藤木相元さんがシーサー玉城ちゃんに託した曲。シーサー玉城ちゃんが書いた特攻隊の絵はこの歌詞を表現している。
昨日この歌詞の内容を書いていたら悲しくなりすぎてしまい断念。
平和の願いで配布された歌詞。
戦争絶対反対。いいことは何もない。

なんか高〇さん総理になって解散選挙で自〇党圧勝したけど一党独裁になるって皆考えなかったのかなあ。防衛費大増額でいいのだろうか。
今日は沖縄慰霊の日。
日曜日に平和の願いを拝聴、観覧してきた。
慰霊の日は沖縄で牛島中将が自決し、沖縄の人達を何もなく「解散」させた日。
沖縄の苦難は9月まで続く。このこともこの平和の願いに行くようになって知った。
かぎやで風から始まり、戦わずに相手をもてなすことで長い間平和を謳歌してきた琉球の志、そのままの会。踊りや歌の合間に戦争の話。
今年は復帰っ子のシーサー玉城ちゃんの登壇があった。何を話すのだろうと思っていたら、顔相学の藤木相元先生と生前に繋がりがあり、お話を伺ったことがあるという。
兵庫県出身の藤木相元先生は沖縄に配属され爆弾を積んだ船で3回出撃して3回とも生きて戻ってきた特攻隊の生き残りだそう。敵を見つけると(ベニヤ)船をフルスロットルにして自分は海に飛び込んで泳いで帰るということをしていたという。泳ぎと体力に自信があったんでしょう。その後、米軍に全ての特攻船を破壊されて集団自決のところを「自分は自決はせずに本島まで泳ぎ本隊と合流しようと思う」というとついてくるという130人と40キロも泳いだという。ところが沖縄まで泳ぎついたのは1/10。海の波に消えていく時に皆挙手をして沈んでいったという。その藤木相元先生が残した歌をシーサー玉城ちゃんが託されたという。
沖縄の花が赤いのは散っていった皆の血ではないか。
託された曲「嗚呼沖縄」ともう1曲歌ってくれたけど両方良かったですよ。情緒不安定なんて誰も思っていませんよ。

MCの方が「意外と言っては失礼ですが感動しました」と言っていた。私も同意見。


会の最後には全員参加をどうぞ。

といわれて私も手踊りで参加した。

有意義な時間をありがとうございました。



久々に「へぇ」っと思った本に出会えた。

今は沖縄に競馬場はないけれど、昭和初期頃までは沖縄にも競馬があったことが書いてある。

年代に差があるかもしれないが大きく士族とその他で分けられると思う。
士族の競馬は見せる競馬。交易で利益を上げていた琉球が他国の使者を移動させるのに馬を綺麗に飾り、歩いても上下に揺れない優雅な歩き方をする馬に乗せていた…これを競馬にしたもの。優雅さを競うので走ってはいけない、速さは競わない。
その他の競馬は農耕に使っていた馬にそのまま跨る或いは簡易な手網をつけて速さを競った競馬。多分年代的にこちらの方が新しい気がする。
馬の名前もヒコーキ、自動車とか見たこともないのだけど早いという噂を聞いてつけたみたい。
沖縄市では年に一度の士族の競馬を復活させたイベントをやっているそうなのでそのうち行ってみたいな。

三線遊びに誘われてバーに行くのに朝ごはんしか食べていなくてお腹ぺこぺこ。何か食べていかないと悪酔いするなーと思い、確か親子丼好きのブログを書いた時にオススメの渋谷のお蕎麦屋さんを教えてもらったな。渋そばだっけな?に行ってみた。親子丼がない!!

渋そばと思っていたけど信州屋だったっけな?親子丼はあった。あ、ここだったか。けど単品ではあるかな?と思いながらも入ってみた。

セルフだけど注文はレジの人が取るシステム。お蕎麦を食べないのが不思議だったみたいでオーダーを聞き返された😅
親子丼はこんな感じ。ちょっと甘さ控えめでキリッとした出汁で煮込んでいる感じ。見た時に「これか~?」と思って落ち着いてブログを見返したら嵯峨野だった。
やっちまったなー😖次回は間違えなく嵯峨野に行く。

世子の師匠がその家の娘(ジェイ)によって一家毒殺された。世子は世子で呪いの書の通りに狩りで毒を塗った矢を背中に受けて手が動かなくなっていた。いなくなったジェイと侍女はお尋ね者として張り紙があちらこちらに貼られ、娘は世子の内官を隠れ蓑に侍女は探偵を気取る領議政の変わり者の息子に男装して弟子入りする。

呪いの書とジェイの一家殺害について4人とジェイの婚約者であったソンオンが協力して暴いていくという話。

題名が?だったけど面白かった。