注文の多い音楽館♪

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どなたもどうかお入りください...
けしてご遠慮はありません...

Jean-Baptiste Lully(1632-1687)

バロック中期、イタリア フィレンツェ出身の作曲家。

 

フランスバロック最盛期の中心的作曲家。イタリアの貧しい家に生まれながら独学で楽器の演奏を習得し、14歳でその才能を見出されてフランスで正式な音楽教育を受けるチャンスを掴みました。その後もたゆまぬ努力を重ね太陽王ルイ14世の寵愛を一身に受け音楽家として他に類を見ないほどの成功を収めました。

 

後半生は権勢欲にまみれ、自分を引き立ててくれたモリエールから王の寵愛を奪い取り、彼の死後はその功績までも我が物にするなどその行状の悪さは留まるところ知らず、ついには王の寵愛も失うことになります。

 

 

Marc-Antoine Charpentier(1643-1704)

バロック中期、フランス パリ出身の作曲家。

 

フランスバロック最盛期の中心的作曲家で、太陽王ルイ14世の寵愛を受けたリュリとは対照的に主に宗教音楽の分野で功績を残しています。またモリエール最晩年の舞踊喜劇『病は気から』の作曲依頼を受けるなど幅広い分野で活躍しました。

 

フランスバロック音楽の絶頂期は、ある意味でリュリとシャルパンティエ、ルイ14世とモリエールの4人を中心に形成されたといっても過言ではないようです。ちなみにシャルパンティエの作品の中でも有名な『テ・デウム(主よ、御身を称えます)』の前奏曲は、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートなど数多くのイベントのオープニングテーマとして使われています。

 

 

 

 

 

Sylvius Leopold Weiss(1687-1750)

バロック後期、ドイツ ドレスデン出身のリュート奏者・作曲家。

 

父の跡を継いで地元ドレスデンの宮廷リュート奏者として活躍、洗練された演奏技術により音楽家として大成し、生涯で600曲を超えるリュート作品を残しています。またトレモロ奏法を発明したことでもその名を知られています。

 

ヴァイスはドレスデンと同じザクセン州のライプツィヒに居を構えていたバッハと親交を結び、時には二人で即興演奏を楽しんでいたようです。その割には同年代のバッハやヘンデルとはひと味違う、現代的で情緒豊かな味わいのある作品を数多く残しています。ちなみに彼の息子も父の跡を継いで宮廷リュート奏者として活躍したようです。

 

John Dowland(1563-1626)

ルネッサンス後期、イングランド出身のリュート奏者・作曲家。

 

生涯独身を貫いたエリザベス1世...

46歳になった彼女のもとに、フランスから20歳年下のアンジュー公フランソワが求婚のために訪れます。事前情報で彼がブサメンと聞いていた女王は、意外にも彼がそれほど酷くなかったことから贈り物の蛙のイアリングにちなんで『蛙どの』と呼んで親しみを抱き、結婚を意識するようになります。

 

結果的には宗教的な理由から結婚を断念するのですが、5年後に彼が若くして亡くなった知らせを受けた女王は悲しみに暮れ、心から喪に服したといいます。この曲は、彼がフランスへ帰国する時の女王の心情を思ってダウランドが作曲したもので「Now, O Now I Needs Must Part ...」の歌詞が付けられています。