令和8年2日
先日、2月10日に亡くなりました
悪性リンパ腫の抗がん治療中でしたが直接の死因は間質性肺炎でした。
2月2日、病棟の呼吸器内科担当医から電話。
「これまでの経過報告とこれからの治療について」の話があるか今日中に来院してほしいと。そのなかで最悪2〜3日の余命またはモルヒネ開始と聞かされる。
姉からの伝言で在宅看護を希望の旨を伝えるも、現在動かせる状況ではないと断わられる。
4人部屋から個室へ移動。
特例で私と姉だけ30分だけの面会が許された(血液内科は基本全室面会禁止)
2月3日〜4日
連日面会に訪れる。
鼻だけの酸素が全面マスクの酸素になって、最大15リットルの酸素量になる。
2月5日、前回のブログと重なりますけど昼前に呼吸器内科担当医から電話あり
「在宅看護にするならば今日、明日になればモルヒネ始まるから。お昼までに返事もらえたら段取り組ます」と。
無理な状況で在宅看護へしてくださった理由は介護ベッドはある、看護師の姉が責任持って診ることと(もちろん訪問看護と医療も入ってもらってます)訪問看護の担当看護師の方が以前母からの聞き取りで最後は
「自宅がよい」と聞いており
病院側と交渉してくれたらしいです。
5日午後、介護タクシーにて自宅に移動。
同時にモルヒネ開始。
2月6日、孫や母の妹弟また仲良しのご近所の方と会える
無理して食欲あるとこを見せたりして⋯。
夜より呼吸が荒くなり苦しくなる。
モルヒネを強くし座薬を入れる。
2月7日〜9日
日に日に呼吸が弱くなる。
もう意識はない、静かに眠っているよう。
「声は聞こえてますから」声かけをしてあげて下さいと。
曾孫たちがベッド周りで大騒ぎ、婆様「うるさい!」と起き上がりそうです(まさかね)
2月10日
朝九時、母お気に入りの訪問看護さんが来られる。
まだ弱いが少し呼吸はある。
訪問看護さんが帰られた所⋯安心したのか、子、孫に看取られながら呼吸が止まる。
以上⋯備忘録として時系列で書いてみたけど、5日の日より物事があり過ぎてまだ頭がまとまってません。
ただ今だに悲しく、母の歯ブラシや病室で書いたであろうメモ用紙(病棟でお世話になった医師、看護師さん寝具さん清掃さん食堂さんへのお礼等々)など見るたび涙の毎日。
また詳しブログします。