2カ月ぶりの投稿です。
久しぶりなのに いきなりの
「地獄に堕ちるわよ」のタイトルですが
ドラマについての話ではありません。
「鬼滅の刃」の流行時と同じく
強く伝えられている警告メッセージなのだ
とKIM8は捉えています。
以前からも書かせて頂いていますが
この日の元という国は 陽の元
世界の中心にもあり
勇逸 神字(漢字)が与えられている国
とお伝えしてきました。
内容に直結していることではなく
その神字の中にメッセージ性を感じることができます。
多くの人に気づけることができるように
又は気づくように 考えるように
伝えられている そう感じさせられる世界に
私たちはいるように 思うKIM8です。
今いろいろなことで
感じていることがたくさんあるのですが
書ける範囲で少しずつ
書きとめていこうと思っています。
5月5日からようやく立夏に入り
流れを変える
変えていける節目がやってきましたので
気が低迷してきていて
このままではいけない
どうにかしたい と感じていた方は
心気一転
気の流れを変えてやる!!と宣言し
強い気を持つことで
自分を律することで
流れを必ず変えていけるので
頑張って頂きたいと思います。
本格的な夏に入り
陽の気がこれから増していきますから
陽の気で 陰の気をおさえ
バランスが保てるようにしていきたいものですね。
お仕事の繁忙期だけに関わらずKIM8も
この春は本当にいろいろな事がありました。
私は自分に生じてくることは
すべて私自身にとって
必要な学びなのだと受け入れてきました。
それはこれからも変わりはないのですが
この春は本当に今までにないくらいの
数の出来事が一気に生じていました。
前記時の「思いやりと重い槍」にも書かせて頂きましたが
重い槍を向け続けられた人
重い槍を持ち続けた人
で疲れ壊れてしまった人が私の関係者や
その周囲でも大勢おられました。
春(はる)は
いろんな芽を出す季節でもあるのですが
人のいろんな張り巡らされた想いや
張り詰めた想いも
膨らみ芽吹く時期でもあります。
KIM8は学校の先生ではありませんが
仕事上 いろんな指導や教育をする立場にもあり
いろんな関係性の中で
若者を指導することが非常に多いのですが
この春は今までにないくらいの人数と
出来事があり 相談を受ける数も多く
又いろんな方々に迷惑をかけた人も多く
その問題解決に協力し 尽力していた約3か月でした。
問題に向き合う中 若者たちと関わる中で
学校教育のあり方に 家庭での教育のあり方に
疑問を超えて 恐怖すら感じることも実際にありました。
このままでは 日本は本当に危ないと思う出来事も
残念ながら正直多かったのも事実です。
先に
強い気を持つことで
自分を律することで
流れを必ず変えていける
と書かせて頂きましたが
自律できない子があまりにも大勢いることに
考えさせられたKIM8です。
親はよく子に
早く自立しなさい という言葉がけを
したりしますが
その自立(じりつ)は
自分ひとりの力で物事を行うことの意味を持ちます。
自律(じりつ)は自分を律するという意味で
自己の欲望や他者の命令に依存することなく
自らの意志で客観的な道徳的法則をたてて
これに正しく従うこと
にあります。
その自律ができていない できない子が多い事実
春はメンタル的にも自律神経失調症が多くなる時期ですが
まさに自律を失っているように感じます。
また 判断できていないのに 決断する子が多いということ
決断はきっぱりと心を決めること ですが
判断は 物事を理解して考えを決めることにあります
ようは物事を理解できておらず
考えもまとまってもいないのに(判断がつかないのに)
自己決断している子が多いのです。
中には死を決断した子もいました。
自殺した中学生
自殺未遂をした20代30代の方々
薬物に手を出し壊れてしまった方
親からの依存や支配に苦しむ子
子どもが子どもを出産したことなど
あまりに次から次へと異常ともいえるくらいに
問題や事件が起き 直接的にも 間接的にも
関わる状態でしたので
全てに向き合い対応させて頂いてきていました。
勿論まだ対応中の事柄もあります。
私は幼少期 亡き祖母に
「盗みと人殺しは絶対にするな
それだけは絶対にしてはならん 地獄に堕ちるぞ」
と教えられました。
子どもながらに そんなあたりまえのことを
なぜ祖母は何度も口にするのだろうと思っていましたが
今 家族を殺めたり 他人を簡単に傷つけたり殺めたり
闇バイトに簡単に手を出し 人を騙し
他人のお金や 情報や 大切なものを盗み
命までも安易に奪う人々が急増していることは
悲しい事実として
現実に毎日何件も事件として起きています。
自己中心的な考えしかもたない人
恐ろしいことをゲームのような感覚で楽しむ人
自分を律することができないことから
他人に支配され踊らされ操られてしまう人
「恥知らず」という言葉が日本にはありますが
私の子ども時代は 祖母や父にも懇々と言われましたが
「人に後ろ指をさされるような事は絶対にするな」
「人様や家族に迷惑をかけるようなことは絶対にするな」
「どんな時でもお天道様に胸をはれる生き方をしろ」
「自分に恥じない生き方をしろ」
など 【恥の教育】があたり前にあったのです。
「人として どんなことが 恥ずべきことなのか」
を考える機会が 与えられていました。
しかし 現代はどうでしょうか
「恥知らず」の言葉どおり
恥を知らない子があまりにも多くなってきています。
「人として どんなことが 恥ずべきことなのか」
を考える機会が 学校でも 家庭でも
なくなってきているとも言えます。
「ゆとり教育」を行ったことで
何が増え 何が薄れ 何を失ったのか
今一度 立ち止まり教育について考えるべき時がきています。
小学校から英語の授業や
投資を学ぶお金の授業などが開始され
新しい時代への変化があります。
昔とは違い ゆとり教育でなくなった土曜日の授業
授業日数が決められている中で 内容が増えるわけですから
その分削られる所がでてくるわけですが
それが「道徳の時間」になっているのではないでしょうか。
道徳では善悪を知ることからはじまり
皆と共に考え議論をし合うことで
「人として どんなことが 恥ずべきことなのか」
を学ぶわけです。
昔の先人たちが教えてきたような表現に言い換えると
「地獄に堕ちない生き方」の授業とも言えます。
それはプリントを配りただ読むだけでは
知ることも伝えることもできません。
心を育て 心を豊かにするためには
臭いものに蓋をしてはならず
臭いものは臭い
汚いものは汚い
と子に教え導かなければなりません。
自分の子を導くためにも
親は学ぶ姿勢を自ら子にみせ
襟を正す姿を見せることで
自らも学び 親として自分を律していけるようになる
そう考えるKIM8です。
昔は家でも学校でも
「姿勢を正せ」と口うるさく言われたものです。
「まずは姿勢から」
姿勢(しせい)を別の神字で置き換えてみます。
「死生(しせい)を正す」
死のあり方 生のあり方 を正す
そのように捉えると メッセージ性を感じ
軽んじてはいけない と律する意識も変わります。
スピリチュアルでは
高次元のことがよく書かれたり伝えられていますが
物事は2つでひとつ 表裏一体
闇と光が必ずあります。
高次元という神の次元があるのであれば
地獄や魔界といわれる低次元もあるということ
臭いものに蓋をすることは
都合の良いものしか見ない偏った姿勢(死生)となる
そう感じます。
この私たちが生きる世界(次元)は
高次元よりもはるかに 低次元に近いと言えます。
昔からこのような表現がありますが
その言葉を口にするときはどんな時なのでしょうか。
魔が差した(悪魔がはいりこむことの意味)
地獄におとしてやる
逆に
神が差した
天国にあげてやる
と表現しないのはなぜか。
そこからでも 地獄の方を
身近に感じていることになります。
しのびよる魔の手が多いこの次元
自分を律し続けなければ
地獄に堕ちてしまう
地獄に堕ちないための教えと学びが必要
地獄なんてあるわけがない
別に地獄におちてもいい
それなら全員道連れにしてやる
等を口にする人もいますが
そういう人ほど
道徳の学びは必要といえます。
徳(とく)は恩恵や神仏の加護を意味します。
人の道をふみはずせば地獄に堕ちる
餓鬼畜生道に堕ちないように
鬼や魔の手に家族や子どもが襲われ奪われないように
護り闘う姿勢(死生)を正す行いを
考えて生きていかなければならない
そう考えるKIM8です。

