フィリピン人の方で子どもが日本で産まれたのに日本の学校に通えないと嘆いている方がいた。


学校側から日本語がしゃべれないからという理由だそうだ。


それに対して、フィリピン人の保護者の話を聞いていた日本人の保護者は

「それはおかしい!学校へ一緒に講義する!」

と言っていたのだ。


おかしいのはお前だ。


この話を聞いて、私のことを差別主義者と思うものがいるかもしれないが、本質の問題はそこでは無い。

まず、一つとして

学校側が英語しかしゃべれない子に対応できるわけがない。

多分、英語が堪能な先生がいたら可能だったのかもしれないが、いないのだろう。

そうなると、その子1人に対して教師が1人つかなければならない状況になる。

そうなったら、授業が進まなくなることは容易に想像できる。


外国籍の子が1人いるくらいで授業が進まないなんて変な話だと思うだろうか?

先生の言うことを聞かずに1人が授業をサボった子がいるとしよう。

その場で本を読む、外へ遊びに行く、歌を歌うなどなど。

とにかく、授業で話を聞かなければならない中、となりの子がそんな事をしていたら集中力などあっという間に無くなる。


なので、このフィリピン人の子が学校へ入れないのは学校の判断でそうしなければならない状況なのだろう。

少なくとも、私の子どものクラスにこの様な子が来て、授業が中断されるようなことがあれば断固反対である。

対応できないのになぜ入れた??と突っ込むだろう。


ちなみに、学校によって支援級に入れるという方法が取られる。


2つ目の問題として、産まれてきてから日本に住んでいながら何故保育園で日本語を覚えていないのか?と言うことだ。

子どもの吸収力は、大人の想像をはるかに超える。

1年でも保育園で過ごせばそれなりに日本語が分かるはずである。

日本語が分からないということは、保育園、幼稚園、子ども園に入れていない可能性が高い。

そうなると、日本の集団生活に小学校からいきなり入るというのは、さらに子どもにとって困難である。



他にも意見はあるが、とりあえず、大まかな問題点としてそこであろう。

学校へ講義するなどとんでもない!それを元支援級講師が言っているのだから、、、。

情に流されて本質を見誤るのはもってのほかである。

フィリピン人が悪いのではなく、変に煽る(騙される)日本人の方が害悪である。