地中海周辺では、先史以来、
洞窟に住み、集落を作る分化があった。
とるこのカッパドキア、エジプトのシワ・・・
その中で最も長期に渡って洞窟住居を新化させて都市を形成して行ったのが
このマテーラ!
*サッソは岩のことサッソで単数、サッシは複数形
パッッション
でも撮影に使われた町並み
洞窟を掘ったお家の中はこんな感じ!
結構快適そうです。
ここはキッチン!壁を掘れば収納棚の出来上がり!!!
天井はやっぱり洞窟っぽいね!
衛生面も非常に悪かった。
ベッドの横にはおまる!
水道設備はないのでお手洗いもおまる!
そして、中身が溜まると・・・
他のヨーロッパの都市同様!
そりょりゃあ不衛生極まりない!
街の直下を流れるグラヴィーナ川周辺には侵食によって出来た
洞窟が点在し、水が豊富だったので新石器時代には人が住み着いた。
古代ギリシャ時代、ギリシャ人の支配化、殖民支配下になる。
マテーラと言う地名は、
近くにあった植民市メタポントゥムとエラクレアの頭文字をとって
マテーラになったと言われている。
8世紀人なって、ギリシャから修道僧が沢山移住して来た。
彼らは自然の洞窟だけではなく、人口の洞窟を掘り始め修道院を作った。
15世紀までには、穴も前面に切り石を積み、
半分は洞窟半分は建築物にして、内部空間を拡張させて行った。
16世紀、マテーラは商業と農業が繁栄して、
人口が急増(1万2千人)
結果、貧富の差が生まれ、中上流の人たちはサッソを離れ
地上の建造物に住むようになり
サッソには貧民層のみが残り
南イタリアの貧困を象徴する物・・・
とまで呼ばれるようになっってしまった
その頃は3300の洞窟住居に2万人もの人が住んでいたという。
戦後サッソの住民は強制的に郊外に住居を移させられ
サッソは完全な廃墟になった。
1993年世界文化遺産に登録され
住民不在によるサッソの後輩が貴重な都市遺産を損失する事に気付き
サッソを再生させ再び住民を呼び戻す計画を立てている。


























