皆さん、こんばんは😉

基礎疾患のある方は、感染には特に注意しなければいけませんよね…。気を抜かずに頑張らなければ…😅

今回は回顧5です。
平成25年12月 病院を退職

メンタル的に辛かった。
働けないことの辛さは想定していたが、それ以上にしんどかった。
痛みも半端じゃなかった。

手先の潰瘍が、神経因性疼痛となり前腕全体が激痛で、腕を取ってしまいたいくらいだった。

でも、何かしなくちゃと思い、
衛生管理者第一種の勉強をして、福山まで試験を受けに行き、合格。
資格取得した。

夏頃には体調が回復し、施設の看護師をしてみたがやりがいがなく、3ヶ月で退職してしまった。

病院の看護師をしたいけれど、体力的に自信がない。自分が一体何をしたいのかわからなくなった。

平成26年春、3人の子供達が一斉に社会人となった。その事もあり、空虚感が半端なかった。
生きるのが辛かった。

平成27年春。
ふとした事から、小学校の保健室(養護教諭)の求人を見かけた。養護教諭の資格がなくても、看護師の経験者でもオッケーとの事。
この仕事なら出来るかもしれないって思った。でも学校で仕事するなんて初めてだから、校長先生との面談も緊張しまくった。

養護教諭の仕事は、慣れるまで大変だった!
やれ身体測定だの、視力検査だの、内科検診だの、一気に一学級35人の子供が保健室に入って来る。
それを27学級繰り返す。

教育現場だから、保健指導もきちんと出来なくてはいけない。

昼休みが終わった頃、思い切り遊んで汗びっしょりになった子供達がケガの手当をしてもらいに保健室にたくさん来た。

観察力のある子供は、レイノーが出ている私の手を見て「先生どしたん?手、大丈夫?何でそんな色なん?」と心配してくれたりして涙が出そうになった。

正直で元気な子供たち。
中には不登校で悩む子、家庭で我慢している子、ネグレクトにあう子、色々な子供達と関わった。
いつの間にか、私は子供達から元気をもらえていた。
子供達に、感謝しかなかった。

続きは回顧6で…。

読んで下さりありがとうございました😉


4日前の夕陽