ご無沙汰です。
僕の24回目の冬から春にかけてのこの3ヶ月は、 大きな出来事が2つありました。
2/19 せんげん台のじーちゃんが他界しました。
3/22 新潟のじーちゃんが他界しました。
新潟のばーちゃんが亡くなった時、高校受験でばたばたしてて葬式に一切行けなかった。
そのこと せんげん台のじーちゃんの葬式を終えた時にひどく後悔しました。 面会に何度も行って、せんげん台のじーちゃんがいなくなる時に居合わせたからこそ、そのことを初めて大きく後悔しました。 新潟のばーちゃんに僕は何一つしてあげられなかったな。って
ヒトの記憶とか感情は、そのヒトがそのヒトでなくなったとき時にどこへ行くんだろうね。 もう少し歳を重ねて、この記事を読み返した時の僕はどんな考えを持っていますか?
中学生の頃から、死に少なからずの魅力を感じていた僕だけれども、この3ヶ月で死ぬことよりも、生きることに魅力を感じないといけないと思いました。最期の最期まで一生懸命生き続けなきゃいけない。そう学んだ3ヶ月でした。 2人のじーちゃんに教えてもらいました。
60年後、僕が僕じゃなくなった時にじーちゃん達に よくやったな。 って褒めて貰えるように頑張らなきゃだね。
新潟の四九日には行けそうにないけれど、お盆になったら必ず線香あげに行くからね。
2人のじーちゃん 今までありがとう。 大好きだったよ。 ゆっくり休んでください。
おわり

