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黒田日銀総裁は、就任に際し、2年で2%のインフレを達成すると宣言しましたが、達成時期は大幅に後ろ倒しされていて、未だに見通しが立っていません。そこで今回は、2年で2%が達成できると考えた根拠と、それが誤りであった事について記していきます。

最初に、経済初心者向けの解説を記しますので、一般の方は飛ばしてお読みいただいても結構ですし、復習のために一読していただいても勿論結構です。

■日銀総裁は消費者物価指数を上げたいの?・・・経済初心者向け
消費者物価指数というのは、私たちが消費している様々な物やサービスの値段が全体としてどれくらい上がっているのか下がっているのか、調べた統計です。消費者物価指数の上昇率をインフレ率と呼びます。つまり、インフレ率を上げたいという事は、物やサービスの値段を上げたいということです。それは困る、と思った人も多いでしょう。では、なぜ黒田日銀総裁は物価を上げたいと思っているのでしょうか。

それは、インフレの反対すなわちデフレになると、景気が悪くなって失業が増えてしまうからなのです。物価が毎年上がっている国では、もしも金利がゼロならば、借金をしてでも来年買う予定の物を買う人が大勢いるので、物がよく売れて、景気が良くなります。

一方で、物価が毎年下がっている国では、金利がゼロだとしても、借金をせずに来年まで待った方が得ですから、物を買う人が少なく、景気が良くなりません。金利から物価上昇率を差し引いた値を「実質金利」と呼びますが、物価が下がる国では実質金利が高くなるので、物が売れないのです。

なお、現在日銀はマイナス金利を導入していますが、これは異例のことですから、通常は金利はゼロより下がらないと考えておいて良いでしょう。

他にも、物価が下がると、既に借金をして設備投資をしてしまった会社が、製品が安くしか売れず、一方で銀行はデフレでも借金は減らしてくれず、倒産に追い込まれる場合もあるでしょう。

■物価が下がるのは困るとして、ゼロじゃダメなの?・・・経済初心者向け
日銀は、物価を下げるのは得意です。物価を下げようと思ったら、金利を高くして景気を悪くすれば良いからです。景気が悪くなれば、買い注文が減るので物の値段は下がります。一方で、物価を上げるのは日銀にとって難しいのです。物価が下がっている時は人々が買い物をしないので、景気がよくならず、物価も上がらないのです。

日銀は、インフレの目標どおりに物価を調節できるわけではありません。どれくらい景気を上げるとどれくらい景気が悪くなって物価がどれくらい下がるかを正確に予想することは無理だからです。

従って、目標を定める時には、目標から外れる可能性も考えておく必要があります。日銀がインフレ目標を2%に定めたとして、結果としてインフレ率は0%から4%の間になるとしましょう。特に大きな問題は起きません。

しかし、日銀がインフレの目標を0%に置いたとしましょう。インフレ率が2%になれば、これをゼロにする事は難しくありませんが、インフレ率がマイナス2%になってしまった場合には、これを目標の0%に戻すのは大変なのです。

そうした事を総合的に考えて、黒田日銀総裁はインフレ率を2%にする、という目標を立てたわけです。消費者にとっては迷惑な話ですが、日本経済が元気にならないと、消費者の収入も増えませんから、仕方ないですね。

■日銀の金融緩和って何ですか?・・・経済初心者向け
かつて、日銀の金融緩和というのは、安い金利で銀行に資金を貸し出すことでした。しかし、今では大量の資金を銀行に渡すことを言います。具体的には、銀行が持っている国債(日本政府の発行した借用証書)を日銀が買い取って、代金として札束を銀行に渡すことで、世の中にお金を出回らせようとするわけです。これを買いオペ(国債を買うオペレーション)と呼びます。

世の中に大量のお金が出回れば、高い金利でお金を借りたいという人がいなくなりますから、金利は下がります。金利は貸したい人と借りたい人の数(厳密には金額)が等しくなるように決まるからです。

もっとも、黒田日銀総裁が就任する前から日銀は大量の資金を買いオペで供給していたため、金利はゼロでした。したがって、黒田日銀総裁が大胆な金融緩和(前任者を遥かに上回る巨額の買いオペを行なうこと)を行なっても、銀行同士の貸し借りの金利(市場金利と呼びます)は下がりませんでした。

「金利は下がらなくても、世の中に大量の資金が出ていくことに意味がある」と考えていたのが、黒田日銀総裁でした。同様の考え方をする人々は、「リフレ派」と呼ばれています。

一方で、金利がゼロの時に大量の買いオペを行なっても、あまり効果は無いだろう、という人も(筆者を含めて)数多くいました。この論争は、非常に興味深い結果に終わったのですが、その話はまた後日。

■黒田日銀総裁が考えていたこと
黒田日銀総裁は、「大胆な金融緩和をすれば世の中にお金が出回って、物の値段が上がるだろう」と考えていました。こうした考え方をする人を「リフレ派」と呼びます。

世の中では、多くあるものは重宝されず、少ないものが大切にされます。水よりダイヤモンドが価値があるのは、少ししかないからです。そうだとすると、世の中に出回っているお金の量と物の量の比率を変えれば物価が変わるはずです。

世の中に出回る物の量が変わらずに、大量のお金が出回ったら、人々はお金より物を大切に思うでしょう。つまり、多くのお金を出しても物を買いたいと思うでしょう。こうして物価が上がっていく、というのがリフレ派の基本的な考え方です。

そこまでは良いのですが、問題は世の中にどうやってお金を出回らせるか、ということです。

■現金は銀行から日銀に戻ってしまった
日銀は大胆な金融緩和によって、日銀から銀行に現金を移しました。兎にも角にも現金が日銀から外に出て行ったのです。リフレ派はこれを、「世の中に大量の資金が出回った」と考えました。日銀から出て行った資金の額を「マネタリーベース」と呼びますが、これが急増したのです。

リフレ派は、「銀行は受け取った現金を貸出に用いるはずだから、銀行から更に外へ資金が流れていくだろう」と考えていました。銀行から更に外へ流れていった資金の額を「マネーストック」と呼びますが、これも増えると考えていたわけです。

しかし、そうはなりませんでした。銀行は、日銀から受け取った現金をそっくり日銀に送り返し、日銀に対して預金(銀行が日銀に預金している口座のことを準備預金と呼びます)してしまったのです。それは、資金需要が無かった(銀行から借りたいという客がいなかった)からです。銀行が貸したくない赤字会社は借りに来ましたが、銀行が貸したい黒字会社は借りに来なかったのです。

銀行の外に資金が出て行かなかったため、世の中に出回っていっる物の量と資金の量の比率も変化せず、従って物価も上がりませんでした。黒田日銀総裁の予想は、こうして外れたのです。

じつは、黒田日銀総裁が考えていたのとは別のルートで物価が上がり始めています。景気が回復し、賃金も上がり始めたからです。景気がよくなれば物価も上がりますが、それには時間がかかります。そこで、2年以内にインフレ率2%という目標のタイミングには間に合わなかった、というわけです。

このまま景気回復が続けば、いつかはインフレ率が2%に達するでしょう。そうなれば、「金融緩和による景気回復が物価を上昇させた」という事になるでしょう。金融緩和で物価を押し上げるのは、無理なのではなく、長い時間を要することなのです。

■銀行員の経験と勘が経済学者に勝った
じつは、筆者には黒田日銀総裁の予想が外れることがわかっていました。筆者は元銀行員ですから、「日銀が追加で金融緩和をしても、銀行の貸出は増えないだろう」と容易に予想できたのです。これは別に筆者が偉いわけではなく、多くの銀行員が同じことを考えていたわけです。

黒田日銀総裁が就任する前から市場金利(銀行間で貸し借りする際の金利)はゼロでした。それなのに、銀行の貸出は伸びていませんでした。それは、資金需要が無かったからに違いありません。

そもそも、黒田日銀総裁が就任される前、銀行は大量の国債を保有していました。あんな金利の低いものを喜んで持っていた銀行などありません。借り手が見つからないから、仕方なく持っていただけです。それが現金に置き換わったからと言って、急に貸出が増えるはずがありません。

というわけで、なんと銀行員の「勘ピューター」が「経済学理論」に勝ってしまいました。もっとも、こうした事は珍しいことではありません。経済は複雑すぎるので、経済学理論だけでは充分に説明できないのです。

100年後くらいには、経済学が進歩して世の中の出来事を説明したり予測したりできるようになると期待していますが、当分の間は筆者等の「勘ピューター」が活躍する余地がありそうですね。


【参考記事】
■アリとキリギリスで読み解く日本経済 (塚崎公義)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12156174510.html
■経済情報の捉え方 (塚崎公義)
http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12149245775.html
■株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48862643-20160617.html
■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義)
http://sharescafe.net/48894942-20160622.html



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