【ガス中毒事故とその周辺を考える】Ⅱ.考察(筆者の見解)
Ⅱ.考察(筆者の見解)
書類(昭和48年11月16日付けのI氏およびI夫人の警察庁長官宛の上申書)からだけの推定では、この経過でかかる急激に起る中毒は、明らかに一酸化炭素中毒である。密閉室内における燃焼による酸素欠乏による中毒は、ある程度長い時間がかかって起るので考えられない。以下、ガス器具の不完全燃焼による急激な一酸化炭素中毒と思われる根拠をのべることとする。
A)死体検察書に明瞭に「有機ガス並に一酸化炭素中毒による窒息」とあり、一酸化炭素中毒の症状があったことは明白な事実である。一酸化炭素中毒とすると筆者がのべているように燃焼の関係する酸素不足でも、一酸化炭素が二次的に発生して一酸化炭素中毒が起るが(1)、酸素不足で合併して起る一酸化炭素中毒は相当の時間がかかる。このように短時間で起る中毒は、酸素欠乏に関係ない単純な一酸化炭素中毒である。
B)LPガス瞬間湯沸かし器(M電機のLPガス用PW4号)
1.不完全燃焼
(1)この器具の側にいて、この器具を使用するとすぐ気持ちが悪くなり、1月1日、1月3日、1月4日と短期間の間に中毒を繰返していることは、状況としてLPガスの不完全燃焼による一酸化炭素中毒以外は考えられない。
(2)LPガスの不完全燃焼は多量の一酸化炭素を出すことは、周知の事実である。
(3)不完全燃焼の事実は、
(イ)約半年くらい前からこの器具は青い炎が出ないで赤い炎が出ていた。
(ロ)事件後鑑識で調べたら、この器具に不完全燃焼の事実があったとのことである(立会人、前橋工業高校教諭、大崎保司氏)。すなわち、大間々警察署で父親と母親が鑑識の結果を見せてもらったところ、「瞬間湯わかし器は若干の不完全燃焼があり、また燃焼部分に相当の目づまりがあって、多量のすすが付着、炎は真赤であったがすすを払った後の炎は青い完全な炎になっていたのが明瞭なカラー写真に写っていた」とのことである。
(ハ)また昭和48年3月3日の塩沢氏(桐生および大間々地区ガス組合長)の話でも「1月4日の事件直後の現場でガス湯わかし器に点火したが、点火不良でマッチで点火し、プーンとガスの臭がした」とのことで、やはりこの瞬間湯わかし器は不完全燃焼していたことを示している。
(二)約半年前の昭和47年夏頃、この湯わかし器は調子が悪く、点火が非常に悪くかつ熱い湯が出ず、ぬるま湯しか出ないので、いつもは洗顔にしか使っていなかった。点検修理するように再三ガス会社に依頼したが、来てくれなかったとの母親の話である。
(ホ)1月4日に母親が中毒で入院したので、なれない父親が代わりに炊事したため、洗顔の他に野菜を洗ったりして、いつもの母親と違って長い時間湯わかし器を使用したため、多量の一酸化炭素が発生したので死亡事故が起ったのであろう。
(へ)昭和48年2月12日、大間々ガス組合の川口、松島、皆川3氏が来て、午前9時30分から午後4時まで湯わかし器を現場で調べて、「非常に危険な状態なので、至急取り換えの必要あり」とのことで、新しい器具と交換した。この検知器の種類と何が危険なのか教えられなかったが、おそらく一酸化炭素が発生していたのではないだろうか?
(ト)この家屋を新築してから4年間も、湯わかし器のぐあいの悪くなるまで身体の調子は悪くなかった。47年の夏頃から台所で湯わかし器を使うと、めまいや頭痛などが起り、近所の医師の加療も受けていた。そして事故が起り、事故後の2月12日に新しい湯わかし器に変えてから、まったく同じ状態で窓を閉めて使っても中毒は起らず、頭痛、めまいなどの不快な症状はまったく起らなくなった。これらの事実から湯わかし器の不完全燃焼以外は考えられない。
2.LPガスレンジのガス漏れ
①昭和46年夏頃からガスレンジは点火すると右側のコックの所からLPガスが漏れて火がついて吹き出していた。昭和47年夏頃からは左側からも吹き出していた。これは明らかなガス漏れである。
②前期の2月12日の事件後の調査でも、川口、松島、皆川氏のテストで「ガスレンジのガス漏れは480ミリに圧力をかけて、5分間に305ミリに落ちたので175ミリのガス漏れ」とのことである。
③ガス漏れについては近所の主婦の事件後の証言もある。
④しかしながら、LPガスは一酸化炭素は含有していないので、ガス漏れがあっても、また生ガスを直接吸入しても一酸化炭素中毒にはならない。
⑤すなわち、LPガスのガス漏れは非常に危険で爆発の可能性はあるが、この事件の原因はLPガスのガス漏れではなくて、LPガスの不完全燃焼による一酸化炭素中毒であろう。
3.一酸化炭素中毒
(1)一酸化炭素中毒死体の特徴 死体(身体および顔面)に鮮紅色の紅班があったのは明らかな一酸化炭素中毒である。
(2)再三にわたり瞬間湯わかし器のそばに立つと短時間のうちに中毒が起るのは、一酸化炭素中毒以外考えられない。
第1表 一酸化炭素の中毒症状(坐った状態)
(3)一酸化炭素は前述のように、LPガスの生ガスには含まれていないのであるから、この事件の原因はガス漏れではなくて、不完全燃焼していた瞬間湯わかし器であることは明らかである。
(4)LPガスは都市ガスに比べて非常に不完全燃焼が起りやすく、起れば一酸化炭素を多量に発生する。
(5)一酸化炭素中毒の症状を第1表に示す。このように、ごく少量でも急激に中毒を起す。
(6)昭和48年2月12日に、川口、松島、皆川氏が行った検知器は一酸化炭素検知器と思われ、その時「非常に危険な状態といった」のは、おそらく一酸化炭素の多量を検知したものと思われる。裁判などでどのくらい一酸化炭素が出ていたか証言を得られるか、または検察官に業者を調べてもらえば、おそらく明瞭になるであろう。
【ガス中毒事故とその周辺を考える】Ⅰ.事件の経過
Ⅰ.事件の経過
日時 昭和48年1月上旬。
場所
1.事故の前の状況
(1) 昭和43年5月、I家は木造2階建ての約25.5坪の建物を上記の場所に新築した。1階の間取りは第1図のとおりである。
(2) 窓はアルミサッシで第1図のHの台所にはLPガスレンジ(2口)とLPガスの瞬間湯わかし器があり、LPガスのボンベからの配管は昭和44年1月にそれまでのゴム管を銅管の配管にA興産がかえて工事し、以後A興産がガスを入れていた。
(3) 完成(43年5月)以後これらの器具を使用していたが、46年の夏ごろまではなんら異常を感じなかった。
(4)46年夏ごろからガスレンジの右側のコックの所からガスもれがあり、点火するとそこから火が吹き出した。A興産にみてもらったら何でもないとのことでそのまま使用していた。
(5)47年夏ごろからガスレンジの左側からも同様にガスを点火すると火が吹き出してきた。そのときA興産を呼んだがきてくれなかった。
(6)やはりその頃の47年夏ごろから湯わかし器の点火もわるくなり、ガスを持ってきた時、A興産にみてもらったら「プラグが悪いので持ってきます。」といって(47年9月ごろか?)そのまま来てくれず、以後マッチで点火していた。
(7)その頃から湯わかし器の湯があつくならず電話でA興産に連絡したが、「行きます」といって来てくれなかった。また、その頃から湯わかし器を使うと、そのつど頭痛や「めまい」などが起り医師の診察を受けたこともあった。
(8)なお台所の隣のJの部屋では、冬には灯油のストーブを使用していた。
(9)また、A興産は44年1月から事故後の48年3月までまったく定期点検にはきてくれなかった。
2.事故の状況
(1)昭和48年1月1日朝、第1図の台所のCのLPガスコンロで、I氏の妻(昭和3年生)が朝食の準備で餅をやいていた。すると子供たち3人(長男・昭和32年生と長女・昭和34年生、次男・昭和37年生)が台所に来てDのLPガス湯わかし器(4号)を使って洗顔して出て行った。母親(以下I夫人を母親と記す)はガス湯わかし器から80㎝離れていたが、急に気分が悪くなり意識がかすむようで、湯わかし器から離れ、床につき以後一日中寝ていた。
(2)1月2日に母親は、湯わかし器の側に行かず異常がなかった。
(3)1月3日朝、朝食の仕度で母親は台所にいたが、子供たちが湯わかし器の湯で洗顔後、母親は急にめまい、吐き気、胸内苦悶強く、よろけるようにして隣の部屋Jに倒れた。腰が立たず意識もうろうとして、午前11時30分救急車で病院に行き、そのまま入院した。
(4)1月4日、母親が入院したのでI氏(以下父親と記す。大正12年生)が午前7時15分に起きて、Jの部屋で灯油ストーブをつけ朝食の仕度をするため台所でガスコンロ2個(LPガス)に点火、鍋をかけ、ガス瞬間湯わかし器に点火、たまねぎおよび食器を洗い、瞬間湯わかし器のお湯を出しながら玉ねぎをきざんでいると、急にフワーとなり意識を失い、勝手口から3.5m離れたところで倒れた。
(5)湯わかし器を点火してから倒れるまで、15~20分くらいと思われる由。
(6)奥の部屋には次男が寝ていた。(第1図のKの所)
(7)約3時間後の午前10時頃、2階に寝ていた長男が降りてきてみたら、階下の3部屋(台所、居間、奥の間)は、悪臭と煙に包まれていた。驚きながらもガス器具の栓を閉めて、ガスの火を消した。
(8)次で玄関の扉を開いて、失神状態の父と次男を見つけ玄関の外に出して直ちに人工呼吸をした。父親は呼吸を回復したが次男は呼吸を回復しなかった。直ちに父親、次男とも救急車で病院へ行ったが、次男はそのまま死亡していた。
(9)次男の身体と顔には、鮮紅色の斑点が一面にあった。特に左半身と左顔面に顕著であった。
(10)第2図は昭和48年1月5日の毎日新聞の記事である。
3.事故後の状況
(1)母親は1月5日悲報により帰宅し、そのまま退院。父親も6日次男葬式のため一時帰宅し、そのまま退院する。
(2)両親不在中、警察の現場検証があり、警察官がその時、プロパンガスの業者の説明を聞き、「ガス器具はまったく異常がなかった」との説明を受けたとの事。
(3)後日この湯わかし器を県警の鑑識で調べたところ『湯わかし器の不完全燃焼』が認められた。
(4)しかし原因は、父親が窓を閉めきったままで換気をしないでガス器具を点火したため(父親の過失)、室内酸素の欠乏が起って次男を死亡させ、自分(父親)も中毒を起こしたという警察の見解とのこと。
(5)父親が窓を開けなかったため、それで子供が死んだということで、父親の過失致死という書類が検察庁へ回った。
(6)検察庁では警察の書類を検討し、一応の取り調べの結果、起訴猶予ということであった。
【ガス中毒事故とその周辺を考える】はじめに
密閉室内での燃焼による酸素不足で起る中毒は、筆者が10年以上前から強調してきたことであり、これが医師のみでなくようやくガス取扱い業者や第一線の消防官や救急隊員や警察官にも広く認められてきたことは、筆者としては誠によろこばしいことである。
しかしながら以前から周知のことであった、より急激に短時間に起こる一酸化炭素(CO)中毒が忘れられて、これから記すような、かかる単純な、一酸化炭素(CO)中毒と思われるもの、換気不良による酸素欠乏の事故とするのは、どう考えても無理なこじつけと思われるので、ここに、ご批判を仰ぎたいと思う。
この例は、当時のテレビや大部分の新聞にのったガス中毒で、子供は死亡し、父親は現在も半病人の状態で、その上警察からは父親は過失によって子供を死亡させたという罪名(過失致死)をきせられて送検された例である。これが無実ならば非常に気の毒なことで、果たして真実はどうなのか?両親が警察長官あてに提出した上申書に筆者の文献(1)が引用されていたので、別に筆者は検察官でも弁護士でもなく、また現場もみたこともないが、その書類(上申書)のみの推定によるものではあるが、経過を記して筆者の見解をここに述べることとする。

