でもそれは自分にとってはお別れの日で、もうここには居れないんだって思うと、やっぱり泣けた。
2015年1月31日を以って、僕はACCIDENT I LOVEDの一員から離れました。
当日、ギリギリまでタイムスケジュールを巻くのに必死で、お客さんの大半とはあんまり話せなかったと思う。
中には県外から駆け付けてくれた人達も結構いて、僕らのLIVEを観れないまま小倉を後にしてしまった人達も居るみたいなんで、僕としてはまずその人達にこの場を借りて一言、ごめんなさいと言わせてもらいたいです。
本来ならば東名阪、特に大阪なんかは企画も組んだりして、回って行きたかったところではあるんだけど、それも叶わず。散々待たせた挙句突然の脱退、活動再開と、何が何やらわからねーよって人も多かったと思います。
本当に支えてきてくれたみんなには、結構不本意な結果である事を謝りたい一心です。
ただ言わせてもらいたいのは、MCでも伝えたように、僕らが約束した景色は本来ならばこんな所ではなかったということ。
こんな所というと語弊があるかもしれないから先に言っておくけど、僕が最期に選んだ西小倉WOW!というライブハウスは、いつぞやアメムーのたかしやIZP慎太郎さんが口にしたように、数々の伝説を生んだ、最高のライブハウスだと思ってます。
ただやっぱり本来僕たちはもっと大きなステージで戦ってるビジョンを描いてやってきたし、それを観てもらうのがみんなに対しての恩返しだと思ってた。
自分達の甘さと、無力さを痛感しながらなんとか活動をしてきた僕たちは、結果的に昨年の3月にメンバーの都合や極限まで落ちてしまったモチベーションがキッカケで活動休止を余儀なくされました。
結構自分の中で、「これが最後だ。」「もう次はないぞ。」ってな感じでこのバンドに力を注いでたところがあって、活動休止が決まってからも個人的には絶対になんとかするぞ!って意気込んできたんだけど、内心、虚無感が凄くて色んな人に自分の弱さを吐露して迷惑をかけたなと思ってます。続けるということの価値は耳が痛くなるほど聞いたし、やっぱり自分自身も諦めて何か他の道を模索する、この場を凌いで今のまま頑張るっていう2つの選択肢と何度も何度も戦っていました。
何回も何回もメンバーと実らない話を繰り返しては、やり直すラインを毎度胸に焼き付けてきました。
だけど、自分の中で7月くらいには結構腹の中はもう決まってた気がします。
今となってはその時自分が何に対して憤っていたのかすらも覚えてないし、何故脱退という道を選んだのか、決定打は多分ハッキリしたものは無いんだろうとも思うんだけど。
まとわりついた違和感を払拭出来るほど自分を奮い立たせるっていうことは、もうACCIDENT I LOVEDという器では不可能だなと思ってしまった。
それが全てです。
結果的に言わせてもらうと、今後もACCIDENT I LOVEDは続いていくし、自分が抜けた穴をコバが引き継いで新たなスタートを切って前へと進んでいきます。
この結果には満足しているし、僕自身続いて欲しかったから素直にその方向を選んでくれたメンバーにはエールを送りたいです。話をした時はこいつらと二度と話せないんじゃないかなってな空気だったけど、最後笑って送り出してくれたので感謝してます。
僕はというと、宙ぶらりんという単語がそのまま当てはまるくらい何も決めてなくて、まだ今後の予定は何も決まっていません。
東京へ引っ越したのは、2~3年前からメンバーに持ちかけ続けた上京の話を、自分の中で独りでも実現させたかったっていう気持ちからかもしれません。
夢追い人だらけ、チャンスを追うなら東京とは言うものの、同郷の彼女 in the displayが示しているように福岡でもやれる事は沢山ある訳で、特別期待を込めてこの街にやってきたわけではないです。
ただ昨年1年かけて独り旅を重ねる毎に、新しい世界へ足を踏み入れたくなっていたように自分自身感じています。(現在めっちゃ大変だし、言葉にできないくらい寂しいんだけど笑)
脱退を発表してからはそれはもう一瞬で、あんまり貯まってなかった(旅ばっかしてたから)貯金をズドーンと初期費用に充てたりして、荷物もロクに持たず、すぐに東京まで行きました。
失う物が多過ぎて気が狂いそうになってたのを励ましてくれた友達と家族には本当に感謝しかないです。本当に世話になりました。
いつぞや自分が言った言葉なんだけど、自分が作った曲や時間や空間が、誰かのモノとして昇華されて、貴重な青春時代や多感な時期を共にしてくれたり、結婚式に曲を使ってもらえたり、家族や子供に聴かせてくれたり、そういう事って僕を超えて、全ての事象に対して物凄く価値のあるものだと、捧げて良かったと思えると、今改めて感じています。
あの日にもう一度、ACCIDENT I LOVEDってバンドを組んで良かったと。心からそう思っています。
当時も今も変わらず色んな想いを共有してくれている全ての人に感謝。
君の1ページを僕にくれて、本当にありがとうございました。
僕のACCIDENT I LOVEDの最初から最後まで観ていてくれた、何度も喧嘩した腐れ縁の君も、あの時側にいた君も、LIVEの日僕を見ていて、あの日あの空間に居て本当に熱くなったって言ってもらえたのはこれからの心の支えになりました。
いつも窓際でイヤホンをして、お前らとは違うって虚勢を張って、何をやっても満たされない自分が、あの日始めたバンドで少しだけ満たされた気がしました。
東京に来てその日にした事といえば、好きな音楽を聴いて、酒を飲んで、遊びでスタジオに入ったり。
いつもと何も変わりはなかった。
環境や世界は変わるけど、自分自身は変わらない想いを持って、いつも側に居てくれる音楽と向き合っていくつもりです。
僕の人生が今までよりもっと君と重なる日がくるように。
To the glowing future
Light a fire
火を灯すよ。















