バンコクでニートの
西革です爆笑

8月に35歳になったわけですが…
実は10代の時から
早くなりたかった年齢なんです
そう!念願の35歳キラキラキラキラ

10代20代を思えば顔は老いが見え現れ
体に熟れ落ちていくのであろう肉を感じれば
悲しい事ばかりと思うかもしれない…
けれど私にはこの顔、この体こそが
自分の精神の年齢に相応しいと
ずっと思い憧れ続けてきた器なのです。

まだ若い頃
私が思う事を言葉にしたなら
生意気さや、若さゆえの甘えだと
受け止められ、ずっと年齢が足かせにしか
感じられず嫌で仕方なかったのですが
35歳になった今
経験値や言葉選び
自分を捉える大きさを
キチンと無理なく入れられる器
それが35歳。とやっと
中身と外身がしっくりくるんです(笑)

若い頃って誰しもがそうかと思います。
自分自身に嘘をつき、他人には
ウソをつきたくないと思うものですよね
勿論私自身もそうでした。
だけど大人になると
自分にも嘘をつかなくなる…いや、
もっというと私のスピリチュアルブログで
書いているBの道を歩き出すと
どんどん自分というものが
素直に捉えられるようになり
何が自分に対して嘘だったかを知るので
自分についてた数々の嘘が無くなり
最終的に自分に対して嘘をつかなくなりました。

でも私が考えるに
これを若い頃の自分でやるには
とてもリスキーなわけです(笑)
何故って…
まだまだ青いからです爆笑
経験値等もさることながら
顔付きも体もまだまだ若い…つまり青い
青い分戦うものが多い
そうなると嘘で自分を守るしかないわけで
嘘は一種の外敵から守る役目を
果たしていたと思います。
若いって事はつまり
楽しい事も多い分、戦うものも多い。
だからこそ磨かれていくものが
あるんだと思いますが…
と、話が少し逸れました(笑)💦

(でも20代を超えて若く見せたいと思う
あの姿を【痛い】と表現しますが、あれは
本当の自分を偽り、目を背けようとする
そのものを痛いと表現しているんだと
思います…自分に嘘をつく姿は
20代までの専売特許というものらしいですね
…とまた話が逸れた(笑))


まぁ言いたいことは
やっと自分になったキラキラ
そんな感覚なんですニコニコ
多分今後、私の表現したいものや
言葉や仕草という自分の価値観を
表に晒す事を行うとき
今までとは違う私になっていくことは
確かだと思います。
でもそれがきっと本来の、
嘘のない自分だったんだとも思いますニコニコ

三島由紀夫さんは
【男は45歳、女は35歳】と
自身の美や価値観をそう表現して
いましたが、なんとなく分かるに
自分に嘘もなく、生きることにいい意味で
力の抜けた、それでいて1人の人間として
完成する年齢ということなのかなと
想像を巡らせる…35歳の西革です爆笑

三島由紀夫さんの
【不道徳教育講座】という本を読みながら
(三島由紀夫さんのエッセイなのですが)
最近自分で観れる範囲の
貴重なインタビュー映像や
こういう本を読んでいると
【「仮面の告白」を事実だったと仮定して…】
と1人頭の中で論文発表してます(笑)
45歳で死を選んだのも
あの肉体を作り上げたのも
太宰治が嫌いだったのも…
全て辻褄があってくるのです。

ちなみにこの本のこのページには
【弱さを売りにした代表的なのが太宰治】と
堂々と名指しで書かれていて…面白いです爆笑