何年か前に何回も言われていた事があります。

それは、胸部レントゲンで出ていた肺の黒い影。   それまでにも何回か言われていましたが職場の健康管理部の人から精密検査を受ける様に言われていながら検査には行っていませんでした。

今の職場での健康診断でも三回胸部レントゲン検査を受けましたが何も異常無しとの事。
レントゲンフイルムも見ましたが影が出ていません。

肺にあった影が消えています。(笑)

色々と有名人の亡くなられる記事を目にしますね。
悲しいですよね。病気、自然死、たまに自殺なんかも有りましたよね。

悲しくなります。

でも一番人としてやっては行けない事。
それはなんと言っても殺人ですよね。ニュースで殺人事件が日本でも増えて来たのではないでしょうか?

人が人の命を奪う。悲しいです。哀し過ぎます。

でもこれは因果応報かも知れないです。

全然知らない同士の事件ですが、殺した側はその昔にその相手を殺したから現世で仕返しされたとも考えられなくもないです。
なぜ今この現世だったのか、それこそ巡り合わせですよね。たまたま今この現世で殺された人と殺した人が偶然に出会ってしまった結果が殺人事件を起こしてしまったんです。

つまりは、人が死んだらそれで終わりと良く言いますが本当は終わってないんです。

他にも書き込みましたが「自殺」も自分が死んでしまって終わる事は無いと信じます。実際に自分は自殺した人の苦しい悲鳴や思い=残念、それこそ強い思い・恨まの念がこの世に残ってしまうんですね。

なので自分から命を絶っても決して楽になる事も無いですし、親や身内まで巻き込んで苦しめますよ。
殺人は最悪の場合続くでしょうね、誰かが過去を先祖をちゃんと供養してあげたなら、そこで初めて終わるでしょうね。

次は「自殺」

を考えたいと思います。
死を覚悟するなんて事は自分には無理です。自分の命を消すなんて出来ません。

苛めてからの自殺なら相談出来る人が身近に居ると思います。病気から逃げる為に自ら命を絶つ人も同じです、きっと相談出来る人は近くに必ず居ます。なので自殺は辞めましょう。

また自分なんて居ても居なくても変わらないと思ってる人も同じです。
きっと誰かの役に立っています。また、貴方が居てくれる事を誰より待って居てくれてる人が必ず居ます。生きて居るより死んで楽になると思ったら大きな間違い。

自殺して死んでも楽は無いです。自殺したら無限の世界、無限の宇宙を永遠にさまよう事になりますよ。暗黒の光の無い霊界をね。そうなったら二度と人間の世界には戻れますん。

苦しいのは一時、宇宙から見たらほんの僅かな時間です。死を乗り越えたなら死ぬまで嫌、子々孫々にまで光れるんです。

責めて自分から命を絶つのだけは一息置いて考えてみましょ?
良き相談相手は必ず身近に居ます❗

また何か気になったら書き出します。

では、合掌➰

叔父に見たオーブは初めは手だけでしたが、叔父が亡くなる少し前には叔父が見えなくなる程のオーブに囲まれて見えました。
あそこまでオーブに囲まれたのは見た事がありませんでした。

前にも書いた様にオーブの中には人の顔、顔。まるで一人一人の履歴を見るみたいに何個かのオーブの中に見えました。

どれ程の人を供養してきたかが見てとれました。

そして叔父の最期はその人達の元に呼ばれて行ったのでしょう。

大体亡くなったら半年から一年は身内の居る場所に居るのですが叔父は全然身内の所には来て居なかったみたいです。

叔父は亡くなってからも修験装束で色々と自由気儘に行っていたんでしょう。

たまに困った事が出来て叔父が居たらなって思ったら目の前に修験装束で来てました(汗)

またたまに叱られる事もありました。

まあ、信じる信じないはご自由に❗

合掌
朝早くから和歌山高野山にお詣りに行った来ました❗
着いたのは昼前でしたが、連休でマイカーで来られた人が多かった様で道路が混んでいて、高野山奥の院にたどり着いたのは昼を過ぎてしまってました。

奥の院では迷わずに真っ先に行き本殿にお詣りしたした。凄い人で(いつもの事ですがね(汗))
そして、空海様の居られるとされる場所にて拝礼し地下に空海様のお姿を個人でお祀りする小さい座像と燈籠も並べられた場所にもお詣りし、空海様のお姿を礼拝させて頂きました。

続きは後ほどに失礼いたします。

合掌
前に亡くなった師匠(叔父)が亡くなる一年程前の事です。

始めに気付いたのは、叔父の手を見ていたときです。確か何かを書いていたと思います。

初めは手がちゃんと見えています。
それが段々とタコの吸盤みたいな感じに丸い物が見えてきました。それから段々と丸い物が周り一面に見えて来て叔父の手が見えない位になりました。

その丸い物が飛び回って見えました。そしてその中の何個かに顔らしい物がみえだしました。

その中の何個かは見覚えのある顔。良く見ると一つは叔父の母、また他の一つは叔父の父親の顔。他には知らない人の顔が。その中には戦争映画に見る日本兵の略帽を被った人物が見えました。
そんな丸い物が叔父の手が見えない程に何百、何千ちも見えました。

そんな事が有って数日経った時には叔父の手処か身体全体をおおいつくす位になって居ました。

叔父は目の前に居て話をして居るのですが、叔父の姿が全く見えません。

ついつい、自分は手を延ばして叔父を手探りで探して居ました。

そんなぼくの状態を感じた叔父が学徒出陣を18歳で志願をした話を聞かせてくれました。

もう、叔父が兵隊に志願する頃には敗戦が確実に成りつつあった頃だったそうです。

叔父が志願して兵隊になり戦地に行った時は酷い状態だったらしいです。アメリカ軍からの空爆で亡くなった兵士が多数居たそうです。そんな兵隊さんを叔父が野辺送りしたんだそうです。それも数知れない程になったとか。

そんな話をそれまでどんなことが有っても泣かない様な叔父が涙いっぱいにして泣いて居ました。

お前が見たのはそんな中の兵士だろうと言っていました。

叔父の家の近くには叔父が供養の為に建てた兵士の慰霊碑が建てられていました。

叔父もそんな同じ戦地で亡くなった人の亡霊(良い言い方ではないですが)に悩まされ続けて供養を続けて居た事を聞かせてくれました。

叔父も戦争に苦しめられた多くの人の中の一人だったんだと改めて知らされた出来事でした。

そんな事から叔父は色々と供養や行の大変さや必要性も教えてくれました。

また、叔父の様に僧侶に成りたいと言うと辞めておけと言われたのが寂しかったです。

でも、修験者としてなら応援してやると言われた時は嬉しかったです。

お陰様で叔父の七光で得度もさせて頂きました。

とても嬉しかったな~。
でも本当は長く生きていて欲しかった。

今は一休和尚の様に師匠の居ない糸の切れた凧ですわ(笑)

ではではまた改めて次に行きたいと思います。

合掌~。
前にも書いたと思いますが、改めて書き込みします。

自分が初めて見たオーブはある投稿サイトに投稿されていた画像を見た事からです。

その画像には赤く光って画像を斜め右上に走ってる画像でした。それを投稿者さんに言ってあげたら、あの投稿から変な事が度々起きてたらしいです。

その画像からは狐の霊が感じられました。
それを聞くと敷地内に古びた祠が有ったのを何も知らない親が取り壊したらしい事を話してくれました。

その投稿者さんにお稲荷様に怒られて居る旨を伝うて、近くの神社に話してちゃんとお祓いを受けるように伝えました。

それからは、何事も起こらなくなったそうです。

次は、またオーブに関係した事を書きたいとおもいます。
叔父が冗談のように、良く言ってた事があるのを思い出します。
それは「わし自信がお不動様じゃわい」と

今、その事の意味が分かります。

修験者はその身そのまま不動なり。と経本にも書かれています。

まあ、だからと言ってもちゃんと修験者の根本をちゃんて守り修行を真面目に取り組んでの結果から出ますがね。
いい加減な行いをしていたら、そこには「死」が待ち受けてますよ。

くわばらくわばら。

合掌
前の嫁さんの母親が亡くなりました。

少し前に夢で何度かその旦那さんが狼狽えてる姿を夢に見ていました。
今年になって何度か慌てる所は夢に見ていましたか、今日になって親戚から亡くなったと知らせがありました。

「虫の知らせ」
そんなものは有り得ないと言う人もたまに居るみたいです。その人は夢で見ても朝起きて忘れてしまっているのです。

ぼくは何度かそんな夢をみます。
リアルで起きてる時に会う事も、それこそ信じてもらえないですね?

でもリアルな話はです。
前にも書いた交通事故での死体。見た時はまだ生きていたかもしれませんが、大型のトレーラーの後輪に巻き込まれていたから即死だったとの翌日の新聞での記事に。

あれは無惨でした。事故にあった人はまだ小学生だったとか。

次に見たのは踏切での人身事故の死体。あれも無惨ですよね。見た側もだけど、事故処理をしている鉄道会社の人。長いトングを使って部位を拾い集める人だち。

人の死体を見るのは辛いです。

合掌
初めて人の亡骸を見たのは二十歳の時です。
自動販売機の中の飲料補充に行っていた医大の手術室前の通路でした。

医大ですから学生の解剖実習があったのでしょう。通路の先に手術着に着替える準備室に販売機が設置されていました。
その日は、解剖実習らしく通路にストレッチャーが一台シートを掛けられた状態で置いてありました。

そこからはアルコール臭と透明な滴がポタポタ落ちてました。シートの隙間から茶色い物が少しみえます。
その時、ストレッチャーに乗せられているのは死体だと感じました。

今も不思議です。いくら医大だからと言ってそんなに無造作に死体を置くのかなって。

もう40年も前だからかなとも思いました。