古の昔、子どもの元服は約13歳でした。そして現代、中学入試は12歳ですね。

 

 中学受験は子どもが生まれて初めて、自分の実力でただ一人で臨み、そしてその結果を引き受けなければならない、人生初の試練です。親は応援することはできても、代わってやることも助けてやることもできません。

 

 初めはよくわからないうちに、「塾に行かないと友達がいない」「みんな行っているから」「学童保育がわりに」等々の理由で、親も子も深く意識しないうちにスタートする中学受験ですが、成績も付き世間が見えて来るに従って、主として80%以上のお母さまの心の中に「もやもやもや」と言うか、不安・怒り・怖れ・不満・焦り・・等々の様々な負の感情が芽生え、誰に相談して良いかわからず、一人で抱え込み、心に闇を抱えたり、挙句・・病んでしまったり・・・そんなお母さまを私はたくさん見て参りました。

 

 学問・真理の追求・知識を増やして使えるように学ぶこと。知らなかったことを知ること。本来勉強は楽しいものだったはずです。そしてその延長線上・途中に「中学受験」があります。私は子どもから大人まで勉強すること・知識を得ること・真理を追究することを楽しんでほしいと心から願います。

 

 当、相談室では主として中学受験を中心にお受験でお悩みのお母さまをサポートしています。お母さまが明るく元気であれば子どもはある程度の困難まではやすやすと超えることができます。可愛いお子様のために、心の悩みや不安などお持ちのお母さまに状況を詳しく伺い、細やかで適切なアドバイスを致しております。

 

 

 春のお彼岸が過ぎました。

 開花が待たれていた桜も、ようやくここ、隅田川のほとりでもまるで競い合うように美しく咲き始めました。

 

 「願わくは花の下にて春死なん この如月の望月の頃」とお詠みになったのは西行法師ですが、かつての如月の望月の頃は2月15日お釈迦様入滅の日で、西行法師はお釈迦様への崇敬からお釈迦様入滅の日に死にたいと願いこの歌を詠んだと言われています。

 

 しかし、私は「願わくは花の下・如月の望月」の表現によって、私がこの歌に初めて出会った小学5年生の早春の図書館で、私の内にはらはら・はらはら絶え間なく舞い落ちる、一面の桜の花びらによって、息をすることもできず、くらくらと眩暈がするような感覚で花びらに埋もれてしまったのでした。

 

 それから35年後の2005年4月10日 この年も桜の開花は大幅に遅れ、娘が入学した桜蔭学園の校門の横の桜の木は新入生を祝福するかのように満開に咲き誇り、当時の校長であられた膳恵子先生に「皆さんは桜に待っていてもらえて本当にラッキーでしたね。」のお言葉をもらい、娘は桜蔭学園の新入生となったのでした。

 

 桜の思い出です。