私は都内在住、22歳女性です。

現在までも、持病や性病等の大きな病気はありませんでした。
そんな私が、「まさか自分が…」という一人になった体験をお話しします。
※自身の体験を助長するものではありません。

※同じ症例の方、その疑いがある方に僅かでも情報の一つになればという思いで体験談を書き留めております。


CAOS(ケーオス)とは...

慢性早剥羊水過少症候群(chronic abruption-oligohydramnions seqence:CAOS)は、1998年にElliottらによってはじめて報告された症候群であり、

(1)出血源が同定できない性器出血, 

(2)羊水量は当初は正常であるが, 

(3)明らかな破水徴候なく羊水過少にいたる, ものと定義されます。

しかし、CAOSの病態形成機序には不明な点が多く、画像的、病理学的な疾患の裏付けがありません。

また、「破水でない」とされる症候群ですが、実際にはほぼ全例で破水に至っていることが経験的に知られています。

 

 

 


私は、2020年2月に妊娠が判明し、10月20日に出産予定の妊婦でした。

 

安定期に入っていた5月末に突然出血お腹の張りの症状が現れ、
極めて稀な症状「慢性早剥羊水過少症候群(chronic abruption-oligohydramnions seqence:CAOS)」になりました。
結論から、私が判断したのは、3週間に渡る入院の末、2020.6.15(21w6day)に経膣分娩による人工妊娠中絶をしました。

374g(体長27cm)、名は「みどり」という、とても小さく可愛い赤ちゃんでした。


この症例が極めて稀で、自分自身、調べるための情報が少すぎて困ったことや、

今、CAOSと診断された方、その疑いがあるという方の為にも、

私個人がどのような経緯で病気が進行をしたのかを書き留めることにより、

少しでも参考になればと思い、書きます。



まず、私が妊娠が判明して通い出したのは東京都大田区にある「大鳥居医院」という個人病院でした。
病室が全室個室なことや、自宅から近いという理由で通い出しました。

安定期に入った5月半ばまでもずっと赤ちゃんは元気で、何も問題なく通っておりました。
入院から中絶手術まで、日毎にまとめたものが下記です。


5/25 22:00~

夜中に5分間隔の陣痛のような腹痛(お腹が張る症状)が6時間以上続き、眠ることができず、ほんの少し出血もあった為、深夜でしたが#7119(救急相談電話)に相談したところ、「かかりつけの医院に相談を」ということで「大鳥居医院」に電話しました。 
掛かりつけ医院からは「当日中に受診してほしい」とのことでした。


5/26 12:00~
掛かり付け医院に受診したところ急遽入院が決まりました。
その日から、2週間で退院を目標に、「リトドリン塩酸塩」という点滴を、差し替え数十カ所、結果として3週間、退院まで切らすことなくずっと点してました。

もちろんその間は出血量が多い日はシャワー無しの絶対安静ベット生活でした。
出血の方は全く止まるということは1日もありませんでしたが、生理の時ほどではない量の出血が続きました。

出血に関しては入院していた3週間、多い日はナプキンに血が埋まるほど。
少ない日は少しナプキンに付くくらいの量。
科学的根拠はないですが、個人的にはイライラした日や次の日は出血量が多く穏やかな日は少なかった。

けど、血が止まることは1日もありませんでした。

お腹の張りに関しては、出血量と比例し基本毎日張りを感じてました。
羊水は入院後1週間ほどから、3日に一度の検診毎に減っていることを伝えられてました。

 

6/13 AM8:00

医師から「慢性早剥羊水過少症候群(chronic abruption-oligohydramnions seqence:CAOS)」の可能性がある。
「出産を選んでも予後は悪い」と宣告された。

その病気は、原因がはっきりしていないらしい。

医師は22wを過ぎると「赤ちゃんがどんな状況であっても絶対に助ける方向で動く為、もし赤ちゃんが苦しんでる状況であっても延命するしかない、だから、中絶を選択できるのは後2日しかない」

「子供が障害を持って生まれるかもしれない、付きっ切りで看病をする覚悟があるか」尋ねられた。

そして恐らく赤ちゃんは23wまでお腹で堪えることはできないことを聞かされた。

妊娠継続を望む場合は大学病院に転院し、帝王切開で出産をすることになるそう。

私個人の考えは毎朝晩、子供の心拍を聞かせてもらって、私はエコーで今元気な赤ちゃんを見て元気そうな姿も見ていたので、生きれる可能性が僅かでもあるなら中絶なんて頭になく出産したい旨を伝えた。


6/13 AM0:00
宣告されてから、自分でネットで「CAOS」のことをよく調べていると、

無事に出生できても、一生酸素ボンベが必要な身体だったり、赤ちゃんが苦しむような障害のリスクもあることを知った。

CAOSの状態で23w未満で無事出産されて大きくなれた子の情報は見つけることができなかった...

この時期の1週間はとても大きい。

覚悟とはどういうことか、その一言では想像ができなかった数々の状況が次から次へと出てきて、「生まれてきてほしい」という想いが、小さな身体に無理をさせる、苦しい想いをさせるそれはエゴなのでは。と正直夫婦ともに考えも揺らいでいた。

 

 

 

6/14 AM9:00

そして、朝判明したのが、担当していた副院長は今回の「CAOS」という症状の経験も見たこともない医師だったということ。
そんな医師の言葉だけでは、納得いく判断を出せないと思い、他の大きな病院で、セカンドオピニオンを望んだ。

先生からの「障害のリスクを覚悟できるか」の一言だけの説明では、どんな介護が必要なのか、子供がどれだけ頑張らないといけないのか等のことを考えられなかったけど、そういう事もよく知ってから決断を出す必要があると思い、もう一度先生とお話の時間がほしいと乞う。
先生からは、「主人も病院に来てから話をする、中絶を選ぶ場合は当日中(6/14PM12:00まで)に教えてほしい。」と伝えられた。

 

そこで、私、主人、私の母、の4者で話し合いの時間を設けてもらい、「セカンドオピニオンを望んでいる」ことを伝えた。

先生の答えは、「コロナの影響もあり、現時点での受け入れ先は無い。転院する場合は22w以降妊娠を継続する決断をした上で、受け入れ先を再度探す」という内容の物だった。

CAOSに関しての他病院の結果資料等見せてもらったが、全てネットにあるものを印刷したもので、私自身、前日までに目を通していたものばかりで、特に参考にならなかったが、あの医師からの言葉よりはまだ受け入れられると感じた。

だが、どうしても他の医師の言葉が欲しく、自分や主人で、「CAOS」の症例を見たことのある大学病院やICUのある大きな病院に片っ端から電話を入れ、

見てもらえないか直談判をしたが、コロナの影響や医師の不足等から「飛び込みは厳しい」という返しばかりでした。

そんな中、一社のみ「紹介状を書いてもらわないと見れない」という病院があったので担当医に「紹介状を書いて欲しい」とお願いした。
しかし、自分の担当医はその病院、担当医を調べ、「この医師は年齢も若く、きっと今回の症例の経験値は低い」と言い、その言葉には大変腹が立ちましたが、

自分には考える時間(残り数十分ほど)が限られていることや、子供のことを最優先に考えると、

自分自身でCAOSのことを調べた結果で、出産後も予後が悪い結果ばかりなのは調べた上で分かっていたので、苦しませることがないことが一番だと判断し”人工中絶”という結果を夫婦で選びました。

その日は一日、主人と病室で、子供が好きな音楽を聴かせ、家族三人。素敵な時間を過ごしました。

 

 

6/15 人工中絶当日

朝9:00子宮収縮を促す錠剤を挿入してもらい、およそ1時間で陣痛が強くなり、AM11:06「みどり」は生まれてきてくれた。
陣痛がMAXになってからおよそ10~15分での出産でした。
両手の手のひらに乗るほどの大きさで、顔は主人に大変似ており、とても愛らしかったです。

出産翌日に退院し、一日自宅で三人で過ごし、翌日に火葬場を自身で予約していたので、「みどり」を家族、親戚一同で見送りました。




(術後)その後、3週間後の検診で、胎盤検査の結果を伝えられました。
結果は簡略的に言うと「血液が羊水に混じっていた」「予後は良くなかったであろう」というものでした。




今回の産婦人科(個人病院に関して)は自分がこの症例にならず、普通に産むことができる妊婦なら、リフォームされたばかりの完全個室で、食事も美味しく、看護師さんの印象も良かった為、大変いい環境だったんだろうな。とは思います。。。

 

 

ただ、私が後悔したことの一つに病院選びがあったので、参考までにお伝えすると、
退院の日、その後の検診までも責任者の医院長は一切出てきませんでした。
副医院長(担当医)が一人で、見た事もない症例を独断でやってきたのかと悔しい想いでいっぱいでした。


その後、術後通院(検診)の際も、私や家族がセカンドオピニオンを希望している旨を伝えても、主に「運が悪かった」「そんなことを考えてもしょうがない」「もう妊娠できないわけではない」という事ばかりで、診断書を書いてはくれませんでした。
私自身溜まっていた仕事もあり体調が落ち着いて、心も落ち着かせる為に2ヶ月ほど仕事に専念して、期間を空けてから、再度電話にて病院に問い合わせをしました。

 

そこで「セカンドオピニオンを希望していて診断書が欲しい」と伝えると、受付の方は「¥15,000-です」という。
働いてもらう分、定められている金額はもちろん払うけど、

担当医は自分が見たことの無い症例の人がその後どうなったのか気に掛ける連絡は無く、今後も再度妊娠できたのかなどきっと気にならないんだろうと思いますし、
私が「主人同席での胎盤検査の結果説明をして欲しい」と望んでも、

「それは難しい」という先生に、

忙しいとはいえ全然勉強熱心では無く、終わったこととして片付けられていたことに再度人間として心はないのかと腹が立ちました。
私なら、自分の患者がレアケースで見たことがない症例の場合、また同じ症例になってしまった患者の方に過去の経験をお話しして少しでも経験則から絶対という安心を与えられずとも、勉強して少しでも、安心を与えられるよう、対応するだろう。

当事者に決して業務的な対応はできない。と個人的に思いました。


だから、入院中もその後も個人病院は大きな病院ほど、

医師同士で他の先生に相談することなく独断で進むし、看護師に相談しても”先生絶対”な宗教的環境下で自分の味方してくれる人がいない環境にとても不安や不満を感じました。

 

 

 

辛い経験ばかりでしたが、そんな中、支えになった事もあるのでご紹介します。

・病院の中でも、普通に生まれた子と同じように接してくれた看護師さんがいた事。
・中絶を判断した日から、手術当日まで主人の宿泊を許してくださったこと。

★自分で発注した未熟児に死産した方への洋服をボランティアで制作されている団体「にこにこ257の会」のことです。

「みどり(子の名)」を見送る際、1日家で一緒に過ごしましたが、市販の服では合うサイズの服がない中、未成熟の我が子を裸のまま居させることなく、「緑色」のドット柄の可愛い洋服に身を包み愛くるしい顔をして眠るような娘の顔を見て、洋服の存在が如何に支えられたか、心から有り難く思いました。
団体の方には、名「みどり」ということや、性別は一切伝えておりませんでしたが、たまたま緑色のお洋服が届いたことに大変驚き、嬉しい気持ちでいっぱいでした。

他に自分でやってよかったことは、

・みどりとの家族写真が撮れたこと、
・バースデイケーキを準備したこと、
・一緒に寝たこと、
・家族親戚みんなに見てもらえたこと、

・手形、足形をとってもらえたこと、
・生理食塩水で顔や体を綺麗にできたこと、

・イニシャル付き遺骨ネックレスを購入し、今でも一緒に入れてること。
です。
※幸い火葬場も朝一に予約した為、火力も弱い時間に火葬できたので骨も残りました。



病名を聞いてから、判断するまで、とても僅かな時間、僅かな情報量で、家族全員混乱しました。
先生や看護師に、妊娠を継続する場合どうなるのか、どのようなサポートが必要になるのか等質問しても、親身には教えてもらうことができず、

「覚悟できるかどうか」のみで結局、自分で他病院の経験レポートを調べ、
簡略的にはなりますが、自分で調べた資料には、

・出産時に死産した結果
・生まれてきてもICUの中で亡くなった結果。
・生まれて生き延びても、少ない羊水の中で血液の混じった羊水を吸い込み、成長できなかった肺をサポートするための呼吸器が無しでは生きられない

・羊水が少ない中、ちゃんと成長できなかった関節等のリハビリを行わなければいけない身体になった

等のレポートを目にしました。

情報は少なかったですが、CAOSでもやはり早産ではありましたが、無事出産され、もう2歳だ。という女の子のブログも拝見しました。

皆様色々な考え方があり、短い時間でしたが、他の方が発信されている情報も大変参考になったお陰で私たちも色々な方向から冷静に考えることができました。

結果としては私たち夫婦はお腹の中にいるみどりに直接何度も想いを伝え、家族の時間を大切にしっかり見送るという判断をしました。

文面ですので温度感もちゃんと伝わらないと思います。
私たち夫婦が判断した結果が正解とも思いませんし、皆さんに対しても、一切助長するわけでもありません。

ただ、少ない情報の中で誰かの為に一つの情報になれば、それだけです。

この症例になる方が少しでもいなくなること、原因が分かる事や、治せる病気になるように医学が発達する事を祈ることばかりです。
CAOSは再発するものでは無いそうですが、繰り返し2回目の妊娠で症状が出た方もいるそうです。。。

私が、もしまた子供を授かることができた場合、
無事に出産できた場合にはまた、参考までにこちらに書き留めたいと思います。

私自身、誰かの助けになればと思ってのことですので、
質問がある方は気兼ねなくコメントをください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。