痴漢案内人
なんだか昔話の所為かは不確定ですが、
ランキング上がってたので調子乗ってもう一つ。
そんなに面白ネタはないんですがねぇ。(笑)
最近ジンバブエで男性が女性にレイプされたりとか
イケメン優男が電車で痴漢(痴女?)されただとか
何がしたいのって事件を見かけるようになりましたが。
いつの時代も頭のおかしい人はいるんですね。
やりたい気持ちはわからんでもないが、やる気持ちはわからん。
ということで、やられちゃった人の体験談行きたいと思います。
まーやられちゃったっつったってCではなくBぐらいでは?
当時私は保育園を卒園した直後だったので5歳ぐらいでしたし。
私は卒園直後、友人の家にお呼ばれしました。
が、この友人宅がえらい遠い!一駅分歩く程度ですが、
未だ幼児の私にはかなり遠いこと請け合い!
道も保育園で貰えるような適当な地図で分かる筈がありません。
当然の如く親に付き添いを頼んだら…
断られました/(^0^)\
後で聞いた話によるとこれは親の作戦で、
独り立ちを促す、いわば先人の谷に突き落とす作業だったとか。
母親が家で居るふりをして父親が私を尾行する形で付き添って
いく手はずだったようですが…
缶コーヒー飲んでる間に見失ったそうでwww
その空白の時間。私は迷子になってました。
とりあえず止まるのが嫌だったのでひたすら歩いてたら
マンション?アパート?から人が降りて来ました。
私は特に何も考えずぼけーっとその人をガン見しながら
通り過ぎようとした時にその人に話しかけられてしまいました。
今思えばなんでガン見したのか。
常に犯人の事言えない私が通ります。
どうしたか聞かれたので素直に迷ったことを明かしました。
そしたら道を教えてくれるというのでそれはありがたい!と、
普通に付いて行きました。(爆死)
知らない人について行っちゃ駄目だってば。
しかし当時は知らない人とすぐに友達になる嘘みたいな人間
だったのでその行動は特に珍しいことじゃなかったんです。
その人もちゃんとあの適当な地図を片手にちゃんと
探してくれてたので、100%悪い人じゃなかったです。
犯行も突発的なものと推測される言動そのものでした。
暫くして大通りに出るとその人は私を
適当なマンションの階段に連れ込みました。
そこで私にぱんつ脱げと言うのです。
脅されたわけでもなくお願い風だったので
当時頭の悪い私はいいよーと脱ぎました。馬鹿です。
その人もその人で、何故マンションを選んだのか。
階段なんつったら人通ったりしてあぼーんですよ。
もうその勇気を称えたい。俺にはできねぇ。
閑話休題。ぱんつ脱ぎました。
で、その人は私の×××を舐め始めました。
気持ちいいかどうかなど質問攻めにあったので
なんでそんなことされてるのかということに
頭が回らなかった私は普通に質問に答えてました。
まー、幼児の性感帯なんてあってねぇようなもんですから。
おお、そこ痒かったんだよねー程度ですよ。(笑)
その時、父親から電話が。
余談ですが私は今でも携帯持ってません。金がないからです。
しかしこの時は母親の携帯を借りていました。
その母親の携帯に父親から電話が来たというわけです。
今どこか聞かれたのですが
私は迷子真っ最中でどこかなんて知るかよってことで
「どっかのマンション」と答えました。
あー、この時の犯人の心中お察しします。(笑)
誰からか聞かれ父親だと答えればマンションから
即座に降りました。二人で。
そんでまた暫く歩いたところで二度目のお誘ひ。
それでも引っかかる脳味噌壊死状態の私。(爆)
しかし二度目ともなると疑問が生まれます。
こいつ何がしたいんだ?って嫌でも思います。
そこで当時としてはマセていた私はすぐに
その人の真意を突き止めますが、もう少し早く突き止めろと。
知識はあっても応用ができないいい例です。
そこですぐにやめてとか言って暴れなかった俺GJですよ。
大体犯人の気持ちになれば自ずと行動が決まってきます。
なるべく音沙汰なく犯行に及びたいと思うのが常です。
そも無計画なのに下手に殺しちゃったり誘拐しちゃったら
もう色んな意味で死ねます。捕まらないわけがない。
それなのに暴れられたらその場でバレることの方が
目先の恐怖といいますか恐いじゃないですか。
恐怖に囚われ思考回路は遮断して原因を抹殺…なんてことに
なりかねません。殺される幼児と生き残る幼児の違いは
静かにしてるかしてないかで決まると言っても過言ではありません。
ま、そこ私は天然だったんですけね。
何故か私はその人の真意を知ったことを隠したかったんですよ。
多分私としても穏便に済ませたかったからかもしれません。
友人との約束の時間も迫ってましたし、早く着きたいし。←
何よりも今日遊べなくなることが一番の不安でした。
遊び好きは今も昔も変わらないようです。
どーしようかなぁと思ってた矢先、再び父親からの電話。
ここぞと言わんばかりに携帯を取って何も知らない無垢な幼児を
装ってその人にも聞こえる声で居場所はわからんとこだと話ました。
そういえば一度も誰かと一緒だとか言わなかったかな。
後は演技力あるのみ。
もうさっきのことなど忘れてるかのように振る舞い、
目的地まで連れて行っていただきました。
その人の偉いのはちゃんと場所が合ってたことですね。
目的地に着いたところでその人とはお別れして穏便に終わりました。
よもや私が気付いていて、よもや今更その話を
ほじくり返されているなんて思いもしないでしょうな。(笑)
ちなみに尾行してた父親は私が教えるまでその事実を知りませんでしたw
私もちょっと残念なのですがその人の顔を覚えていなかったので
警察が来ても特に捜査できることもなく終わってしまいました。
ま、それでよかったのかもしれませんね。気の迷いってありますから。
これも余談ですが、その顔を聞かれた時に父親が自分の
友人の写真を取り出してきて、「こういう顔?」って
聞いて来たその顔がとても印象的であります。
つい、そんな気がしてそうだと言ってしまったのですが、
捕まっちゃってないだろうな…。(笑)
うちの父親と友人にならない方がよさそうです。
その日は友人宅で遊んで風呂入って父親と帰りました。
父親は迎えに来たとか言ってましたが早いと思った。
どうせ付いてくるなら一緒にいけばいいものを。
でも冒険って大切ですよね。
私は育ちが育ちなのと運がべらぼーいいので
特に問題なく済みましたが普通こうはいかんのではないだろうかw
とりあえず私の出来るアドバイスは
・知らない人に付いて行かない
・付いてっちゃったら騒がず大人しくしてる
・穏便に終わって安全確認をしたらすぐ通報
ぐらいですかね。
犯行に及ぶ人は大抵脳内幼児ですから幼児の方が
大人にならなければいけないのかもしれません。
大人な幼児を育てるには平和な庭で飼ってても駄目ですよ。
きっと。
長くなりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。
ランキング上がってたので調子乗ってもう一つ。
そんなに面白ネタはないんですがねぇ。(笑)
最近ジンバブエで男性が女性にレイプされたりとか
イケメン優男が電車で痴漢(痴女?)されただとか
何がしたいのって事件を見かけるようになりましたが。
いつの時代も頭のおかしい人はいるんですね。
やりたい気持ちはわからんでもないが、やる気持ちはわからん。
ということで、やられちゃった人の体験談行きたいと思います。
まーやられちゃったっつったってCではなくBぐらいでは?
当時私は保育園を卒園した直後だったので5歳ぐらいでしたし。
私は卒園直後、友人の家にお呼ばれしました。
が、この友人宅がえらい遠い!一駅分歩く程度ですが、
未だ幼児の私にはかなり遠いこと請け合い!
道も保育園で貰えるような適当な地図で分かる筈がありません。
当然の如く親に付き添いを頼んだら…
断られました/(^0^)\
後で聞いた話によるとこれは親の作戦で、
独り立ちを促す、いわば先人の谷に突き落とす作業だったとか。
母親が家で居るふりをして父親が私を尾行する形で付き添って
いく手はずだったようですが…
缶コーヒー飲んでる間に見失ったそうでwww
その空白の時間。私は迷子になってました。
とりあえず止まるのが嫌だったのでひたすら歩いてたら
マンション?アパート?から人が降りて来ました。
私は特に何も考えずぼけーっとその人をガン見しながら
通り過ぎようとした時にその人に話しかけられてしまいました。
今思えばなんでガン見したのか。
常に犯人の事言えない私が通ります。
どうしたか聞かれたので素直に迷ったことを明かしました。
そしたら道を教えてくれるというのでそれはありがたい!と、
普通に付いて行きました。(爆死)
知らない人について行っちゃ駄目だってば。
しかし当時は知らない人とすぐに友達になる嘘みたいな人間
だったのでその行動は特に珍しいことじゃなかったんです。
その人もちゃんとあの適当な地図を片手にちゃんと
探してくれてたので、100%悪い人じゃなかったです。
犯行も突発的なものと推測される言動そのものでした。
暫くして大通りに出るとその人は私を
適当なマンションの階段に連れ込みました。
そこで私にぱんつ脱げと言うのです。
脅されたわけでもなくお願い風だったので
当時頭の悪い私はいいよーと脱ぎました。馬鹿です。
その人もその人で、何故マンションを選んだのか。
階段なんつったら人通ったりしてあぼーんですよ。
もうその勇気を称えたい。俺にはできねぇ。
閑話休題。ぱんつ脱ぎました。
で、その人は私の×××を舐め始めました。
気持ちいいかどうかなど質問攻めにあったので
なんでそんなことされてるのかということに
頭が回らなかった私は普通に質問に答えてました。
まー、幼児の性感帯なんてあってねぇようなもんですから。
おお、そこ痒かったんだよねー程度ですよ。(笑)
その時、父親から電話が。
余談ですが私は今でも携帯持ってません。金がないからです。
しかしこの時は母親の携帯を借りていました。
その母親の携帯に父親から電話が来たというわけです。
今どこか聞かれたのですが
私は迷子真っ最中でどこかなんて知るかよってことで
「どっかのマンション」と答えました。
あー、この時の犯人の心中お察しします。(笑)
誰からか聞かれ父親だと答えればマンションから
即座に降りました。二人で。
そんでまた暫く歩いたところで二度目のお誘ひ。
それでも引っかかる脳味噌壊死状態の私。(爆)
しかし二度目ともなると疑問が生まれます。
こいつ何がしたいんだ?って嫌でも思います。
そこで当時としてはマセていた私はすぐに
その人の真意を突き止めますが、もう少し早く突き止めろと。
知識はあっても応用ができないいい例です。
そこですぐにやめてとか言って暴れなかった俺GJですよ。
大体犯人の気持ちになれば自ずと行動が決まってきます。
なるべく音沙汰なく犯行に及びたいと思うのが常です。
そも無計画なのに下手に殺しちゃったり誘拐しちゃったら
もう色んな意味で死ねます。捕まらないわけがない。
それなのに暴れられたらその場でバレることの方が
目先の恐怖といいますか恐いじゃないですか。
恐怖に囚われ思考回路は遮断して原因を抹殺…なんてことに
なりかねません。殺される幼児と生き残る幼児の違いは
静かにしてるかしてないかで決まると言っても過言ではありません。
ま、そこ私は天然だったんですけね。
何故か私はその人の真意を知ったことを隠したかったんですよ。
多分私としても穏便に済ませたかったからかもしれません。
友人との約束の時間も迫ってましたし、早く着きたいし。←
何よりも今日遊べなくなることが一番の不安でした。
遊び好きは今も昔も変わらないようです。
どーしようかなぁと思ってた矢先、再び父親からの電話。
ここぞと言わんばかりに携帯を取って何も知らない無垢な幼児を
装ってその人にも聞こえる声で居場所はわからんとこだと話ました。
そういえば一度も誰かと一緒だとか言わなかったかな。
後は演技力あるのみ。
もうさっきのことなど忘れてるかのように振る舞い、
目的地まで連れて行っていただきました。
その人の偉いのはちゃんと場所が合ってたことですね。
目的地に着いたところでその人とはお別れして穏便に終わりました。
よもや私が気付いていて、よもや今更その話を
ほじくり返されているなんて思いもしないでしょうな。(笑)
ちなみに尾行してた父親は私が教えるまでその事実を知りませんでしたw
私もちょっと残念なのですがその人の顔を覚えていなかったので
警察が来ても特に捜査できることもなく終わってしまいました。
ま、それでよかったのかもしれませんね。気の迷いってありますから。
これも余談ですが、その顔を聞かれた時に父親が自分の
友人の写真を取り出してきて、「こういう顔?」って
聞いて来たその顔がとても印象的であります。
つい、そんな気がしてそうだと言ってしまったのですが、
捕まっちゃってないだろうな…。(笑)
うちの父親と友人にならない方がよさそうです。
その日は友人宅で遊んで風呂入って父親と帰りました。
父親は迎えに来たとか言ってましたが早いと思った。
どうせ付いてくるなら一緒にいけばいいものを。
でも冒険って大切ですよね。
私は育ちが育ちなのと運がべらぼーいいので
特に問題なく済みましたが普通こうはいかんのではないだろうかw
とりあえず私の出来るアドバイスは
・知らない人に付いて行かない
・付いてっちゃったら騒がず大人しくしてる
・穏便に終わって安全確認をしたらすぐ通報
ぐらいですかね。
犯行に及ぶ人は大抵脳内幼児ですから幼児の方が
大人にならなければいけないのかもしれません。
大人な幼児を育てるには平和な庭で飼ってても駄目ですよ。
きっと。
長くなりましたが、最後まで読んで下さりありがとうございました。
委託所疎覚日記 "弐"
ハイ、どうもこんばんは肉です。
この記事は委託所疎覚日記 "壱"の続きとなります。
読んでも読まなくてもどちらにせよつまらん昔話です。
記憶も曖昧なので信憑性も薄いです。
いつものよーにだらだら~っと進行します。
えー、前回は委託所の説明をたらたらしました。
以下からは委託所での暮らしをたらたら語ります。
といっても覚えてることなんて少ないんですけどね。(笑)
なんせ一週間を一日だと思ってたわけですから。
とりあえず覚えてるつなぎ合わせの一日の風景をば。
朝起きてご飯を食べるっていう普通のことが起きてる…
筈だと思いたいのですがまったく記憶がございません。
私の記憶は午前様か午後のお昼の自由時間のこと。
私の行った委託所では子供にランクがついていまして、
それが年齢だったか入ってからの年期だったかは
忘れてしまいましたが、とにかく偉い偉くないがありました。
まぁ、大人が勝手に付けてる信憑性をランクにしたものだと
思うのですが、そのランクが一定以上でないと外遊びはできません。
つまりランクが低い子供は暗い部屋の窓から外で遊ぶ子供たちを
眺めることがその時間の楽しみ方です。
私は入ったばっかりだったので当然ランクは低く、
外になんぞ一度も出たことはありません。
ランクが上の子たちは申し訳なさ半分嬉しさ半分で外に行き、
水を得た魚のように外遊びに励みます。
そんな彼らでも外遊びの時間は決まっていて、正確ではありませんが、
1時間かそこらの非常に短い時間だったように思います。
見ている方は見ている方で羨ましいという気持ちは少なく、
ランクが上の子たちが外で遊んで楽しんでいるのを見るのが
楽しみとでもいったような感じに見ているといったところでしょうか。
なんかあそこに居ると人の笑顔が嬉しくなるんですよ不思議に。
まぁ、実際子供たちは悪くないわけだから羨んでもしょうがない。
外遊びの子供たちが帰ってきたら3時のお八つです。
私はご飯の記憶を一切失ってしまっているので分かりません。
無かったとは思わないんですけどね…死ぬし。
ただお八つの時間、すっごく腹が減っていたことは確か。
多分全体的に少なかったんでしょうね。衝撃的ではないみたいですが。
お八つが確かかなり衝撃的で覚えています。
一応保育園生活もしてた訳ですからお八つに肥えていたのでしょう。
この委託所のお八つで覚えているのは確か
アポロチョコ(ブルーベリー)一箱とプリッツ(サラダ)一袋、
ポッキー(チョコかブルーベリー)一袋と…まだなんかあったような。
えー、それを人数で割ります。
一人分は確かアポロチョコ2、3粒とプリッツポッキーが1、2本ずつ。
とりあえず正直な感想は「少なッ!!」です。口に出しました。
そしたらみんなが一斉に私にお八つの少しをくれるんですよ。
……当時の馬鹿ちんはちょっと喜びましたがすみません馬鹿なんです。
もーお前らポッキー一本でもくれたらなくなるだろお前の!って状況。
あの自己犠牲愛はどっから生まれてしまったのか少々不安です。
なんて慈悲深い子供たちなんだろう。申し訳ない。
お八つは美味しかったです。綺麗に食べました。美味しかったです。
アポロチョコが一箱48gで35粒程度なようなので11人ぐらい
居る計算になりますね。そんぐらいいたかな。
その時、なんでかは覚えてませんがちょっと涙ぐみました。
お八つが少ないからなのか、あまりにも美味かったからなのか、
それとも子供たちの慈悲心に感化されたのか?
単にホームシック…はないか。それはないな。うん、なかった。
夜か夕方か曖昧ですが(なんせ部屋がずっと暗いもんですし、
ずっと窓の外を見ていると怒られましたから)みんなでビデオ鑑賞。
多分『日本むかし話』をみたんだと思います。
これも例の如くEDの『にんげんっていいな』しか覚えてなくて、
(しかも何度もリピートして見た記憶が…一週間立て続けか?w)
今でもその歌はフルで歌えます。(笑)
見る時は何故かみんな起立の姿勢で立ち見です。
何故座らずに見たのかは覚えてません。
暗闇の中、テレビから『にんげんっていいな』が流れているのを
息を止めてじっと見つめていました。オレンジが眩しかったです。
余談ですが、私自身は委託所について知識はありません。
私のいた委託所は一時的に親が子供を保持できなくなった時に
放り込まれる一時的な孤児の集まりらしいです。
他がどうか、軽いか重いかも知りませんが、そんなとこでした。
そこで見る『にんげんっていいな』はなんか不思議で、
どちらかというと自分たちは人間ではないような気分でしたね。
それか…「動物共は俺たちより辛いのか俺は幸せだ」とか。(笑)
なんというかすごく真剣にそのEDを見つめていました。
夜は洋室の方に煎餅布団を引き詰めてみんなで雑魚寝です。
私は一番隅のところで寝ました。
何故かその時、部屋の角の暗闇からケンシロウが
迫り狂うドナルドに耐えられるかよろしく近づいて来るような
変な恐怖に襲われたのを覚えています。
当時の私でも流石に自分で自分を笑ってしまいましたが、
何故かやたら怖いその妄想は止まらず、壁の方を見ないように
して寝た記憶があります。
その時はニコ動なんて知らないんですがねぇwなんででしょうw
しかもなんでケンシロウwww
私がケンシロウを知ったのは小学2~3年頃に激打2でだと思います。
しかし学童の頃は既に両親も再婚しているので計算が合いませんねー。
何故私はその時、ケンシロウを…というかどこで知ったwww
閑話休題。
まぁ、そんなこんなで覚えてる記憶はそこぐらいですかね。
ある雨の日、いきなり親が来てると先生に言われて(そういえば
先生たちには何故か先生と呼ぶなと言われていたような…?)
すっかり子供たちと仲良くなってた私は「うちのババアだw」と
ちょいワルな発言をしていました。うははマジKYwww
でも何故かウケてたなーそんで私も調子乗って言いまくってたし。
しかし迎えに来たのは親父さんでした。反応に困った確か。
後で聞く話によると何度か母親が引き取りに来ていたそうですが、
何故か親権をなくしていたようで唯一親権の持ち主である親父が
どっかのイラン人たちとマリ○。ナ吸っているところを
俺を預けた一週間後に発見したようでそうなったみたいです。
しかも引き取る時に色々変なテストをしたとかなんとか。(笑)
色盲テストとか何故にっていうw親父も適当な人間なので嘘かも
しれませんが、まあなんらかしらはするんでしょうね。
書類書くのも大変で引き取るのが遅れたみたいです。
まー私は一週間で済んでよかったですが、他の子はどうなったか
今思えばなんとも心苦しいことばかりです。
私ももう少し馬鹿な言動を抑えればよかったものの…。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
あの子たちが無事に幸せな毎日を送ってることを心から願います。
そんなこんなで私の委託所生活は終わりを告げたのでした。
うーん、当時としても出るのはちょっと嬉しかったかなー。
普通にめげますね。物理的に暗いし自由ないしお腹減るし。
委託所の子供たちは一時的な孤児ですからね。
親の居る子や完全な孤児とはまた別な感じです。
善いも悪くもただ何かを呆然と待つような暮らしでした。
進む事も引く事もない。ただ、何かを待っているところでした。
本当に、あんなところは一時的が吉です。
待ち合わせ、相手が来なかったら帰ってしまえばいいです。
帰れない状況なんてまったくお勧めしません。
ちなみに親父のマリ○。ナですがもうとっくの昔に金がないのと
売人のイラン人たちがパクられたということもあり止めています。
ぶっちゃ毛マリ○。ナより煙草の方が身体依存は強いので
そっち止められても煙草は止められないみたいですね。(笑)
ちょっと後半長くなりましたが切るとこなくて。(汗)
偶にまた長々くどくどなんか垂れ流すと思いますが、
聞き流してやってくれると嬉しいですハイ。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
この記事は委託所疎覚日記 "壱"の続きとなります。
読んでも読まなくてもどちらにせよつまらん昔話です。
記憶も曖昧なので信憑性も薄いです。
いつものよーにだらだら~っと進行します。
えー、前回は委託所の説明をたらたらしました。
以下からは委託所での暮らしをたらたら語ります。
といっても覚えてることなんて少ないんですけどね。(笑)
なんせ一週間を一日だと思ってたわけですから。
とりあえず覚えてるつなぎ合わせの一日の風景をば。
朝起きてご飯を食べるっていう普通のことが起きてる…
筈だと思いたいのですがまったく記憶がございません。
私の記憶は午前様か午後のお昼の自由時間のこと。
私の行った委託所では子供にランクがついていまして、
それが年齢だったか入ってからの年期だったかは
忘れてしまいましたが、とにかく偉い偉くないがありました。
まぁ、大人が勝手に付けてる信憑性をランクにしたものだと
思うのですが、そのランクが一定以上でないと外遊びはできません。
つまりランクが低い子供は暗い部屋の窓から外で遊ぶ子供たちを
眺めることがその時間の楽しみ方です。
私は入ったばっかりだったので当然ランクは低く、
外になんぞ一度も出たことはありません。
ランクが上の子たちは申し訳なさ半分嬉しさ半分で外に行き、
水を得た魚のように外遊びに励みます。
そんな彼らでも外遊びの時間は決まっていて、正確ではありませんが、
1時間かそこらの非常に短い時間だったように思います。
見ている方は見ている方で羨ましいという気持ちは少なく、
ランクが上の子たちが外で遊んで楽しんでいるのを見るのが
楽しみとでもいったような感じに見ているといったところでしょうか。
なんかあそこに居ると人の笑顔が嬉しくなるんですよ不思議に。
まぁ、実際子供たちは悪くないわけだから羨んでもしょうがない。
外遊びの子供たちが帰ってきたら3時のお八つです。
私はご飯の記憶を一切失ってしまっているので分かりません。
無かったとは思わないんですけどね…死ぬし。
ただお八つの時間、すっごく腹が減っていたことは確か。
多分全体的に少なかったんでしょうね。衝撃的ではないみたいですが。
お八つが確かかなり衝撃的で覚えています。
一応保育園生活もしてた訳ですからお八つに肥えていたのでしょう。
この委託所のお八つで覚えているのは確か
アポロチョコ(ブルーベリー)一箱とプリッツ(サラダ)一袋、
ポッキー(チョコかブルーベリー)一袋と…まだなんかあったような。
えー、それを人数で割ります。
一人分は確かアポロチョコ2、3粒とプリッツポッキーが1、2本ずつ。
とりあえず正直な感想は「少なッ!!」です。口に出しました。
そしたらみんなが一斉に私にお八つの少しをくれるんですよ。
……当時の馬鹿ちんはちょっと喜びましたがすみません馬鹿なんです。
もーお前らポッキー一本でもくれたらなくなるだろお前の!って状況。
あの自己犠牲愛はどっから生まれてしまったのか少々不安です。
なんて慈悲深い子供たちなんだろう。申し訳ない。
お八つは美味しかったです。綺麗に食べました。美味しかったです。
アポロチョコが一箱48gで35粒程度なようなので11人ぐらい
居る計算になりますね。そんぐらいいたかな。
その時、なんでかは覚えてませんがちょっと涙ぐみました。
お八つが少ないからなのか、あまりにも美味かったからなのか、
それとも子供たちの慈悲心に感化されたのか?
単にホームシック…はないか。それはないな。うん、なかった。
夜か夕方か曖昧ですが(なんせ部屋がずっと暗いもんですし、
ずっと窓の外を見ていると怒られましたから)みんなでビデオ鑑賞。
多分『日本むかし話』をみたんだと思います。
これも例の如くEDの『にんげんっていいな』しか覚えてなくて、
(しかも何度もリピートして見た記憶が…一週間立て続けか?w)
今でもその歌はフルで歌えます。(笑)
見る時は何故かみんな起立の姿勢で立ち見です。
何故座らずに見たのかは覚えてません。
暗闇の中、テレビから『にんげんっていいな』が流れているのを
息を止めてじっと見つめていました。オレンジが眩しかったです。
余談ですが、私自身は委託所について知識はありません。
私のいた委託所は一時的に親が子供を保持できなくなった時に
放り込まれる一時的な孤児の集まりらしいです。
他がどうか、軽いか重いかも知りませんが、そんなとこでした。
そこで見る『にんげんっていいな』はなんか不思議で、
どちらかというと自分たちは人間ではないような気分でしたね。
それか…「動物共は俺たちより辛いのか俺は幸せだ」とか。(笑)
なんというかすごく真剣にそのEDを見つめていました。
夜は洋室の方に煎餅布団を引き詰めてみんなで雑魚寝です。
私は一番隅のところで寝ました。
何故かその時、部屋の角の暗闇からケンシロウが
迫り狂うドナルドに耐えられるかよろしく近づいて来るような
変な恐怖に襲われたのを覚えています。
当時の私でも流石に自分で自分を笑ってしまいましたが、
何故かやたら怖いその妄想は止まらず、壁の方を見ないように
して寝た記憶があります。
その時はニコ動なんて知らないんですがねぇwなんででしょうw
しかもなんでケンシロウwww
私がケンシロウを知ったのは小学2~3年頃に激打2でだと思います。
しかし学童の頃は既に両親も再婚しているので計算が合いませんねー。
何故私はその時、ケンシロウを…というかどこで知ったwww
閑話休題。
まぁ、そんなこんなで覚えてる記憶はそこぐらいですかね。
ある雨の日、いきなり親が来てると先生に言われて(そういえば
先生たちには何故か先生と呼ぶなと言われていたような…?)
すっかり子供たちと仲良くなってた私は「うちのババアだw」と
ちょいワルな発言をしていました。うははマジKYwww
でも何故かウケてたなーそんで私も調子乗って言いまくってたし。
しかし迎えに来たのは親父さんでした。反応に困った確か。
後で聞く話によると何度か母親が引き取りに来ていたそうですが、
何故か親権をなくしていたようで唯一親権の持ち主である親父が
どっかのイラン人たちとマリ○。ナ吸っているところを
俺を預けた一週間後に発見したようでそうなったみたいです。
しかも引き取る時に色々変なテストをしたとかなんとか。(笑)
色盲テストとか何故にっていうw親父も適当な人間なので嘘かも
しれませんが、まあなんらかしらはするんでしょうね。
書類書くのも大変で引き取るのが遅れたみたいです。
まー私は一週間で済んでよかったですが、他の子はどうなったか
今思えばなんとも心苦しいことばかりです。
私ももう少し馬鹿な言動を抑えればよかったものの…。
申し訳ない気持ちでいっぱいです。
あの子たちが無事に幸せな毎日を送ってることを心から願います。
そんなこんなで私の委託所生活は終わりを告げたのでした。
うーん、当時としても出るのはちょっと嬉しかったかなー。
普通にめげますね。物理的に暗いし自由ないしお腹減るし。
委託所の子供たちは一時的な孤児ですからね。
親の居る子や完全な孤児とはまた別な感じです。
善いも悪くもただ何かを呆然と待つような暮らしでした。
進む事も引く事もない。ただ、何かを待っているところでした。
本当に、あんなところは一時的が吉です。
待ち合わせ、相手が来なかったら帰ってしまえばいいです。
帰れない状況なんてまったくお勧めしません。
ちなみに親父のマリ○。ナですがもうとっくの昔に金がないのと
売人のイラン人たちがパクられたということもあり止めています。
ぶっちゃ毛マリ○。ナより煙草の方が身体依存は強いので
そっち止められても煙草は止められないみたいですね。(笑)
ちょっと後半長くなりましたが切るとこなくて。(汗)
偶にまた長々くどくどなんか垂れ流すと思いますが、
聞き流してやってくれると嬉しいですハイ。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
委託所疎覚日記 "壱"
特に面白い人生は歩んでないけど話したがりの肉ですこんばんは。
そういやちゃんと昔話とか今までしたことないなと思い、
どーせ掃き溜めなのだからと思ってカテゴリー設けてみました。
目新しいことはないと思いますがいつも通りだらだら垂れ流します。
記念すべき第1回目の記事はなんか委託所の思い出です。
委託所って言うの?よくわからないんですけど。
一時保育みたいなのとは違います。
私は一週間ぐらい(自分は1日だと思ってたんですがw)
親がいない状態でした。親に何かあったわけではないから
なんてことはないんですけどね。
もー記憶も断片的でかなり昔のことですが…。
そうですね…保育園の年少か年中あたりですかね。
3か4歳ぐらいなんじゃないですかねきっと。
私が行った委託所は目の前に道路が、結構大きかったかな、あって。
乗用車が3、4台が道路と垂直に並んで入れるぐらいのスペースが
目の前にある二階建ての見た目は民家みたいなところでした。
二階には窓が1つ?何個かついてましたが人がいる昼間なのに
深緑色の遮光カーテンがかかってるのが印象的でした。
時々その隙間から目がちらちらこちらを見たりして。
最初預けられる時は母親が私を連れてきました。
私は当時、今と比べ物にならないほど楽観主義者で、
預けられるとか言われても「ふーん」ぐらいだったかなと。
………ぶっちゃ毛心境の記憶はないんですけどね。(笑)
1階は殆ど覚えてませんが2階に確か子供たちの部屋が設けてあり、
一つの大きな部屋に歳も性別も疎らな子供が5人以上はいたかな?
自分よりも随分大きいと思ったのが3人ぐらいだったと思います。
遮光カーテン閉めてるので昼間でも部屋は随分暗いのですが、
先生たちがいるところと通路以外は電気がついてません。
というか基本的に夜でもついてません。何故かは知らん。
節電なのかもしれませんね。儲かるもんでもなさそうですし。
大きい部屋は半分高台の和室になっていて真ん中に大きめの
ちゃぶ台が置いてあり、奥には本棚があったかなかったか。
もう半分の洋室の方は和室の対面にテレビとビデオが置いてあって
ぬいぐるみとかもあったのかな?よく思い出せませんが。
テレビの前には長方形の軽い感じのテーブルが置いてありました。
先生は確か2人ぐらいでエプロンしてたか…ピンクらへんの。
どっちもわぁ若い!美人!って感じではない。悪いが。
というか全体的に疲れてる顔をしていた。暗いからか?
そんで優しいという言葉は似つかわしい口調と声調。
よくは覚えてませんがあまり好きにはなれなかった気がします。
………しかし嫌いとも思わなかったな。好きになれんと思った。
子供たちは無駄に慈悲の心を持った素晴らしい子たちばかりでした。
当時の馬鹿たれだった私をよくあそこまで温かい目で見れたもんだ。
こっちが後々罪悪感に苛まれるほどマリアイエスの集いでした。(笑)
それで一週間。そこで暮らしたみたいですが、
ちょーっと長くなってしまったのでここらで切ります。
次の記事で暮らしっぷりをまただらだら垂れ流します。
記憶が曖昧なので間違ってるかもしれないから聞き流せばいいです。
ただ覚えてることとそれに対する推測、後から聞いた話を
織り交ぜつつ進行させていくかんじです。
途中ですが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
そういやちゃんと昔話とか今までしたことないなと思い、
どーせ掃き溜めなのだからと思ってカテゴリー設けてみました。
目新しいことはないと思いますがいつも通りだらだら垂れ流します。
記念すべき第1回目の記事はなんか委託所の思い出です。
委託所って言うの?よくわからないんですけど。
一時保育みたいなのとは違います。
私は一週間ぐらい(自分は1日だと思ってたんですがw)
親がいない状態でした。親に何かあったわけではないから
なんてことはないんですけどね。
もー記憶も断片的でかなり昔のことですが…。
そうですね…保育園の年少か年中あたりですかね。
3か4歳ぐらいなんじゃないですかねきっと。
私が行った委託所は目の前に道路が、結構大きかったかな、あって。
乗用車が3、4台が道路と垂直に並んで入れるぐらいのスペースが
目の前にある二階建ての見た目は民家みたいなところでした。
二階には窓が1つ?何個かついてましたが人がいる昼間なのに
深緑色の遮光カーテンがかかってるのが印象的でした。
時々その隙間から目がちらちらこちらを見たりして。
最初預けられる時は母親が私を連れてきました。
私は当時、今と比べ物にならないほど楽観主義者で、
預けられるとか言われても「ふーん」ぐらいだったかなと。
………ぶっちゃ毛心境の記憶はないんですけどね。(笑)
1階は殆ど覚えてませんが2階に確か子供たちの部屋が設けてあり、
一つの大きな部屋に歳も性別も疎らな子供が5人以上はいたかな?
自分よりも随分大きいと思ったのが3人ぐらいだったと思います。
遮光カーテン閉めてるので昼間でも部屋は随分暗いのですが、
先生たちがいるところと通路以外は電気がついてません。
というか基本的に夜でもついてません。何故かは知らん。
節電なのかもしれませんね。儲かるもんでもなさそうですし。
大きい部屋は半分高台の和室になっていて真ん中に大きめの
ちゃぶ台が置いてあり、奥には本棚があったかなかったか。
もう半分の洋室の方は和室の対面にテレビとビデオが置いてあって
ぬいぐるみとかもあったのかな?よく思い出せませんが。
テレビの前には長方形の軽い感じのテーブルが置いてありました。
先生は確か2人ぐらいでエプロンしてたか…ピンクらへんの。
どっちもわぁ若い!美人!って感じではない。悪いが。
というか全体的に疲れてる顔をしていた。暗いからか?
そんで優しいという言葉は似つかわしい口調と声調。
よくは覚えてませんがあまり好きにはなれなかった気がします。
………しかし嫌いとも思わなかったな。好きになれんと思った。
子供たちは無駄に慈悲の心を持った素晴らしい子たちばかりでした。
当時の馬鹿たれだった私をよくあそこまで温かい目で見れたもんだ。
こっちが後々罪悪感に苛まれるほどマリアイエスの集いでした。(笑)
それで一週間。そこで暮らしたみたいですが、
ちょーっと長くなってしまったのでここらで切ります。
次の記事で暮らしっぷりをまただらだら垂れ流します。
記憶が曖昧なので間違ってるかもしれないから聞き流せばいいです。
ただ覚えてることとそれに対する推測、後から聞いた話を
織り交ぜつつ進行させていくかんじです。
途中ですが、ここまで読んで下さりありがとうございました。
パトロンさんなんて嫌いだ。
風呂が死ぬ程嫌いなのに風呂中に電話とかマジKY。
と思ったら我が家のパトロンさんでした。
家の親父が40越えても親離れ出来てないので
(逆に言えば祖父母が70過ぎても子離れ出来てないw)
我が家の収入の半分以上は祖父母が支援してくれています。
あぁ、しかもパトロンさんを煽てる仕事は親父じゃなくて
俺なんだな何故か。まぁ、俺が一番貰ってるからな。(学費的な意味で)
爺様からそろそろ定期切れるだろーって話でして、
確かに明日切れるので値段言わされて終わり…
というわけがないんだなこら。
婆様が今度出てきて「交通費ぐらい頼るな」と言われました。
……いや、僕は何も言っていないといいますか……。
私から催促した覚えはないし、バスの定期なんてとっくに切れてんだから
ずっと自腹で払ってきたし、まあそのお金だって出所お年玉ですがね。
感謝してない訳じゃない。むしろしてもしてもし足りないぐらいだと思う。
だから苦手な会話も付き合えるし、家事だってバリバリやるし
文句だって言わずに難しいならくれなくていいって言ってるのに。
むしろ金押し付けてきてる感じ。だったらいらんと言いたい。
しかし私だって一人の人間ですからしてもんで。
食わなきゃ死ぬし苦しいし水飲まなきゃ死ぬし苦しいし
社会的に転がっててもみんなで死ぬし苦しいし。
死ぬのも苦しいのも嫌ですよ。
物理的にバイトが困難な今だから余計金もないし
そんな人の前で財布出したらそりゃ、ちょっと黙っちゃいます。
ちょっと欲しいと思わない人は気持ち悪いです。
それに対して怒られたならなんかもうごめんなさいね。
親バカってのは自分の子供は可愛いもんだから怒れなくて
その矛先を向けやすいのが孫あたりだと思うんですよね。
親がグータラなのは俺の所為ではないと思うのだが…
というか、そういう誰の所為とかもうどうだっていいが。
だから俺を責められても困る。どうすりゃいいの。
親が金持って来ない割にセレブなのって俺の所為じゃない。
逆に俺が駄目人間鬱野郎なのも親の所為じゃない。
一度も誰かの所為なんて考えたことはない。
むしろ責任どうとかもうそんなのばっか馬鹿みたいで疲れる。
誰が悪い誰が善いとかもうどうだってよくないか?
そんな電話を置きながらダイニングで大の字でいびきかいてる
親を見るとそれだけで殺意が湧いて来る。いきなり地盤沈下起きろ。
つーかもう俺が死にたいよ。親死んだって変わんねぇもん。
死ねなくてもいいから誰も知らないところに行きたい。
家族なんて俺にプラスになる要素はなにもなかった。
自分の持ち物なんて殆ど自分の金で買ったし。
子供というよりはペットみたいな感じだったし。
余談ですが俺の記憶のないような頃の写真に
裸で首輪な写真があってなんだこのSMwwwと思ったwww
床で飯食うの当たり前だと思ってたしなー。
ちなみに犬用のガムはなんとも言えない無味。
閑話休題。
それでも育ててもらった事だけは感謝してるからいい。
早く金持ちになりたい。
今までの借り全部返して、さっさとおさらばしたい。
パトロン対応も親の教育も家計管理もなんもかんも。
もーやりたくねぇんだよ!!
形に縛られる様な家庭でもいい。
子供っぽいことしてぇ。
と思ったら我が家のパトロンさんでした。
家の親父が40越えても親離れ出来てないので
(逆に言えば祖父母が70過ぎても子離れ出来てないw)
我が家の収入の半分以上は祖父母が支援してくれています。
あぁ、しかもパトロンさんを煽てる仕事は親父じゃなくて
俺なんだな何故か。まぁ、俺が一番貰ってるからな。(学費的な意味で)
爺様からそろそろ定期切れるだろーって話でして、
確かに明日切れるので値段言わされて終わり…
というわけがないんだなこら。
婆様が今度出てきて「交通費ぐらい頼るな」と言われました。
……いや、僕は何も言っていないといいますか……。
私から催促した覚えはないし、バスの定期なんてとっくに切れてんだから
ずっと自腹で払ってきたし、まあそのお金だって出所お年玉ですがね。
感謝してない訳じゃない。むしろしてもしてもし足りないぐらいだと思う。
だから苦手な会話も付き合えるし、家事だってバリバリやるし
文句だって言わずに難しいならくれなくていいって言ってるのに。
むしろ金押し付けてきてる感じ。だったらいらんと言いたい。
しかし私だって一人の人間ですからしてもんで。
食わなきゃ死ぬし苦しいし水飲まなきゃ死ぬし苦しいし
社会的に転がっててもみんなで死ぬし苦しいし。
死ぬのも苦しいのも嫌ですよ。
物理的にバイトが困難な今だから余計金もないし
そんな人の前で財布出したらそりゃ、ちょっと黙っちゃいます。
ちょっと欲しいと思わない人は気持ち悪いです。
それに対して怒られたならなんかもうごめんなさいね。
親バカってのは自分の子供は可愛いもんだから怒れなくて
その矛先を向けやすいのが孫あたりだと思うんですよね。
親がグータラなのは俺の所為ではないと思うのだが…
というか、そういう誰の所為とかもうどうだっていいが。
だから俺を責められても困る。どうすりゃいいの。
親が金持って来ない割にセレブなのって俺の所為じゃない。
逆に俺が駄目人間鬱野郎なのも親の所為じゃない。
一度も誰かの所為なんて考えたことはない。
むしろ責任どうとかもうそんなのばっか馬鹿みたいで疲れる。
誰が悪い誰が善いとかもうどうだってよくないか?
そんな電話を置きながらダイニングで大の字でいびきかいてる
親を見るとそれだけで殺意が湧いて来る。いきなり地盤沈下起きろ。
つーかもう俺が死にたいよ。親死んだって変わんねぇもん。
死ねなくてもいいから誰も知らないところに行きたい。
家族なんて俺にプラスになる要素はなにもなかった。
自分の持ち物なんて殆ど自分の金で買ったし。
子供というよりはペットみたいな感じだったし。
余談ですが俺の記憶のないような頃の写真に
裸で首輪な写真があってなんだこのSMwwwと思ったwww
床で飯食うの当たり前だと思ってたしなー。
ちなみに犬用のガムはなんとも言えない無味。
閑話休題。
それでも育ててもらった事だけは感謝してるからいい。
早く金持ちになりたい。
今までの借り全部返して、さっさとおさらばしたい。
パトロン対応も親の教育も家計管理もなんもかんも。
もーやりたくねぇんだよ!!
形に縛られる様な家庭でもいい。
子供っぽいことしてぇ。
気持ちなんて無い方が暖かいのかもしれない。
人間の心理描写が嫌いだ。
善いも悪いも人間の心が嫌い。怖い。見えなくなればいい。
暖かいものもあるし冷たいものもあるしそれは多種多様で
すべてが面白いとは思う。素敵だと思う。
でも今の俺は全部が気持ちの悪いものに見える。
正確には意味なく気分が悪くなる。何も悪い事はないのは知ってる。
誰も悪くないし俺だって何も嫌だとか思ってないのに
なんか知らんが凄い気分が悪くなる。支離滅裂なのも分かる。
もうなんかよくわかんないし面倒臭い。
ただ俺のPCが暖かくて、冷蔵庫が牛乳冷やしててくれて、
やかんが水を溜めてくれて、ガスコンロがお湯を沸かしてくれて、
マグカップが茶を包んでくれるだけで十分。
紙とペンが傍について居てくれるだけで十分。
椅子が俺を支えてくれるだけで十分なんだ。
もの言わないつまらない主張がないものが今一番愛おしい。
俺自身がまったくつまらないものだけど
そんなこと関係ないお前らが本当に好きなんだ。愛してる。
対物愛者って訳じゃ…ないとは思うんだけどね。
でも現代のヲタクとか腐女子とか呼ばれる人たちって
大抵が両性愛の対物愛だと思う。そんで鬱。(笑)
善いも悪いも人間の心が嫌い。怖い。見えなくなればいい。
暖かいものもあるし冷たいものもあるしそれは多種多様で
すべてが面白いとは思う。素敵だと思う。
でも今の俺は全部が気持ちの悪いものに見える。
正確には意味なく気分が悪くなる。何も悪い事はないのは知ってる。
誰も悪くないし俺だって何も嫌だとか思ってないのに
なんか知らんが凄い気分が悪くなる。支離滅裂なのも分かる。
もうなんかよくわかんないし面倒臭い。
ただ俺のPCが暖かくて、冷蔵庫が牛乳冷やしててくれて、
やかんが水を溜めてくれて、ガスコンロがお湯を沸かしてくれて、
マグカップが茶を包んでくれるだけで十分。
紙とペンが傍について居てくれるだけで十分。
椅子が俺を支えてくれるだけで十分なんだ。
もの言わないつまらない主張がないものが今一番愛おしい。
俺自身がまったくつまらないものだけど
そんなこと関係ないお前らが本当に好きなんだ。愛してる。
対物愛者って訳じゃ…ないとは思うんだけどね。
でも現代のヲタクとか腐女子とか呼ばれる人たちって
大抵が両性愛の対物愛だと思う。そんで鬱。(笑)