物価上昇率が1.5%になった時点で勝利宣言を出してしまえば良かったのだが、長期戦となったために苦戦している。

マイナス金利政策は評価している。イールド・カーブを全体に押し下げる効果は明白であるし、国債大量買い入れより持続可能である。機動的に追加緩和も行える。発表が「だまし討ち」的であったこと、たまたま世界的な金融市場の動揺と重なったこと、金融機関の収益が悪化すること、などにより評判が悪いのは残念。

マネタリーベースを増やす政策は、政策波及ルートが不明確な上にマイナス金利政策と整合的でないので、やめるべき。続ければ続けるだけ、出口戦略の際の日銀の損失が拡大する。マネタリーベースの増加は日銀の通貨発行益であるという論者もいるが、超過準備の部分については通貨発行益では無い。

■出口戦略が必要となる時までに財政を再建する必要がある
デフレが終わっても低成長から抜け出せないのは、潜在成長率が0%台前半まで低下しているから。潜在成長率が下がったのは、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少が主因(生産年齢人口一人あたりの労働生産性上昇率は主要国トップクラス)。マクロ政策で潜在成長率を上げることは出来ない。

そうなると、経済成長が難しいので、財政再建は非常に困難である。社会保障費の削減が必要である。特に、医療と介護の改革が重要である。また、消費税増税を延期している余裕はない。低成長率は潜在成長率の低さに起因するのだから、景気対策で対応すべきものではないのである。

インフレ率2%は、いつかは達成され、出口戦略が必要となる。そのとき、市場が財政の維持可能性を信じていてくれるか否かが重要。信じてくれないと、長期金利が、短期金利の予想と無関係に急上昇するからである。

ギリシャと異なり日本国債が暴落していない一因は、財政赤字が国内でファイナンスされていることである。したがって、高齢化により経常収支が赤字になると、それが財政破綻の引き金となる可能性がある。

■日本企業がブラックホール化しているから消費も投資も伸びない
不幸な経験の繰り返しにより日本の企業や家計は悲観主義を身に着けた。染み付いた消極姿勢がデフレマインドとなっているため、デフレを脱却しても設備投資や個人消費が伸びないのだ。

日本企業の競争力が劣化し、生産性が鈍化している。そこで、労働組合が賃上げを要求できず、インフレ率が高まらない。背景は、企業がキャッチアップ時代の成功体験から抜け出せず、競争とイノベーションの環境変化に対応できていない事。

終身雇用の日本では、経営者も労組もリスクを避けるが、それこそが必敗の道を歩むことなのである。グローバル競争とデジタル技術の時代に、40年後も雇用を保障する事は困難なのだ。マクロ的にも、企業が投資も賃上げもせずに利益を貯めこんでブラックホール化しているので、消費も投資も伸びない。


(評者のコメント)
■偽薬効果が時間と共に減衰したという認識には概ね同意
評者は、元銀行員として、「日銀が銀行から国債を購入しても、銀行には貸出先が無いのだから日銀に準備預金するだけだ。何も起きない」と考えていました。その通りになりましたが、株とドルは値上がりしました。そこで、これを「偽薬効果」と呼んでいます。ここまでは、著者とほとんど同じ認識でいます。

意外だったのは、黒田日銀総裁がリフレ派ではない、という著者の認識です。医者が患者に小麦粉を渡して「薬だ」と言うと、患者が治るというのが偽薬効果です。評者は、黒田日銀総裁が薬だと思って小麦粉を渡していたのだと認識していましたが、著者は「小麦粉だと知っていて渡した」という理解をしているようです。たしかに、その可能性もありますね。

偽薬効果は長続きしないので、時間と共に効かなくなりつつある、だから短期決戦で打ち止める必要があったのだ、というのが筆者の認識です。基本的には合意しますが、今でも偽薬効果は少しは残っていると思います。その証拠に、日銀の追加緩和の有無が話題になり、市場がそれで動くからです。

■出口戦略が必要となる時までに財政を再建する必要がある、とは思わない
日本政府が破産するという噂が広まったら(財政の信認が失われたら)大変です。だから、できるだけ早く財政赤字を減らす必要がある、という事は当然です。しかし、評者は2つの違和感を持っています。一つは、「景気は税収という金の卵を産む鶏」なので、消費税増税を焦って景気を失速させるリスクは避けるべきだと思っています。

今ひとつは、出口と財政の信認は関係無いからです。「財政の信認が失われると長期国債が売られるはずだが、現在は日銀が長期国債を買っているから問題が起きない」というのが筆者の見解ですが、評者はそうは考えません。

明日、財政の信認が失われたとします。日銀が買っていますから、長期国債の市場は崩れないでしょうが、人々は「政府が破産するなら日銀も破産するはずだ。そうなったら日銀券は無価値になるだろう。急いで実物資産や外貨に換えておこう」と考えるでしょうから、猛烈なインフレと円安外貨高になるでしょう。したがって、出口戦略のタイミングと関係なく、財政の信認が失われてはいけないのです。

反対に、財政が再建されなくても財政の信認が維持されていれば、出口戦略は可能です。QQE以前に戻るだけですから。

細かいことですが、経常収支が赤字に転落すると財政破綻の引き金となる可能性があると筆者は言っていますが、日本は過去の蓄積(過去の経常収支黒字を海外に投資してある分。統計的には巨額の対外純資産)があるので、それを取り崩せば良いのです。対外純資産がマイナスになれば、財政破綻の引き金となる可能性は高いですが、それは相当遠い将来の話でしょう。

■日本の潜在成長率は低いから成長できない、とは思わない
少子高齢化による労働力不足が経済成長を抑制しているので、日本経済は高い成長率を達成できない、と筆者は主張していますが、評者はそうは思いません。日本企業が今まで省力化投資をして来なかったのは、安い労働力が豊富に得られたからです。

今後、労働力不足が深刻化していけば、省力化投資が活発化し、日本経済の労働生産性は上昇していくはずです。そうなれば、生産年齢人口が減っても経済は成長できるでしょう。過去のデータを見て将来を予測することは、科学的に見えますが、バックミラーを見ながら運転するようなものですから、気をつけないと危険なのです。

【参考記事】
■株価を上げた「黒田マジックの偽薬効果」が減衰(塚崎公義)
http://sharescafe.net/48963054-20160701.html
■ヘリコプター・マネーは毒でも薬でもないが、偽薬効果に期待 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/49213698-20160805.html
■ゼロ成長でも労働力不足なら、経済成長は無理なのか?(塚崎公義)
http://sharescafe.net/49037456-20160712.html
■少子高齢化による労働力不足で日本経済は黄金時代へ (塚崎公義)
http://sharescafe.net/49220219-20160809.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授





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