どうもこんにちわ久しぶりです、世界のどこかで笑ってる中学生、荻原でございます。

ここのセクションでは性格を入れ替え、シリアス系になり色々中学生っぽくない事を話します。

 

まず、最初の議題の「なぜ我々は権力者に嫌悪感を抱いているのか?」ですね、この場合の権力者とはまぁとりあえず金持ち、政治家やその他諸々の権力者としましょう。多分みんなは、金持ちや政治家に良いイメージを持ったことはほぼないと思います。お金の話になると銭ゲバだの金は汚いだの、政治家は無能だの役立たずだのと色々酷い言われようでしょう。

ですが多分殆どの人はなぜこんなに権力者を嫌うか考えたことがないと思います。ここでは僕なりの考え/解釈をみんなに紹介していきます。

 

まず逆上って時はホモ・サピエンスが誕生した頃、我々ホモ・サピエンスは「嘘」をつく能力を得ました。この時ホモ・サピエンスよりも大きく、強い種族はいましたがそれらを高い知能で翻弄し。その時代を生き抜きました。しかし、その時代を生き抜いたホモ・サピエンスですが、発展していく中で稀に他よりも高いコミュニケーション能力や行動力で他人を引っ張り大きな力を手に入れるグループが出てきます。しかし、残念ながらこう言う力を持った人は少なく、あまりいませんでした。

なので地元でめっちゃ強いヤンキーが他のヤンキーを従えるように大きな力を持った人の周囲の人間はその人に身を捧げ「隷従」します。

まぁ、隷従しない奴はボッコボコにされこの世から抹消されます。

隷従を認めた本人やその子達は全く苦はありません、むしろ安全を保証してくれるのでむしろ喜んでいるでしょう。しかし、これがうまくは行かない。その孫やひ孫、その先の祖先はどう思うでしょうか?勿論隷従を受け入れた時代を知らないのでなぜ隷従しているのか疑問を持ちます、疑問を持った所ですでに先祖が隷従という悪魔の契約を交わしているのでその支配者の支配からは逃れられません、ただ権力者を見ているだけで終わります。

人は自分より良いものに「い〜な〜」という感じな欲求を感じます、身近で言えば友達が勉強できて良いな〜と思うやつです。この「い〜な〜」という感情は自分と比べてしまうという性質を持っています、この比較が大きくなるに連れ、それが自己嫌悪感へと変わっていきます。この自己嫌悪感はストレスになり段々増えていきます、こうなるとストレスの限界で人は同じ境遇の人を探し傷をなめ合おうという感じで群がります。これが議題とどう関係してるかを言うと。

要するに、人は自分より優れている人を見ると嫌悪感を感じ、それを共感し合うため、同じ嫌悪感を感じている人を見つけては語り合います、オタクがオタク同士で語り合うのと同じです(別にオタクを罵っているわけではありません)。権力者が力を持つと他の敵を排除するように、この場合、このオタクたちは語り合い、自分たちが正しいという自己照明をしますので当然強く感じ、自分たちが正しいと思います。よって自分たちの自己照明を脅かす別のオタクを嫌う人達(支配者)を嫌います。

元々民主主義の政治体制は政治家が圧倒的に国民より弱いので、当然この「傷口をなめ合おうの会/国民」は政治家/支配者をボッコボコにぶっ叩き嫌います。みんな言ってるでしょ?与党はだめだとか、政治家は無能だとか。そんでその嫌いな支配者(与党/政治家)をもれなく批判する野党達は支持を受けますが過去に政権が渡った際に盛大にやらかしたので政権は中々取れません。

話が少しそれましたが、結局こんな風に、我々は金持ちも嫌います。

話は少し最初の方になりますが、人類がもっと知的になった頃、我々はまた新しい自己防衛方法を生み出しました。それは、善悪の仕組みです。これを作り、世界中にばらまきます、するとどうでしょう、当然みんな善になろうと思います、こうすることにより今度は権力者(この場合は政治家)をうまく手懐け、ついでに善悪という盾を手にいるました。しかしこれはまだ自分たちが正しいくて、権力者達は悪いと人々が思っているので権力者をボコします、ボコします、ボコします、そしてボコします。結果権力者を嫌います

 

このように人々は誕生した頃、身を守るために「隷従」という悪魔の契約を交わしました、しかしその契約は時が経つに連れ意味はなくなり契約した側を疑問に思わせ、権力者を羨みました。この時この羨ましいという感情が自己嫌悪感に変わってその人を傷つけます、そして傷ついた同士集まり自分たちが正しいと肯定しあいます。この時悪者になるのは勿論権力者です、結果善悪の基準で権力者を手懐け、叩きます。要するに権力への嫉妬が巨大化して権力を持った権力者を嫌うというのが仕組みです。

 

以上世界のどこかで笑ってる中学生でした。あと投稿遅れてすみません意外と原稿書くのに時間かかりました。🙇🏻‍♂️

それでは、良い一日を。さいなら~