親が死んでも食べていける自立心を育てる事が本当の子育てなんや・・・




息子が県外に行ってから、ご近所の方や友人から「息子さんが家に居なくて寂しいんじゃないの?」とよく聞かれました。


ところがどっこいこれが全然寂しくないのだヒミツ

夫は「あんたは薄情な人や…」と言うけれど、ほんとに寂しくないからしょうがない。



私は両親が年いった時の子供なので、母は私が成人するまで元気でいる自信がなかったし、財産もない家なので特に精神面で厳しく私たち姉妹を育てたと思います。

子供はやがて親元から離れてゆく。経済的、精神的に自立していく。それが早いか遅いかで子供自身の運命も大きく変わる事もあります。


最近は親のファッションの一部のような子育てや、友達・兄弟感覚の親子…親と子それぞれが依存しあっている親子が多いような気がします。


昔のお年寄りは「子供は神様からの授かりもの」とよく言っていましたが、親子共々自立を促す意も込められていると私は思っています。しかしながら残念な事に、最近はめっきり耳にしない言葉になってしまった感がします。




「親に財産がある家の子供は、親が死んでもその財産で食べていけるけど、財産も何もない家の子供は、親が生きているうちに一人で生きてゆく力を付けないと、親が死んだら子供も一緒に死ななあかん。」母がよく言っていました。



私の子供は一人息子で兄弟もいません。親が死んでも兄弟で助け合って生きてゆく事ができません。 今が息子の自立の第一歩だと思っているから、寂しい気持ちよりむしろ四年後の息子がどんな大人になっているか楽しみの方が大きいのです。母とは違う立場ですが、母のこの言葉は今の私に大きく影響していると思います。






星 おまけ 星

それに寂しくない理由がもう一つありました。

夫は相変わらず平日は外食が多く、今まで息子と二人きりの夕食で、食べざかりの子供がいてると、ボリュームのある料理を多種作らないといけなかったのが、私一人だとメチャ簡単クラッカー

さっさと食事を終わらせ、さっさとお風呂をすませても時間があるある音譜

夫が通販で買ったビリーズブートキャンプを内緒でして、筋肉痛になればPCで遊んだり、DVDを見たり自分の時間ができたからかもねヒミツ








逃げたらあかん。逃げたら今度はそれが倍になって自分に返ってくる。



母はいつも何かにつけてこの言葉はよく言っていましたから、これはたぶん母自身の座右の銘だったと思います。


私も何か大変な事や困った時など、知らないうちに心の中で「逃げたらあかん。倍になってしまう…」と思い、その困難な事に立ち向かっていました。 母の葬儀の喪主挨拶の時に義兄が「仕事が大変な時、いつも義母が言っていたこの言葉に支えられました」と言うのを聞き、私だけでないのだと嬉しく思いました。



何年か前に、私の友人で結婚生活30年近くなる夫婦に離婚の話が持ち上がりました。 私は母のこの言葉を彼女に言いました。離婚は今の辛い現実からの逃げになるのではないか? 後、ひと踏ん張りすればまた元の夫婦に戻れるのではないだろうか?…と。 すると彼女が、これは逃げではない。新しい自分になるためのステップなんだと言うので、私は今まで自分が思ってきた事が一体何だったのかわからなくなってしまいました。 実際母の人生をこの目で見てきたからこそ母の言葉に納得していた反面、彼女の言う事も一理あると思いました。



先週、松岡(前)農林大臣が自殺しました。

この時、逃げ=自死(自殺)なんだと気づきました。

自死は後に残された家族や関係者の人生までも狂わせると思います。

なぜ?どうして?残された者は答えの見えない疑問を、自分の人生が終わるその時まで抱え込む事になるのです。私は愛する家族や友人にそんな思いはさせたくないし、そんな思いもしたくはないです・・・。




クローバー おまけ クローバー

息子のアパートの引っ越しも終わり、今日帰るという時、口で言うのも照れくさかったので、息子の携帯メールにメッセージを送りました。

「昨日の雨が今日は晴れたように、辛い事や楽しい事ばかりは続きません。雨は大地に染みてゆき動植物の生きる糧になるように、この世に無駄な事は何一つとしてないとお母さんは思います。今、頭上に流れている雲は故郷の空を流れてきた雲です。今昇っている太陽は、故郷から見える太陽と同じです。遠く離れていても、みんなあなたと繋がっています。一人暮らしをしていても、あなたは決して一人ぼっちじゃあないのですよ・・・」 後、長々と書いたけれど、まぁ大体こんな感じだったと思います。


大勢の人の中での孤独感と、誰からも必要とされていないと思った時、ここから逃げ出し楽になりたい(死にたい)と人はふと頭を過ぎるのではないでしょか?


「死にたいくらい辛く苦しいなら帰っておいで!地位や名誉、財産なんてそんなものは命の代わりなら全然惜しくはない。笑う人には笑わせとけばいい。全部捨ててゼロから始めたらええ。帰っておいで…死んだらあかん!」私ならこう叫ぶと思います。


松岡(前)大臣のお葬式はとても立派でした。その最前列に小さく座っている年老いた大臣の母親が痛々しく見えたのは私だけでしょうか?テレビの画面を通して、母の心の叫びを聞いたようで、なんだかやるせない気持ちになりました。








年頃になっても異性から電話の一本もない方が親は心配やで・・・




お久しぶりですニコニコ  やっと落ち着いたのでKIUE語録を再開します。


これは私が高校時代、初めて彼氏から電話がかかってきた時に母に「娘に彼氏ができると親はあらぬ心配せんとあかんね」と言うと、即答で返ってきた言葉です。


今は昔と違い携帯電話もなかった頃だったので、相手とすぐに連絡を取る手段は直接相手の家に行く以外、もっぱら自宅の固定電話のみでした。

親はそういう状況から、どうやら娘には付き合っている彼氏がいるみたいだ…とか、その電話なり直接本人と話をする機会が少なからずあるので「まともに挨拶もできない奴なんぞ娘と付き合う事は許さんむかっ」と怒ったり、「若いのになかなかしっかりした青年じゃないか音譜」と、わが娘ながらアッパレ!!と心の中でエールを送ったものでした。



今は時代も変わり、携帯電話も一人1台(もっと?)になりました。

家の娘は年頃なのに、浮いた話が一つもない・・・と思っていたある日の事。突然娘が「子供ができたので結婚したい」と彼氏を連れて家に来て、父親は娘が三年も付き合った彼がいた事にショックハートブレイク、妊娠している事にショックハートブレイクでいきなりダブルパンチでノックアウトされた話は近所や知り合いから耳にした事があります。



春から息子は自宅から800キロ離れた大学に行きました。

アパートの引っ越しも落ち着いた時、楽しそうに電話をしていたので、「誰から?」と聞けば「高校の時の元カノ」と言う。私が勝手に、息子には彼女がずっといないと思っていたので、少しのショックがありましたが、すぐ母のこの言葉が私の記憶の中から蘇ってきました。この母の言葉のおかげで、一人息子と母親の関係がベッタリにならないように思います。




ドキドキ おまけ ドキドキ

むしろ私より夫の方が寂しいらしく、「ちゃんと食べているだろうか?遅刻はしてないだろうか?今、何しているだろうか?」ホント毎日毎日うるさいので、「あなたは中学の時から親元を離れて下宿していたんでしょ?あの子が何をしているかなんて、自分がその当時していた事と似たり寄ったりだと思っとけばいいんじゃない。まぁ~時代が違うからもっと凄いかもよ?!」と言うと「え゛っ!?」と言いそれから長~い沈黙・・・・。

息子の今の私生活より、夫の当時の私生活の方が気になる私です汗