20歳を過ぎた頃、実家を出て1人暮らしをした。

当時アニメーターを生業としていて、八王子では何かと不便な為小金井に引越しをした。

中央線沿線のその2階建てのアパートは、国分寺と武蔵小金井のちょうど中間地点にあり、2階の窓から下を覗くと中央線の車両が屋根を見せて走り過ぎて行くのが確認できる距離にあった。

線路の反対側には東京経済大学が見え、朝夕は学生の姿が絶えず見えたそんな場所であった。

当時仲間内で一人暮らししている仲間は何故か俺だけだったようで、週末問わず必ず誰かしら遊びに来てた、いわゆる「溜まり場」となっていた。

そんな俺の仕事場兼住まいの2kに「鶴太郎」がやってきた。


生後1ヶ月かそこらの白黒のブチの猫は、小学校からの悪友に抱かれながら我が家にやってきた。

悪友Tは既にその子に名前をつけていて「鶴太郎って言うんだ宜しくな!」と言いながら俺に渡し、去っていった・・・


ここはペット禁止のアパートだぞ?

どうすりゃいいんだ!


と思いつつも鶴太郎を見てると、仕方ないナァドキドキと思いながら、餌とトイレを買いに行く俺であった。


続く

この話を書くのに時間がかなり掛かってしまいました。

2代目タマの最終話になるので、どうしても文にまとめるのが辛くて中々書けませんでした。

もう何十年も前のことなのに、いざ書こうとすると筆が進みません・・・

まとまらないのです。

なので、文章はぐたぐたになると思いますが、ただただあの時の出来事を書いてみます。



それは


ある冬の日、突然起きました


保育園から帰ってくると、台所の寝場所にタマが寝てました。


いつもなら母が夕飯の支度をしてる時間に寝てるなんて事が無かったタマが、横たわっています。

どうしたの?と聞くと、タマ・・・病気になったのよ・・・と、囁く母。

タマの横には恐らく獣医から処方されたであろう薬が置いてあった。

なぜ?いつから?俺にはいつからタマが病気になったのか記憶が無い。

こうなるまでには前兆があったはずなのに、苦しそうに横たわるタマの記憶しかない。

それは多分、俺に余り懐かないタマを見てなかったからだと、今にして思う。


弱々しい、時折手足を痙攣させるタマは、いつもの強さが無かった。

そっと近寄ると顔を少しだけ上げて、にゃ~・・・と鳴いた。

俺は出来るだけ優しくタマの頭と体をなでた。

思ったより小さい体、あの強気なタマはそこにはいなかった。

横になったままで、起きることもしないタマ。

いや、もう起き上がる力も無かったのだろう。

体をなでて、少しでも楽になるならと、幼い俺は夕飯も食べずにずっとやっていた。

タマにご飯をやるも、全然食べてくれない・・・父は薬だけでもとシロップ状の薬を口元にやる。

本人も分かっているのか、頭を上げて一生懸命薬を舐めていた。


台所には暖房がない。

この寒い夜にタマを寝かせられないと親に訴えたが、何故かそれは聞き入れられなかった。

俺は少しでも温かくしてやろうと、タオルを掛けて、ねぇ・・・病気治るよね?きっと治るよね!と

両親に聞いていながらも、俺自身助からないんじゃ?と心のどこかで思っていた。


翌朝、いつの間にか寝てしまった俺はベッドで目を覚める。

昨日は寝ずの番を心に決め、タマのそばから離れないようにしてた筈だったが、如何せん園児、睡魔に負けて寝てしまった。

それでも家族の誰より早く起きた俺は、なによりもまず、台所に向かった。


そこには


昨日と変らずの格好で寝ているタマの姿があった。


でも


なにかおかしい・・・


何がおかしいのか分からないが、子供心に異変があるのを感じた。


急いでタマに近づき擦ってみた。



冷たい



固い



どうして?


なんで?


昨日は生きてたよ?


頭の中は昨日と今がグルグル回って、思考停止になっていた。

なんで寝てしまったんだろう?なんで最後まで診てやれなかったんだろう?

幼い俺には無理からぬ事ではあったが、タマの亡骸を見据えつつ、後悔の念が激しく湧き上がり、俺は1人台所でわんわん泣いていた。

そんな俺をいつの間にか起きてきた母が優しく抱いてくれた。

タマが・・・タマが・・・と泣きじゃくる俺に母は

「タマはね、きっとみんなと最後まで一緒にいられて幸せだったはずよ」

病気で苦しみながら逝ってしまったんだからきっと幸せじゃない!と反論した俺だが、母はさらに俺を抱きしめ

「・・・でもkikuがタマの為に泣いたでしょ?タマ、きっと嬉しいんじゃない?自分の為に泣いてくれる人がいるんだもん」

俺はその言葉を聞いて、さらに母の胸で泣き続けた・・・


初めて死と直面した俺は、暫く塞ぎこんでいた。

見かねた父は新しい猫を貰ってくるか?と聞いてきたが、俺は拒否した。

あんな悲しみをしたくないと。


それから成人になるまで猫を飼うことは我が家ではなくなった。



タマ・・・幸せでしたか?

僅か1年足らずの生活でしたが、満足だった?

俺にとって初めての猫との生活は刺激がいっぱいでした。

引掻かれたり、唸られたりしたけど俺はタマが大好きでした。

タマもみんなを好きだったよね?みんながタマを愛してたんだもん。


虹の橋で待っててね。


2代目タマの話 終わり





タマの食事は簡単といえば簡単。

タマは「ちくわ」と「カニ」以外食べない(-_-メ

ねこまんまなんて絶対口にしなかった。

当時カリカリがあったかは4歳児の俺には分からなかったし、猫のご飯は人の物と変らなかった時代である。

記憶の中ではタマは、前出のちくわかカニ以外食べてなかったと思う。

しかも食い意地が張ってたのかタマは食事中に近寄ったり、触ったりしたら「ウ~~~~~~~!」と唸って人を寄せ付けなかった。

食事中のタマには誰も近寄らないようになっていた。

食事中のタマはとてもやかましく、喋りながら食べてた(≡^∇^≡)「アギャウギャウギョウゴ」と、終始食べながら喋っていたニャンコでした。

夕方になると母からタマのちくわを買ってくるように、お買物を頼まれたのもこの頃だったと思う。

「初めてのおつかい」もタマのご飯のためであった。

それにしても、ちくわとカニしか食べない猫って・・・(-。-;)

続く