今まで起こったことがない地震と津波の規模にビックリですが、被災された方にはお見舞いを申し上げます。
大森にある仕事先で緊急地震速報が入って50秒前からのカウントダウンだったので、みんな慌てることなく会社の外に避難して、その後に強い揺れを感じ ました。
掴まっていないと立っているのが結構大変なぐらいに大きく長い時間揺れました。
人が数人集まって車を揺すっているように駐車場の車がユサユサと動いていました。
その後も大きな余震で数回外に非難しました。
今までに経験をしたことのないとても大きな揺れでした。
会社からは帰れる人は帰って良いと許可が出て、取り合えず帰宅する事にしました。
大田区・大森から横浜市・瀬谷区迄のサバイバルです。
自宅や家族への連絡が取れない状態で心配でしたが、逆に「そっちは大丈夫?」というメールが来たから、安心しました。
ネットで調べたら地震発生から首都圏の鉄道は全て運転見合わせと言うことだったけど、とりあえず最寄りの京急線・平和島駅に行ってみました。
数十人が改札の外で集まっていました。
たけど全然動く様子がなかったから、駅員に横浜方面に行くバスを聞いて、JR蒲
田駅まで歩いてバスで六郷橋まで行く事にしました。
平和島駅から沢田の交差点まで行き、バスに乗ろうとしたけど全然バスが来る気配がなかったのでJR蒲田駅まで歩いて行きました。約2.5キロ
JR蒲田駅から六郷橋(川崎の手前)行きのバスに乗りました。座ることができたんですが結構満員でした。
隣に乗った大学生は関西出身で神戸の大震災の時と同じぐらい揺れたと言っていました。
第一京浜に出ると渋滞をしていたから到着手前で降りて、JR川崎駅まで約2キロを歩きました。
JR川崎駅ではすでに地下道では地べたに座り込んで仮眠をしている人などの列ができてました。
JR川崎駅から横浜駅行きのバス停には数百メートルもの長蛇の列だったので、諦めて手前のJR鶴見駅行きのバスに乗り込みました。
JR鶴見駅方面もかなり渋滞していてかなりの時間が掛かったけど歩いているよりはかなり早く進みました。
バスが全然動かなくなったのでJR鶴見駅の手前でみんなで降り、JR横浜駅方面に向かって歩き出しました。
道路は上下線とも大渋滞でほとんど動かない状態でした。
普段なら車ですんなり通る道をひたすら横浜駅に向かいました。
途中、サラリーマンや女子高校生やOLさん達とすれ違いながらなんとかJR横浜駅にたどり着きました。
この時点でたしか21時ぐらいでした。約7.5キロありました。
普段なら相鉄線で約20分乗って徒歩10分で家に着くのですが、電車が動いていなく、警察の指導で余震が続いているので二次災害を防ぐため終日運 転を見あわせる様指導が来ているという話でした。
横浜駅西口から小田急線鶴間駅行きが一番近くを通るバスだと聞いて、バス乗り場に行くと地下街にずっと列が続いて途中で曲がって後尾にとりあえず 並びました。
大渋滞のためバスが全然来ないという話でした。
普段なら、西口から離れた道路まで行ってそこでタクシーを拾って乗ることもあるのですが、判断を決めかねしばらく並んでいました。
そこに相鉄線が動き出すとの連絡が入り、相鉄線に行くと改札口に人が溢れていたけど、なんとか海老名行きの電車に乗ることができました。
安全のため減速で運行ということでしたが、とりあえず瀬谷駅に到着し無事に我が家に到着できました。
22時半過ぎでした。
相鉄線が動いたから無事に帰ることが出来たので、相鉄線に感謝です。
途中、歩いている時には崩落やガラスの破片が落ちていたりということは全く無く、信号機が点灯していなく警察官の手信号で誘導をしている場所が あったけど、特に被害は無いようでした。
家に帰ってニュースで震源地近くの状況をみて大阪の大震災を思い出し、津波の被害が大きいのでびっくりでした。
横浜でもかなりの被害が出ているようでした。
とにかく疲れた…。
こんな感じです。
大森にある仕事先で緊急地震速報が入って50秒前からのカウントダウンだったので、みんな慌てることなく会社の外に避難して、その後に強い揺れを感じ ました。
掴まっていないと立っているのが結構大変なぐらいに大きく長い時間揺れました。
人が数人集まって車を揺すっているように駐車場の車がユサユサと動いていました。
その後も大きな余震で数回外に非難しました。
今までに経験をしたことのないとても大きな揺れでした。
会社からは帰れる人は帰って良いと許可が出て、取り合えず帰宅する事にしました。
大田区・大森から横浜市・瀬谷区迄のサバイバルです。
自宅や家族への連絡が取れない状態で心配でしたが、逆に「そっちは大丈夫?」というメールが来たから、安心しました。
ネットで調べたら地震発生から首都圏の鉄道は全て運転見合わせと言うことだったけど、とりあえず最寄りの京急線・平和島駅に行ってみました。
数十人が改札の外で集まっていました。
たけど全然動く様子がなかったから、駅員に横浜方面に行くバスを聞いて、JR蒲
田駅まで歩いてバスで六郷橋まで行く事にしました。
平和島駅から沢田の交差点まで行き、バスに乗ろうとしたけど全然バスが来る気配がなかったのでJR蒲田駅まで歩いて行きました。約2.5キロ
JR蒲田駅から六郷橋(川崎の手前)行きのバスに乗りました。座ることができたんですが結構満員でした。
隣に乗った大学生は関西出身で神戸の大震災の時と同じぐらい揺れたと言っていました。
第一京浜に出ると渋滞をしていたから到着手前で降りて、JR川崎駅まで約2キロを歩きました。
JR川崎駅ではすでに地下道では地べたに座り込んで仮眠をしている人などの列ができてました。
JR川崎駅から横浜駅行きのバス停には数百メートルもの長蛇の列だったので、諦めて手前のJR鶴見駅行きのバスに乗り込みました。
JR鶴見駅方面もかなり渋滞していてかなりの時間が掛かったけど歩いているよりはかなり早く進みました。
バスが全然動かなくなったのでJR鶴見駅の手前でみんなで降り、JR横浜駅方面に向かって歩き出しました。
道路は上下線とも大渋滞でほとんど動かない状態でした。
普段なら車ですんなり通る道をひたすら横浜駅に向かいました。
途中、サラリーマンや女子高校生やOLさん達とすれ違いながらなんとかJR横浜駅にたどり着きました。
この時点でたしか21時ぐらいでした。約7.5キロありました。
普段なら相鉄線で約20分乗って徒歩10分で家に着くのですが、電車が動いていなく、警察の指導で余震が続いているので二次災害を防ぐため終日運 転を見あわせる様指導が来ているという話でした。
横浜駅西口から小田急線鶴間駅行きが一番近くを通るバスだと聞いて、バス乗り場に行くと地下街にずっと列が続いて途中で曲がって後尾にとりあえず 並びました。
大渋滞のためバスが全然来ないという話でした。
普段なら、西口から離れた道路まで行ってそこでタクシーを拾って乗ることもあるのですが、判断を決めかねしばらく並んでいました。
そこに相鉄線が動き出すとの連絡が入り、相鉄線に行くと改札口に人が溢れていたけど、なんとか海老名行きの電車に乗ることができました。
安全のため減速で運行ということでしたが、とりあえず瀬谷駅に到着し無事に我が家に到着できました。
22時半過ぎでした。
相鉄線が動いたから無事に帰ることが出来たので、相鉄線に感謝です。
途中、歩いている時には崩落やガラスの破片が落ちていたりということは全く無く、信号機が点灯していなく警察官の手信号で誘導をしている場所が あったけど、特に被害は無いようでした。
家に帰ってニュースで震源地近くの状況をみて大阪の大震災を思い出し、津波の被害が大きいのでびっくりでした。
横浜でもかなりの被害が出ているようでした。
とにかく疲れた…。
こんな感じです。



とかで渋滞してたから、降りて御殿場から東名に入って帰って来ました。


