★徒然な日常と動物たちのこと★

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        流れ星

         気まま日記~Sey Hello~                         ★徒然な日常を綴ります★

      世界最大の自然保護NGO。

   生態系の保全から地球温暖化防止まで、

    生物多様性の保全に幅広く取り組む。

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生物は一つの大きな連続です。人間に苦しいことは

感覚のあるものにはやっぱり苦しい。

人間に悲しいことは強い弱いの区別はあっても、

やっぱりどの動物も悲しいのです。 宮沢 賢治星空

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     医学的見地から動物実験に反対する

   Japanese For Medical Advancement



1月末になりますが、上川隆也さん主演(大石内蔵助おおいしくらのすけ)の舞台劇「忠臣蔵」を観劇して来ましたニコニコ

藤原紀香さん(大石りく)、高橋克典さん(吉良上野介きらこうずけのすけ)他豪華キャストでした。

 

3時間にも及ぶ上演時間に耐えられるかしら?と思いつつ鑑賞。

幻想的なプロジェクションマッピングが色鮮やかな背景を映し出し、くるくる変わる情景にテンポよく進む物語はあっという間に佳境へ!杞憂に終わりました。とにかく素晴らしかったですおねがい

 

リンクはこちらです。

 

300年以上語り継がれる赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件

君主に心から忠義を尽くす蔵の物語雪の結晶

長い間年末の風物詩でもありましたね。

実家の父が毎年観ていました。

 

江戸元禄14年、時の将軍は徳川綱吉「生類憐みの令」で有名なあのお方が治めていました。

ことの起こりは、播州赤穂の大名浅野内匠頭が、幕府と朝廷(天皇家)の使者の人たちのおもてなし役を仰せつかることから始まります。そして、吉良上野介は塩にまつわる因縁から(赤穂は塩の国)、執拗に浅野内匠頭を貶め恥をかかせようと策略をめぐらすのでした。

※毎年幕府と朝廷は新年のご挨拶をするという儀式を行っていました。

 

虐めにあっていたとは言え、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)はあの松之廊下で何故その様な大事に至ったのか?

江戸城内、殿中で刀を抜くは大罪。まさに殿中でござるのだ。

解説を幾つか読みましたが、どうても腑に落ちなかった事情。

こちらの演劇を鑑賞して少しだけ理解出来た気がしました。

浅野内匠頭は大切な家来達を吉良上野介に、こともあろうか侮辱されたのが理由とのことでした。一体何を言われたのか?そのシーンは最後の最後に分かるのでした。

そして、物語はクライマックスを迎えます。赤穂浪士達の討ち入りは元禄15年(1702年)12月14日のことでした。現代の暦では1703年1月30日にあたるそうです。

因みに、47人が着ていた揃いの法被は後から演出されたもので、当日は午前3時頃、自由な恰好で集まったと聞きました。

 

今回色々調べていて、非常に申し上げ難いのですが忠臣蔵はまた別の一面を持っていることが分かりました。

そこにはまったく違った内容が記されていました。

ご関心のある方はこちら

現代ビジネス 赤穂浪士討ち入りの理由は「忠義」じゃない?

 

こちらも。

東洋経済on-line 「忠臣蔵」の美談は、ほとんど大ウソだった!

 

まさかの、ちゃぶ台返しをお許しください🙇

長文お読みいただき有難うございましたキラキラ

次回の更新は5月11日(月)以降を予定しております。

17日間の冬季オリンピック雪の結晶

遠いイタリアでの開催は時差がありすぎて

早朝に観るのがやっとでしたが沢山の感動を頂きました。

選手の皆様ありがとうございましたラブ

 

4大会連続出場スキージャンプの高梨沙羅選手。

北京五輪の混合団体ではウェアの規定違反で失格。

涙を飲みましたが、今回は混合団体銅メダルおねがい

良かったですね。

 

 

ハーフパイプの平野歩夢選手は前回の大会金メダリスト。

なんと、大会出場1カ月前に骨折雷

そんな痛手を負いながらも、4回転半の大技を大会で初めて

成功させ、堂々の7位でした。

「生きて帰ってこれてよかった」とご本人。

それだけでOK🙆命懸けなんですから。

 

新種目のデュアルモーグルは1対1でタイムや技術を競います。

転倒しながら後ろ向きでフィニッシュの堀島行真選手。

我が目を疑いました。天晴れの銀メダルでした拍手

 

高木美帆選手は個人2種目とパシュートの銅メダル3つ獲得。

こだわり続けた1500mでの金メダル獲得という目標は

残念ながらかないませんでしたが見事な滑走でした。

姉の菜那さんも五輪で3つのメダルに輝いているそうです。

最近は解説で人気でした。最強の姉妹ですねウインク

 

そして、りくしゅうペアこと三浦璃来選手と木原隆一選手。

世界歴代最高得点での日本初金メダル獲得。

前日のショートプログラムでは得意のリフト大技でミス。

痛々しい程落ち込んでいた姿を見て、胸が苦しくなりました。

ドラマチックな逆転劇は話題を独占しましたねラブ

 

花形のフィギュアスケート流れ星すっかり魅せられました。

トリプルアクセルを成功させた中井亜美選手は17歳。

日本フィギュアスケート史上最年少での銅メダル獲得。

緊張しなかったというからメンタルの強さも筋金入り。

 

今季で引退する意向を表明している坂本花織選手。

シャンソン歌手ピアフさんの「愛の賛歌」をバックに

しなやかで美しい丁寧な演技。綺麗でしたね。

銀メダルにポロポロ涙している姿を見て、私まで。。。

ですが最後は満面の笑みを見せてくれて嬉しかったですよ。

 

 

決してメダルだけではないけれど、🥇🥈🥉

メダリストになられた方々おめでとうございますキラキラ

オリンピアンの皆様は本当に素晴らしいご活躍でしたね。

まだまだ感動がいっぱいでしたが、紹介しきれないので

ここまでにしておきます。ザッと振り返りましたm(u_u)m

 

※イラストは生成AIによるもの

 

最初は水彩画調で作成しましたが、イメージと程遠いタッチで

あった為パステル調に修正をかけてみました。

ほんっと僅か数秒で完成しました。

因みに最初の水彩画はこんな感じでした👇

 

 

 

東海道五十七次とは、江戸幕府によって整備された東海道五十三次に、大阪までの4つの宿場(伏見、淀、枚方、守口)を加えた、江戸から大阪までの57の宿場を持つ街道を指します。

 

この延長された区間は「京街道」とも呼ばれ、特に豊臣家ゆかりの関西ではその名で呼ばれることが多かったとされています。        

                     ~AI助手より~ 

 

 

市立枚方鍵屋資料館 

もともと「鍵屋」という旅籠(宿屋)で、江戸時代には伏見と

大阪を結ぶ三十石船の船待ち宿として栄えていたそうです。

その後は料亭として平成9年(1997年)まで営業。

 

 

鍵屋資料館正面入り口(受付)↓

 

 

屋内の様子 2階

多くの窓があり広くて解放感たっぷりですね。

風通しがとてもよさそうですおねがい

旅人達は宿泊したり休憩したりしながら

三十石船の到着を待っていました。

 

 

廊下の窓の外に目を向けると、淀川が見えます↓

 

水深が深く当時は裏手の直ぐ下が三十石船の乗降場となって

おり、旅人にとって非常に便利だったため、船待ち宿として

とても繁盛したそうです。

 

 

当時の建物の構造として、入り口近くにかまどがあり、温かい食事をすぐに提供できるような工夫がされていたのだそうです。

写真では分かりづらいですが、大きな4枚の戸は客が出入りしやすい間取りとなっています↓ 

今で言うところのガレージみたいな感じでしたニコニコ音譜

 

当時旅人が宿泊したであろう部屋が幾つかあって、発掘された

遺物や民族資料、使われていた食器(くらわんか茶碗)などが

展示されていました。

 

資料館の敷地には「主屋」と「別棟」の2つの建物があります。

説明がややこしいので割愛させていただきますm(u u)m💦

 

 

くらわんか舟

江戸時代に淀川を運航していた三十石船に近づき、食べ物や飲み物を売っていた小舟のこと。船上に火床を置いてごんぼ汁、あん餅、飯や汁物などを煮炊きし、酒なども売っていたとのこと。

何とも賑やかな情景が目に浮かびますねお団子おにぎり日本酒

 

「くらわんか」とは「食べないか」という意味の乱暴な言葉遣いの方言。無作法御免の特権として許されており、身分の高い人に対しても同じように接することができたのだそうです。

 

喰わないか、銭がないのでようくらわんか(喰うことも出来ないくらい銭を持っていないのか)と乱暴な言葉で声掛けする様子が面白かったのだとか。客に接する態度ではありませんね~爆  笑

大人だけでなく仕事手伝いの子供も言ってるんですよ~。

 

返却された器の数で料金を計算するシステムで、支払いを

ごまかすために、器を川に投げ捨てる乗客もいたそうです。

川底から当時料理を盛るのに使われた「くらわんか腕」が

幾つも発見されています。

 

 

お読みいただきありがとうございました🙇