8年前、仙台市に住む19歳の予備校生が、入試試験を流出させる事件がおきました。
「起きるべくして起きた」事件といえるかと思います。
この事件で大学側は管理体制の甘さを露呈しました。
科学技術の進歩が早くて、それに臨戦即応する管理体制は追いつかないのでしょう。
この事件で思い出した先輩の言葉があります。
「机の上に公金を置いてその場を離れるのはなぜ問題か。それを見た人に悪を作らせるからだ」
自分にない発想に驚きました。
【盗んだ者も悪いですが、盗もうという気持ちを起こさせるきっかけを作った者が悪い】
これも仏教の教えから出てくるものだと、今は分かります。
人は弱い。
悪を作る縁があれば、なびいてしまう。
ならば悪い縁を作らないことが大事になってきます。
誰もいないところに何枚もの1万円札を無造作に置かなければ、「盗もう」という気持ちを起こさなくて済むのですから。
仏教では人間の心を『機』といいます。
心がなぜ機械の『機』という字が使われるのでしょうか。
すべての機械は外から働きかけられて動き出します。
ちょうどそのように、わたしたちの心も外からの作用によってどうにでも動き出すから『機』と言われます。
受験の不安、ケータイ機能、ヤフー質問箱、監視員の不備など重なって、19歳の少年の心が、そちらの方向に動いてしまったのでしょう。
受験生が変な気持ちを起こさないよう、スマホやネットの技術革新に伴い、大学側が周到に準備してもらいたいものです。