1月末になりますが、上川隆也さん主演(大石内蔵助おおいしくらのすけ)の舞台劇「忠臣蔵」を観劇して来ました![]()
藤原紀香さん(大石りく)、高橋克典さん(吉良上野介きらこうずけのすけ)他豪華キャストでした。
3時間にも及ぶ上演時間に耐えられるかしら?と思いつつ鑑賞。
幻想的なプロジェクションマッピングが色鮮やかな背景を映し出し、くるくる変わる情景にテンポよく進む物語はあっという間に佳境へ!杞憂に終わりました。とにかく素晴らしかったです![]()
リンクはこちらです。
300年以上語り継がれる赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件。
君主に心から忠義を尽くす蔵の物語![]()
長い間年末の風物詩でもありましたね。
実家の父が毎年観ていました。
江戸元禄14年、時の将軍は徳川綱吉「生類憐みの令」で有名なあのお方が治めていました。
ことの起こりは、播州赤穂の大名浅野内匠頭が、幕府と朝廷(天皇家)の使者の人たちのおもてなし役を仰せつかることから始まります。そして、吉良上野介は塩にまつわる因縁から(赤穂は塩の国)、執拗に浅野内匠頭を貶め恥をかかせようと策略をめぐらすのでした。
※毎年幕府と朝廷は新年のご挨拶をするという儀式を行っていました。
虐めにあっていたとは言え、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)はあの松之廊下で何故その様な大事に至ったのか?
江戸城内、殿中で刀を抜くは大罪。まさに殿中でござるのだ。
解説を幾つか読みましたが、どうても腑に落ちなかった事情。
こちらの演劇を鑑賞して少しだけ理解出来た気がしました。
浅野内匠頭は大切な家来達を吉良上野介に、こともあろうか侮辱されたのが理由とのことでした。一体何を言われたのか?そのシーンは最後の最後に分かるのでした。
そして、物語はクライマックスを迎えます。赤穂浪士達の討ち入りは元禄15年(1702年)12月14日のことでした。現代の暦では1703年1月30日にあたるそうです。
因みに、47人が着ていた揃いの法被は後から演出されたもので、当日は午前3時頃、自由な恰好で集まったと聞きました。
今回色々調べていて、非常に申し上げ難いのですが忠臣蔵はまた別の一面を持っていることが分かりました。
そこにはまったく違った内容が記されていました。
ご関心のある方はこちら。
現代ビジネス 赤穂浪士討ち入りの理由は「忠義」じゃない?
こちらも。
東洋経済on-line 「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!
まさかの、ちゃぶ台返しをお許しください🙇
長文お読みいただき有難うございました![]()
次回の更新は5月11日(月)以降を予定しております。













