幼なじみのヒデユキが故郷の島から電話をしてきた。
「どがいしよる?コロナで店は平気なんか?」懐かしい方言から話は始まって互いの近況から昔話へ。終わり頃「なんぞ欲しいもんあったら送っちゃるけんあるか?」と言うので「島の湯がいた芝海老が食べたい。」と言うと「今はほとんど捕れんわい車海老ならあらい(ある)。」「じゃぁ殻付きのシャコ(蝦蛄)は?」「シャコも捕れん、今は北海道から送ってもろたりして結構値段するんぞ。」彼は島で寿司屋を営んでいる。
「ほなまぁなんか送っちゃるけん何日か待ちょれ。」
数日後クール宅急便が届いた。発泡スチロールの箱の蓋を開けるとそこには殻付きのまま湯がいた車海老とシャコそれと亀の手、それぞれが沢山入っていた。
海老とシャコは一度湯がいてから冷ました後、冷凍してから発泡スチロールの箱に保冷剤と一緒に詰め込んで送ってくる。これと同じ方法で我が母が生前、港で新鮮な芝海老やシャコが揚がると次男坊の顔を思い出して荷造りして送ってくれた。それを自然解凍して殻を剥きながらいただく。ビールと交互にね。なぜ殻付きかと言うと殻と身の間に旨味の汁があって、殻を剥きその汁を吸いながらむしゃぶり食べる。これがが最高の味わい方だと僕は思う。その旨味汁に涙の塩分が加わることもある。このトッピングがまた格別。
むしゃぶり食べながら僕の思いは生まれた島へと飛ぶ。船が岬を周り込む。港が見えて来る。やがて桟橋に着き故郷の島に十数年ぶりに足を下ろす。すぐにでも島のどこかを手で触りたくなる。実家までは凡そ1キロ。湾沿いに歩きながら故郷に戻って来た思いが胸に込み上げてきて涙しながら歩く。島の神社の前で手を合わせ帰省を報告。小さな商店街を抜けて実家の50メートル程手前で止まり、気持ちを整え深呼吸。心は既に内側にある実家の玄関のドアを開ける。
「 ただいまー 」と言って入ると声に気づいた母が出て来て「 ようもんたねー(よく帰って来たね)」「 早よ上がんなさい。父ちゃんも待ちよるけん。先に仏さんにお線香あげての。」
仏壇と炬燵とブラウン管テレビのある部屋に入って「 だだいま 」と言うと炬燵のテーブルの奥で「 おーもんたんか、ご苦労さんじゃったの 」懐かしい声だ。部屋の隅に荷物を置いて仏壇のご先祖さまに手を合わせ東京土産をお供えする。父の向かい側に座ると炬燵のテーブルの上には島の湯がいた芝海老とシャコが山のように皿に盛ってある…
ヒデくんご馳走さま。充分島に帰った気分に浸れたわい。島の思い出の詰まった荷物は毎回これが最後じゃと思いながら頂く。ほんまにありがとうのう。そのうち東京からなんぞ送るけん待ょっての。
『 涙目で 蝦蛄をむしゃぶる 里便り 』
クール宅急便で届いた車海老、シャコ、亀の手
伯方島の最高峰
2020.4.7
ついに東京をはじめ日本の主要都市に新コロナウイルスの感染拡大に伴い緊急事態宣言が出された。
自粛要請の時と同じく不要不急の外出禁止に加えて夜の飲食店への休業要請が出た。これによって僕の仕事も約1カ月休業となる。
自粛要請が続いていたせいか緊急事態宣言が出ても買いだめの混乱はなく街は静かに感じた。今日は銀行に行かなければならなかったので気持ちを切り替えて、行く途中の春日通り中大理工前の歩道にある植え込みの大手毬を覗く。花芽が大きく膨らんでいた。これは嬉しかった。去年は咲かなかったから今年は気になってしょうがなかったからね。
不要不急の外出じゃなく生活のための外出でちょっとでも歩いて草花を見て癒されることはとても大事なことだよね。もちろん階段上って帰宅してすぐ手洗いは欠かせない。
時間がたっぷり出来たので我が音楽ユニット「REGO」のメンバーDr.Ayabeが僕のあるお祝いのために作曲してくれた曲に詞をつける作業に取り掛かった。自分の記念でもあるからなんとか良い歌詞をひねり出したいと思う。












