前回、GDPの増加率から物価上昇率を差し引いた値を実質経済成長率と呼ぶ、と記しました。では、なぜ実質経済成長率が注目されるのでしょうか?それは、経済成長率の高さが景気の良さを表すからです 。

GDPが2倍になったとしても、物価も2倍になっていたら、自動車等の生産量は不変で、自動車工場等に雇われる人数も不変ですから、景気には特段の影響は与えません。しかし、物価が一定でGDPが二倍になったとしたら、自動車等の生産量が2倍になり、雇われる人も大幅に増加するので失業が減り、景気が良くなるはずです。したがって、景気を考える上で圧倒的に重要なのは実質経済成長率だということになります。そこで、単に「経済成長率」という場合には、実質経済成長率を指す場合が多いのです。本稿でも、経済成長率とは実質経済成長率のことを指すこととします。

経済成長率が高いと、企業が多くの労働者を雇うので景気が良くなります。一方で、経済成長率がマイナスだと、企業が生産を減らして雇用を減らすので失業が増え、景気が悪くなります。したがって、景気の予測は経済成長率の予測である、と言っても過言ではありません。

では、「ゼロ成長だから不景気だ」と言われるのは何故でしょうか?成長率がゼロということは、前年と同じ量の物が作られ、使われるという事ですから、人々の生活水準が落ちるわけではないのに、なぜ困ったことだと言われるのでしょうか。その答は、技術進歩にあります。

技術が進歩すると、従来よりも少ない人数で同じ量が作れるようになります。したがって、日本経済全体の生産量が前年並みということは、生産に携わる人間が前年より少なくて済むということになり、その分だけ失業者が増えるということになるわけです。だから困ったことなのです。

ちなみに技術進歩というのは、新しい発明発見のことではなく、国内で使われている技術のことです。日本の農家は既にトラクターを所有しているので、最新式のトラクターに買い替えたとしても一人当たり生産量の伸びは小さいですが、中国の奥地では人力で畑を耕しているので、トラクターが導入されると一人当たり生産量が飛躍的に増えます。したがって、日本ではわずかな経済成長でも失業が増えないのに、中国では7%程度の成長がないと失業が増えると言われています。こうした成長率のことを「潜在成長率」と呼んでいます。日本でも、高度成長期には潜在成長率が今の中国並みに高かったのです 。

ここからは、少し難しくなりますが、潜在成長率について考えてみましょう。論者により若干の幅はありますが、大雑把に言えば、今の日本は、潜在成長率が0.5%程度と言われています。そうだとすると、少しでも景気が回復して成長率が高まると、すぐに労働力不足に陥り、成長が制約されることになりかねません。アベノミクスの成長戦略は、そうした事態を避けるための方策なのです。たとえば保育園を作れば、子育て中の女性が働きに出ることが出来るので、労働力不足が緩和され、経済が成長出来る、というわけです。

ただ、日本の潜在成長率が本当にそこまで低いのかは、疑問です。潜在成長率は過去の設備投資などに影響され、過去の設備投資などは過去の景気に影響されているからです。これまでの日本は、労働力が余っていて、いつでも安く人が雇えたので、省力化投資を行なう企業がほとんどありませんでした。したがって、少しでも経済が成長すれば失業率は上がらずに済んだのです。極端を言えば「技術進歩しない国」だったので、ゼロ成長でも構わなかったわけです。

今後景気が良くなれば、日本企業は積極的に省力化投資を進めるようになるでしょう。そうなれば、日本経済が今と同じ労働力で今よりも多くのものを生産できるようになるでしょう。そうなれば、「技術進歩する国」になるので、ゼロ成長では困ります。かなり経済が成長しないと失業が増えてしまうようになるでしょう。このように、景気が良くなれば潜在成長率が上がるのです。

失業が問題の経済においては、潜在成長率が高くなるということは、失業問題が深刻化しかねないため、困ったことなのですが、労働力不足の経済に於いては、潜在成長率が高くなるということは、高い成長率でも労働力不足が深刻化しないので、良いことなのです。

労働力不足になれば企業が省力化に励むので潜在成長率が高くなる、失業が深刻化すれば企業が省力化を怠るようになるので潜在成長率が低くなる、というわけです。どちらに転んでも、それほどヒドい事にはならない、というわけです。まるで、自動安定化装置のようですね。

P.S.
本稿の前半は、TIWへの寄稿文(http://www.tiw.jp/investment/analyst_column/gdp/)を加筆修正したものです。

社会・経済ニュース ブログランキングへ