もう既に亡くなったけれど、町内に父の姉、つまり伯母がいた。

私が若い頃、よく縁談を持ち込んでくるひとで、結婚する気のない頃だったので、伯母が来ると、そそくさと家から逃げ出したものだった。


伯母の近所で電力会社の鉄塔工事があった時、工事現場に女の幽霊がでる騒ぎがあり、これは新聞記事にもなったのだけれど、毎夜、幽霊見物の車がその工事現場の周囲に集まり、屋台を出そうかと話出す酔狂者まで出る始末だった。

その工事現場の場所には江戸時代まで墓地があったのだとかで、お祓いをする必要があると電力会社の幹部が言っているとか、いないとか。

もうどうしようもないバカなウワサが飛び交っている頃、女の幽霊はやはり足がないんだそうな、の話に伯母がすかさず

「ひじゃっかぶ(ひざかぶのこと)から上があれば用が足りっぺよ」

ニヤニヤしながら、そんなことを言って周囲を笑わせたものだった。


伯母も私の両親もそうだが、戦争のせいで食糧難の苦しみを味わった人達だった。

そう言う人達にとって食べ物を分け与えることは絶対的な善であったらしい。

時たま、伯母の家を訪ねるとお茶と共に何かしら食べ物が出て、それは例えば茹でたサツマイモだったり羊羹だったり砂糖をかけたトマトであったりなのだが、それらをひとくち食べるとさらに食べるよう勧める。

全ての人は食べ物を遠慮すると思い込んでいるようで、その勧め方が尋常でなくしつこかった。

伯母にすれば決して悪意からでないのは判っていたが、ひっきりなしに勧められ、それにいちいちことわりの言葉をかさねていると肝心の話はすぐ腰を折られ、やたらと疲労を覚えた。


亡くなって七年。

会えば強烈な個性に常に振り回されたけれど、あの「喰え~!喰え~!」のセリフをもう一度聞いてみたい気もする。