こんにちは、きっきです!
三年前から特発性後天性全身性無汗症(指定難病163)という難病を患って闘病生活を営んでおりましたが非常に人徳深く優秀な整体師さんに出会い遂に回復しつつあります。
地獄の痛みを伴う蕁麻疹を病気でありまともに社会生活を営むことができていなかったので、それが治癒してきたことは本来とても喜ばしいことなのですが、面白いことに予想とは裏腹に症状が治ってきても全然嬉しさが湧かないのです。まるで「病気が治っちゃった」と嘆いているかのように。
一見不可解に見える心理的現象ですが僕なりに解釈すれば理解可能かもしれません。。
僕の仮説は僕が、「災難にあっている自分を生きる意味にしている」というものです。
これは何かというと、なまじ将来何かを成し遂げるぞ!という崇高な精神を持ったまま先のビジョンが見えずそこから逃げ続けた結果として大きな病気を作って、それを治そうとすることで、擬似的に大きなことを成し遂げる道筋を辿っているかのように見えさせるという事です。
つまり、、
タダの茶番なのです
はい、ただの実に悪趣味な感動ポルノにしか過ぎません。なんてこった、、
実はこの病気になる前も家庭環境に大きな問題を抱えていてただ勉強をして未来にバトンを送ることしか出ていませんでした。ずっと能動的に生きることを望みつつ逃げ続けているのです。
ゼロからプラスにして喜びを分かち合うのが望ましい成功体験ですが僕がしているのはゼロからマイナスを作ってまたゼロに戻すという工程です、耕した畑を荒らしてまた耕して一生タネ植えないみたいな笑
でも何よりの収穫はこの負のループにハマっていることに気がつけた事です。僕の好きな言葉に「問題はそれを認識した際に半分はすでに解決している」というものがあります。
分かっていれば後は向き合うだけでこの輪廻からは逃れられます。こんな奇妙な空間からはさっさと解脱してしまいましょう。
そのために僕が思いつく出来ることといえば、
病気や逆境にいる俺カッケーみたいな矜持を捨て、それに頼らないゴール設定をする事です
正しい順序といえばしっかりしたゴール設定をした上で無駄な矜持を捨てるでしょうか?
病気を治そうと解決している時は生き生きしてるし周りもその姿勢に感化され応援してくれます。でもそれこそが駄目なんです。その快感にハマり病気で居続けるのです。
2023年が終わり2024年が始まろうとしていますが、まずは「病気や災難に立ち向かって応援されている特別な俺」を手放して「大きなことをしようともがいているタダの大学生の俺」を迎え入れようと思います。
プライドがエベレストと並ぶ標高の自分にとって普通であると感じることは苦痛ですが、必要な痛みなので向き合っていこうと思います。
それでは来年も頑張って行きましょう!