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ヘリコプター・マネー(ヘリマネ)が導入されるかも知れない、といった議論が盛んです。筆者は、ヘリマネはそれほど危険な物だとも思いませんが、必要とも思っていません。日銀が政府の言いなりになるか否かが重要で、日銀が自分の意思でヘリマネに協力するなら、今と何も変わらないでしょう。今回は、ヘリマネについて考えてみましょう。

■ヘリマネとは日銀がヘリから札を撒く事にあらず
ヘリコプター・マネーと聞くと、「日銀が紙幣を印刷して、ヘリコプターからバラ撒けば、拾った人が消費をするので景気が良くなる」と考える人がいるかもしれませんが、そうではありません。日銀は、「気前良く金を貸すこと」は出来ても、「誰かに金をあげること」は出来ないのです。

したがって、仮に誰かが景気回復のためにヘリコプターから金をバラ撒くとすれば、それは政府の仕事ということになるはずです。政府が国債を発行して資金を調達し、それをヘリコプターからバラ撒くわけです。

文字通りヘリコプターからバラ撒くと、大混乱が起きますから、実際にはバラ撒き政策を行なうということになるでしょう。現在の日本の財政を「バラ撒き」と呼ぶか否かは、大いに議論の余地がありそうですが、本稿では議論を単純化するため、現在の財政はバラ撒きである、という前提で話を進めることとしましょう。

これならば、日銀は関係ありません。政府が発行した国債を民間銀行等が買えば良いからです。あとは、日銀が金融政策として民間銀行等から国債を購入するか否かという事であって、政府がバラ撒きを行なう事と日銀の金融政策の間には、関係が無いのです。

ちなみに、本稿においては、「政府が発行している国債は、すべて短期国債である」との仮定を置きます。議論を単純化するためですが、詳しくは補論を御覧下さい。

■政府の資金調達に問題ないなら、日銀の関与は不要
仮に、日本政府が破産しそうだと人々が考えているとして、政府が発行する国債を誰も持ちたがらないとしましょう。「民間銀行は、本当は政府が発行する国債を買いたいとは思わないけれども、政府から買った国債を日銀に高値で売却できると思うから、政府から国債を買っている」としましょう。

それならば、「日銀が民間から国債を買ってくれたおかげで政府は国債が発行できた」ということなので、日銀が国債を買うことに意味があるでしょう。日銀が国債を買わなければ政府がヘリコプター・マネーをバラ撒きすることが出来ないのですから。しかし、現実は違います。日本国債は投資家たちに人気があり、良く売れています。

「日本政府の財政赤字は巨額なので、いつかは破産するかも知れない」と考えている人は多いようですが、実際の投資家の行動は、それとは無関係です。「投資家たちが日本政府の破産を懸念して日本国債を買いたがらない」という状態ではありません。

もし仮に銀行が「日本政府は破産しそうだから国債は持ちたくない」と考えているならば、日銀に巨額の準備預金(民間銀行の日銀に対する預金のこと)を置いておくはずがありません。政府が破産するなら、日銀も破産するはずだからです。

加えて、一般投資家も、「日本政府は破産しそうだから国債は持ちたくない」と思っているのであれば、日本銀行券を有り難がって持っているはずはありません。直ちにドルに換えるか、土地などの実物資産に換えるでしょう。

つまり、銀行が巨額の準備預金を持っていて、ドルや土地などが急騰していない、という事から逆に考えれば、仮に日銀が買わなくても投資家たちが喜んで政府発行の国債を買うはずなのです。日銀が国債を買う必要など無いのです。

政府も、「日銀に助けてもらっている」「日銀のおかげで放漫財政が維持できている」とは思っていないでしょう。

■本稿はヘリマネを「ゼロ金利永久国債の日銀引き受け」と定義
ヘリマネという言葉は、人によって使い方が異なるようですので、以下では、ヘリマネを「政府がゼロ金利の永久国債を発行して、日銀がそれを引き受ける事」と定義して議論を進めます。

論者のなかには、「日銀が政府の言いなりになって国債を無理矢理引き受けさせられる結果、財政規律が失われて超インフレになる」ことをヘリマネと考えている人も少なくないようですが、本稿では日銀が自発的に政府に協力するケースを想定して議論を進めることにします。

■ゼロ金利永久国債でも政府は楽にならず
学者が理論で考えると、「政府の借金は、いつか増税で返済する必要がある。それを知っている納税者は、将来の増税に備えて貯蓄するため、消費が伸びない。そこで、将来の増税を不要にしてしまえば、人々が将来の増税を心配しなくなり、消費が伸びるはず」だそうです。

理屈はそうかも知れませんが、「将来の増税を気にして貯蓄に励んでいる」のは、経済学者だけかも知れませんよ(笑)。しかも、人間はそれほど合理的に行動しない、という「行動経済学」という学問分野が登場しているくらいですから、経済学者にも色々いるようです。

今ひとつ、政府がゼロ金利の永久国債を日銀に引き受けてもらったとして、それで将来の増税の可能性が消えるかといえば、そんな事はありません。

日銀は、利益を政府に納めています。納付金という名前です。日銀がゼロ金利の永久国債を持っていると、将来にわたって日銀の利益がその分だけ圧縮されますから、納付金が減ります。資産である永久国債は金利を産まない一方で、インフレになると、負債である準備預金(超過準備分)に金利を支払う必要が出て来るからです。金利を払わないと、準備預金が大量に引き出されて一層インフレが進んでしまうからです。

政府としては、「ヘリマネのおかげで、借金の返済額は減ったが、収入も減ったので、事態は改善しなかった」ということになりかねないのです。ヘリマネの金額が大きい場合などには、納付金が払えないだけではなく、日銀が赤字続きとなり、倒産が噂されるようになるかも知れません。

あるいは、「永遠に償還されないゼロ金利国債は不良債権だから、それを考えると日銀は実質債務超過だ」と考える人が増えるかもしれません。そうなると、通貨の信用が落ちる可能性も出て来ます。「日銀が倒産しそうだから日本銀行券は持ちたくない。すぐに外貨や実物資産に換えよう」という人が増えてしまったら大変です。

それを防ぐためには、政府が日銀に増資をさせて、それを引き受けるしかないでしょう。そうなれば、「日銀が国債を持ち、政府が日銀株を持つ」という「持ち合い」状態となります。政府が日銀株を買うために増税するようなことになれば、何のためのヘリマネか、わからなくなってしまいますね。

結局、政府は日銀を見殺しには出来ないので、政府と日銀は連結決算で見なければいけないのです。日銀の独立性が大事だというのは、金融政策の決定に関するものであって、財務の独立性のことではないのです。

なお、実際には政府や日銀が倒産することはありません。最後の最後には、政府は日銀に紙幣を印刷させて国債を償還させるでしょうし、日銀も自分で紙幣を刷れば良いので倒産はしないのです。しかし、日銀が紙幣を大量に印刷すれば超インフレになるので、国債や紙幣の保有者にとっては、政府や日銀が破産したのと同じくらいの被害を被ることになります。上で政府の破産、日銀の破産等と記したのは、こうした事態を含むと考えて下さい。

■株高、ドル高の「偽薬効果」には期待
株式市場は「美人投票」の世界なので、「ヘリマネだと株高」だと皆が思えば、株高になります。為替市場も同様ですから、「ヘリマネだとドル高」だと皆が思えば、ドル高になります。理屈はどうでも良いのです。皆がそう思うことが大切なのです。その意味では、アベノミクス当初に黒田日銀総裁による大胆な金融緩和がドル高株高を招いたのと同じことです。

思えばアベノミクス初期、「金融緩和をすれば世の中に資金が出回るので株高になる」と信じた人々(筆者は黒田教信者と呼んでいます)が株を買ったので、株価が上がりました。実際には金融緩和でも世の中に資金は出回らなかったのですが、そんな事はどうでも良かったのです。結局は、(筆者を含めて)黒田教信者でない人々も「黒田教信者が買い注文を出しているから、株価は上がるだろう。自分も買おう」と考えて買ったので、買い一色となり株価が高騰したのでした。

今回も、仮にヘリマネが採用されれば、同じ事が起きるでしょう。ヘリマネ自体が特に素晴らしいもので無くても、市場参加者が「これは金融緩和だから株高要因だ」と信じれば良いのですから。市場が信じるか否かは、やってみなければわかりませんが、信じる可能性は大きいように思います。

毒でも薬でもない小麦粉を患者に与えて「良い薬だ」と言うと、病が治る場合があるそうです。「偽薬効果」と呼びます。アベノミクス当初の株高ドル高がそうであったように、二度目の偽薬効果に期待しましょう。

■超インフレになるとしても、ヘリマネが原因ではない
ヘリマネは超インフレを招くからダメだ、という人も多いようですが、問題は「ヘリマネを採用するか否か」ではなく、「将来、インフレになった時に、金融を引き締めるか否か」なのです。

ヘリマネを採用したとしても、将来のインフレ時に日銀がしっかりと金融を引き締めれば、超インフレは防げます。ヘリマネを採用しなかったとしても、現在すでに巨額のマネタリーベースが供給されているわけですから、インフレになった時に日銀の引き締めが不十分ならば、超インフレになってしまうでしょう。

重要なのは、日銀が独立性を維持するか否か、言い換えると政府からの要求を断る自由を維持するか否か、ということでしょう。「インフレが心配なのに、政府から国債の引き受けを要求されて、断れない」という事ならば、それはヘリマネであろうと無かろうと、財政規律の喪失であり、超インフレを招くものとして大問題です。

「人々が政府の破産を懸念して国債を買いたがらないので、日銀に買わせる」ということになると、人々が日銀券も信じなくなるので、更に深刻な問題になります。

しかし、それはヘリマネの可否とは別次元の話だと思います。日銀が自発的に政府に協力してヘリマネを供給するのであれば、それ自体は「人畜無害」でしょう。

日銀が政府の言いなりになる事をヘリマネと呼ぶのであれば話は別ですが、上記のように、本稿はそうした定義をしていません。「超インフレになったとしても、日銀を言いなりにさせて、バラ撒き政策を実行しよう」「むしろ積極的に超インフレを招き、借金を帳消しにしよう」などと考える政府を日本国民が選ぶ筈がありませんから。

(補論)
■本稿では単純化のため、政府発行の国債は短期債だと考える
実際には、政府は大量の長期国債を発行していて、それを投資家や日銀が持っているわけですが、それによって「日銀が国債を買うと長期金利が下がる」「将来インフレになって長期金利が上がると長期国債を持っている日銀が損をする」等々の議論が複雑になります。

しかし、こうした議論は、ヘリマネとは関係のない問題です。現在すでに日銀が大量の長期国債を持っているわけですから、ヘリマネとは関係なく議論されるべき問題なのです。そこで、本稿では単純化した、というわけです。

かなり乱暴ですが、筆者なりの大枠での認識を、以下にお示ししておきましょう。

長期債の場合、日銀の買い入れにより長期金利が下がることで「政府の利払いが減った分」と「日銀の金利収入が減った分」が発生しますが、「政府と日銀の連結決算で見ればプラスマイナス0(民間保有分については政府の利払い減だけプラス)」です。

「将来インフレが来て長期金利が上がると日銀保有の長期国債が暴落する」と心配する人がいますが、その分は「インフレが来ても政府が低金利で借金していられるのは、低金利時代に発行した国債を日銀が買ってくれたからだ」と考えるわけです。

そう考えれば、「もともと政府が短期債を発行していた」場合と大きな違いはないので、この単純化は、特に問題ではないでしょう。


【参考記事】
■日銀が債務超過になりそうだが、それが何か問題ですか?(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/49066392-20160715.html
■株価を上げた「黒田マジックの偽薬効果」が減衰 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48963054-20160701.html
■金融緩和で物価を上げるのは無理なのか? (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48919755-20160624.html
■アベノミクス景気は謎だらけ(塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48918008-20160624.html
■危機時に円が買われる真因は、過去の経常収支黒字 (塚崎公義 大学教授)
http://sharescafe.net/48952109-20160629.html

塚崎公義 久留米大学商学部教授


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