かつて、
子供が学校に行けなくなった時、
そこしか見えない私は苦しくて、
そこばかりを見なくなったら、
苦しさは無くなって、
気持ちが変わるだけでかける言葉も変わって、
それもあって、
長く暗いと思えたトンネルを抜けた
そこから、
辛い時、そこばかりを見る自分ではなくなった
今、『介護』というものの、
中休みというか、保留になっていて、いろいろなことに目を向けると、
いろいろというか自分に目がいく
このままで良いのか。。。
広げた視野から見える、思っていたのとは違う未来。
もう、終わりじゃない。
まだ、先がある。
◆◆◆◆◆
遺言②(終活)
「迷惑をかけたくない」の叔母のことばに直結している、
知らなかった、父と叔母以外の兄弟を相続の為に探す手間。
そこをしなくてよくする為の遺言。
本人が気がついてそこまでやれていればいいけれど、
そもそも気づいてさえいなかった。
そもそも夫や子供がいれば(どちらか生きていれば)、
全然気にしなくていいこと。
姪という立場なら、「私は知りません」で通す人もいるだろう
私は、、、
叔母にとても世話になったから、親と同等にやれることはやりたいと思った
